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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第三十二話:使えない味方


 岡山の美作(みまさか)温泉に行こうとした矢先、俺は乱高下が続く気温に体調を崩してしまった。心労が祟ったのだろうか。とりあえず医者だ。

 俺は扇町にあるかかりつけの病院へと向かった。


 今の家からは少し遠いが、かかりつけにはかかりつけなりの安心感がある。ついでだから最近のストレスについて相談してみるのも良いかも知れない。


 口を開けたり胸を叩かれたり、一通り診てもらった俺は、医師に「急に金持ちになったことでさまざまな面倒事が起きた。そのせいでストレスが半端ない。おかげで夜、寝にくい」などと相談してみた。


「あー……そうですか。じゃ、ちょっとエチゾラム出しておきますね。あんまりきつい薬じゃないですよ。抗不安薬って言いまして、精神の緊張を解きほぐす薬です。用量用法さえ守れば安全な薬ですよ」


 医師の出した解決法は簡単明朗だった。なるほど……薬品に頼るという手があったか。これから薬品会社を作ろうとする俺には僥倖(ぎょうこう)かもしれない。うん。


 エチゾラムは規制があり、1ヶ月分までしか処方されない。大量に服用すると副作用がある薬なのだろう(注)。なに、用量用法を守って使えば何も問題がないのだ。無くなったらチョイチョイ先生にお願いすればいい。


 これで夜眠る前に変に緊張しなくて良いかもな、と思うとかなり俺は気が楽になった。


 とはいえ風邪をひいたせいで少々体がだるい。こんな時はベッドでおとなしくしているに限る。俺は家に帰るとさっそく抗生剤とエチゾラムの錠剤を飲んでベッドに潜り込んだ。


「あ、相田っ! お前……どうしたんだ?」


 寝付けるまでの暇つぶしにと、タブレットでアイーダ月ヶ瀬の小説の更新分を見た俺は戦慄に近いものを感じた。今までのアイーダ月ヶ瀬は発想がヤバかったが、今、明らかにヤバいのは相田(さくしゃ)自身としか思えない。


「★転生したチキン魔王は人類絶滅の詔を下す。ただし猶予は300年★」はこれまでだいたい週一話くらいのペースの更新だったがこの2週間は一話4000文字程度の投稿を一日3回行っている。会社で勤務していたら絶対に無理なペースだ。


 あいつ、何かあったのか?


 しかも文体も中身も違う。今までは内容はともかく作者が楽しんで書いているのが解るようなものだった。だがここ数十話は何か世の中を怨みながら書いているようにさえ思える。

 相田の生活や精神状態を激変させる何かがあったのは間違いないだろう。


 大事なブレーンだ。何があったかくらいは把握しておきたい。どうしたものかと考えていたが、やがて俺は猛烈な眠気に誘われた。エチゾラムと抗生物質、どちらが効いてきたのかは解らないが ……。たぶん、両方だ。


◆◆◆◆◆


 俺は久しぶりにぐっすり眠った。熱も引いたし、非常にクリアーな土曜日の朝。毎日こうありたいと願うばかりだ。


 さて、相田に何があったのか情報を仕入れておこう。そういえば相田の隠れファンがいたよな……あれ、隠れてたっけ?まあいい。


 俺は昼過ぎを待って元・職場の後輩、中山に電話をかけてみた。


「おお、影山さん! お久しぶりです。何ですか? 肉ですか?」


 俺が休日に電話をかけたからって一言目から肉は無いだろう、中山……。お前の中では 『俺=肉』 の図式が出来上がってしまっているのか?


「ああ、うん。久しぶり。年末にちょっと会って以来だな。変わりないか? いや、こっち暇なもんで、みんなどうしてるかなって思ってさ」


「あ、そうっすね……ああ影山さん、こっちのこと誰からも聞いてないんですか?」


 中山が奥歯に物が挟まったような物の言い方をしている。何かあったんだな。


「そう言われると辛いが、確かに疎遠だな。何かあったのか?」


「えーとまあ、いろいろありまして。大きいところだと相田さんが会社辞めました。服部さんは今、心が病んで休職状態です。僕は9月で部署が異動になります」


 それを普通は壊滅状態って言うんだよ、中山……。


「なんだそれ? 何があったんだよ?」


 中山は堰を切ったように話し始めた。


「市川さんが居なくなった後、プロジェクトが全体的に上手く回らなくなったので、開発部内でも開発管理をし始めたんですよ。プロジェクトマネジメントオフィスにばかり任せてられないって声が現場で出まして。

 そこで急に目立ち始めたのが沢森さん。影山さんの同期です。ご存知の通り沢森さんの本来の職務はコーディングなんですが、彼、そもそもコーディングができませんし、しません。本人はできると言っていますが、やっているところを誰も見たことがないんです。

 たまに誰かがやってみせろと言うんですけど『俺にコーディングさせるの? 高いよ〜? 』なんて言って、結局一行も書かないんですね。

 普通は職務怠慢ってことで懲戒か配置転換になる筈なんけど、沢森さんは自分の時間の7割以上を自己保身に使っていますから、なぜか異動もなく、なんと今は主任ですよ。

 そんな沢森さんにとって今回の一件は渡りに船だったんですね……」


 ああ、沢森か……とことんクズでゲスな奴だったな。あまりにも嫌いだったから記憶ごと脳から消してたわ。いたいた、そんなヤツ。


「で、そのゲス森がどうしたんだ?」


「ゲス……沢森さんは最初から相田さんを目の敵にしてましてね。相田さんは所謂『高度専門職採用』なんで僕らより給料がだいぶ多いじゃないですか」


 そういう制度あったな。米国ではAI技術者やデータサイエンティストは大卒初年度からでも日本円で1500万円以上が普通だとかで、相田みたいな人材を採るために人事が新しく作った別枠採用制度だ。

 結局、採用した後はその高度人材を高度に扱いきれなくて普通の部署に入れちゃうところが思いつき人事制度の限界だよな……。


「で、沢森さんは相田さんがミスをしたら徹底的に罵倒して、ミスが直るまで張り付いて、ひたすら(わめ)くんですよ。沢森さんは他にやることないですから。

 そうすると集中力がなくなって相田さんが重ねてミスをするでしょ。そうするとそれをネタにまた沢森さんが喚くんです。エンドレスですよ。地獄です。アレをやられると、最後は自分が何をやってるのかも判らなくなります」


「……ひどいな」


「沢森さんは一行もプログラムを書きませんから、当然ミスなんて無いわけですよ。だから、常に攻撃側です。そりゃ気持ちいいでしょう。反撃が来ないことが約束されてる味方を後ろから撃ちまくるんですから。

 それで、沢森さんが帰宅してやっと静かになった夜の9時とか10時とか、そういう時間に相田さんがプログラムを直すでしょ。

 そうすると翌朝、沢森さんはいかにも自分のおかげでプログラムが直ったみたいな顔をして上司に報告に行くんですよ。『僕はコーディングなんかしなくてもちゃんと貢献できるんです』って言いながら。

 そういうクソみたいな光景を毎日見せられて、加えて『コーディングなんか』なんて言われると、正直みんなやる気なくなっちゃいますよね」


「そうだな……」


 腐ってるヤツはどこまでも腐ってるもんだが、そんなに身近にいるとは知らなかった。


「それで相田は辞めたのか」


「いえ、まずは服部さんが割って入って『パワハラみたいな真似はやめろ』って言ったんですが、そのせいで沢森さんのターゲットが服部さんに移ったんですね。

 毎日毎日、自分しか答えを持っていないクイズか後出しジャンケンみたいな胸の悪くなる会話をずっと仕掛けるんですよ」


「後出しジャンケンか……」


「『このプロジェクトで最も重要な事は何だと思う? 』とかですね。そんなの、『誰にとって』をつけないと何を言っても不正解になるでしょ? 服部さんがそこで『予算と期間の遵守だ』とか『顧客の満足度だ』答えると『ちっがーう! ちがうよー? それじゃ0点だよ服部クーン』とか皆に聞こえるように大声で言うんです」


 後出しジャンケンはパワハラの中でもよくある手法だ。相手の理解が足りないことを指摘し、自省させるという(てい)を保つために隠れ蓑になりやすい。

 また、やられた相手も自分が悪いと思いこんでしまうという加害者に都合がいい特性を持つ手法なのだ。


「ちなみに、殆ど正解でもほんの少し間違ってると90点じゃなくて0点だって喚くんですよね。ただ、ひたすらに相手のプライドをへし折るためだけに」


 これは事大主義というやつで、小さな事をさも大きな問題であるかのように騒ぎ立てて自分のポジションを相対的に上げるやり方だ。

 10点の減点を100点の減点であるかのように囃し立てるのでやられた方はかなり凹む。これもパワハラ四天王の一つで、発展途上国でよくあるタイプの手法だ。


「あとは……『僕の言った事を復唱しないうちに次の発言するのやめてくれる? 』とかしょっちゅう言いますね。一字一句、沢森さんの言ったことをトレースできるまでは反論も何もさせてもらえない。それを課長も部長も見ないふりをしてる」


「うわ……普通復唱っていうのは短いセンテンスで指揮・命令されたことをトレースするもんだよな。記憶力クイズがいきなり始まるのかよ」


 これは「謎ローカルルール」という、体育会系の中高生の部活では必ず見られるパワハラ。先輩が後輩に威張り散らすためだけに勝手なルールをどんどん作って、そのルールを守れなかった後輩を攻めるやり方だ。支配欲が剥き出しな手法なので傍から見ていても胸糞が悪くなるが、その分やられた本人はキツイ手法だったりする。


 いや、なんとも多彩だな。ゲス森。


 総じて「お前がアホなせいで俺の時間が減っていく」的な攻撃をすることで、相手が自分自身を攻めるように持っていってるわけだ。

 しかし、攻撃方法がこれだけ確立しているところを見ると、本当に意図的、作為的にやってるとしか言いようがない。


 そこまで徹底的にゲスだったか。ゲス森……。


「それを見て、業務委託先や派遣社員が次々に契約延長を断ってきましてね……。次のターゲットは自分になるかもしれないと思うと怖くてやってられないらしいです。今や、うちの部署の名前を聞くだけで派遣会社は電話を切るようになりました。

 その結果、相田さんの負担はどんどん増えました。服部さんが心が病んで休職すると、防護壁がなくなった相田さんはフルボッコ状態……で、相田さんは先日会社を辞められました」


「おいおい、人事は何をやってんだ……?」


「部長や課長は沢森の行動を今まで看過してきたので、今になって罰することもできないですから沢森さんの擁護に回るわけですよ。

『職場ではそのような行き過ぎた言動は無かった』とか言って。

 で、沢森さんは『人事が僕を懲戒しないということは僕は悪いことをしているわけではないという事だ』って居直ってます。

 本当かどうかは知りませんが、沢森さんは今度、一人で外注を使ってプロジェクトを回す新規の部署のポジションを作ってもらって別のフロアに行くらしいですよ。

 みんな胸を撫で下ろしてますけど、そんなに上手くいくんですかねえ……。今でも業託全部断られてるのに、沢森さんの外注受けるSIer(エスアイヤー)が居るのかどうか……」


 なるほど。人事は正面から懲戒するんじゃなくて穏やかに猛獣を羊の柵から出して隔離する方を選んだか。


「それで、相田は?」


「1ヶ月ほど前に退職して、その時は実家に帰ると言ってましたよ。確か奈良県だって前に言ってたのは聞いたことがあります。

 ほら前に、帰省のお土産だと言って名産の梅酒を職場でみんなに配ってたことがありましたよね」


 聞きたいことは聞けたので、俺は中山とそのうち肉を食いに行くというあいまいな約束をして電話を切った。いつか服部のところにも見舞いに行ってやろう。

 沢森も気になる。あんなのを放っておくんじゃ、あの会社を辞めて正解だったかもな。


「さて、と」


 スマートフォンで「奈良 梅」で検索してみると……ほほう、「月ヶ瀬」という地名があるじゃないか。


 とりあえず「月ヶ瀬周辺で最近東京から帰ってきた相田という女性の家」を興信所に探してもらったところ、探偵が有能なのか田舎故に個人情報がガバガバなのか、3日で報告が来た。


 15万円+諸費用で合計25万円払って調べ物はおしまい。


 案の定、相田は月ヶ瀬にいた。


◆◆◆◆◆


 風邪は数日で癒え、俺は車に乗り込み第二東名から伊勢湾岸道、そして東名阪自動車道を目指した。もちろんお風呂セットを持って。


 人生初「温泉にドライブでいっちゃうぞツアー」の始まりだ。


 梅雨の晴れ間の朝の道。まだ新車の匂いも(かぐわ)しい車内。サービスエリアで買った肉串のタレがシートに落ちやしないかとハラハラしつつも基本的には楽しい一人旅だ。


 だが楽しさは最初のうちだけ。昼過ぎには浜松あたりからポツポツ雨が降り始め、四日市を過ぎた辺りからは濃い霧と豪雨に恐怖すら覚えるような有様。高速道路は巨大な川かと見紛うばかりになっていった。


「くそっ! 大丈夫なのかこの車? あーガラスコートが……ワックスが……うううう」


 ドロ飛沫しぶきが飛んできてフロントガラスにビチビチと当たる……。俺の車は普通の車と比べて車高が低い。なので先行するトラックが水たまりの飛沫を巻き上げるとフロントガラス一面が泥だらけになり、運転どころではなくなってしまう。


「前が見えねえぇぇ!」


 頼りになるのは前の車のテールランプだけ、という状態が続く。長年ペーパードライバーだった俺には辛い高速道路再デビューだ。


「もうダメだ。やってられん」


 地獄にも思える有料道路を諦める決断をした俺は、キリの良いところで東名阪道を降り、国道23号線を南下した。

 津で国道165号線に乗って西へと転じ布引山地を越える峠道をひた走る。これが晴天だったら楽しいだろうなと思うことしきりだ。


 そのうち止むだろうと思っていた雨は夕方になっても勢いが衰えることはなく、逆に紀伊半島中南部には大雨警報が発令される始末。ああもう、なんてこった。

 峠道にはあまり車を止めてくつろぐような場所もない。俺は、これ以上雨が激しくならないうちにと休憩もそこそこに車を走らせた。


「つ……疲れた……。車よ、あれが街の灯だ……」


 なんとか青山峠を越え、名張市に入った頃には日が暮れていた。

 目・肩・腰はもう限界だ。その限界近い俺の目に温泉宿の看板が飛び込んできた。

 なるほどこの辺りは国定公園がある地域だ。さぞかし温泉も……。


 その夜、俺は赤目滝の近くにある和風コテージの温泉宿に飛び込みで入ることができた。

 温泉で身体を癒やした後、関西弁のバラエティ番組をいくつも見つつ、心づくしの温泉料理に舌鼓を打つ、孤独で楽しいこの感じ……いつ以来だろうか。


「ああこれこれ。こういうのやりたかったんだよ」


 独り言ちながら一人宴会に興じているうちに疲れがどっと出たらしい。俺は急に睡魔に襲われて眠り込んでしまった。

(注)エチゾラムはベンゾジアゼピン系の抗不安薬ですが、長期使用による習慣性は全医薬品中屈指の凶悪さです。薬品の服用は用法用量を守り、医師の指導の下で服用してください。


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