第百四十一話:別れの日
俺の眼の前にいる「あいつ」の世界もまた、演算された世界だったという衝撃の事実に俺は開いた口が塞がらなかった。
「我々の世界の人々はある日突然、自分の住む世界がシミュレータ上の存在だと知らされたのだ」
うん。だいたいそんなもんだよ。そういう話はいつも突然だよな。
「確かに、我々の世界にはその可能性を示唆する科学者や哲学者も居たのだが、まさか演算をしている側からその事実を突きつけられるとは思ってもみなかった」
うん。そうだろうね。ずいぶん共感できる話だなあ。
「あんたが俺にその事実を告げたように、その上位存在とやらがあんた1人にコッソリそれを告げたのか?」
「いや、そうではなかった。彼等は外交儀礼を守り、正式な外交の場で我々の世界の指導者達に対して、彼等こそが演算主体であると言う証拠とともにその事実を告げたのだ」
どんな証拠だろう……? 俺が上位存在ならどんなことをやってみせるだろうか。
こいつらの世界はよく知らないが、宗教が生きていく上でのOSになっている人間の多い地球では上位存在は崇められるか抹殺対象になるかどちらかだろうなぁ……。もしくは敬虔な神の僕を自負していた者ほど生きていく理由がなくなって自殺してしまうか……。
「で、なんだ。そっちでは大変な混乱でも起きたのか?」
「いや、それはなかった。君もそうだったと思うが、彼等が何かの意図を持って介入をしてこない限り我々の生活が大きく変わるということもないからな。生殺与奪の権利を握られているとわめき散らかす連中もいないではなかったが不思議に落ち着いたようだ」
あ、それはメンタルいじられたんだ。きっと。
「良かったじゃないか。ところで、どうしてその上位存在とやらはわざわざ姿を表したんだ? 外交団まで結成してやって来るということは何かの要求があったんだろう?」
「ああ……それが今回の話に繋がるんだ。つまり、彼等の要求というのは、我々の世界で運用している世界シミュレータの譲渡だった」
「は?」
「我々の世界で運用されているゲーム『世界シミュレータ』を、彼等上位存在が保有するコンピュータで動かしたいという申し出を受けたんだよ」
「上位存在はゲームをしたかったから姿を表したと?」
「上位には上位の、下位には下位の悩みや興味があるだろう。
彼等はシミュレータから偶発的に生まれる生命体の適者生存ルールにおける進化の先鋭化や、独自ルールを形成する知的生命体の社会における個体の最適行動選択といったものに心惹かれているようだ。
要するに彼等は、より多様な物理法則、生物環境や社会のルールの中で生命体はどんな進化をし、どんな活動をするのか、の知見のバリエーションを欲しているのだそうだ。
まったく、物好きとしか言えないようなことだがね、彼等には大きな意味があるらしい」
いや本当に物好きだな。だが、お前も似たようなことやってなかったか?
「なんだ? 人の顔をじっと見て」
「いや別に……続けてくれ」
「私達の世界はこの要求を受け入れることにしたんだよ。ゲームを運営する団体もな。
我々の世界をシミュレートできているくらいだから、その我々がシミュレートしている世界くらい簡単に彼等の世界のコンピュータに移植できるらしい。しかも我々がグリッドコンピューティングで成し遂げたものを単一システムに移植するときた。
移植にあたって、こちらのシステムの全レコードを向こうに引き渡し、こちらのシステムは終了することが要求されたそうだ。彼等が欲しいのはバリエーションなので2つのシステムをこちらとあちらで稼働させる必要はないとのことでな……」
「それが運営母体の変更ってやつか」
わざわざシミュレータ世界のシステムをよこせと言わなくても自分達で今持っているシミュレータシステムのコンテナを並列でいくつか起ち上げりゃいいのに。
ああ、システム自体のバリエーションも欲しかったってことなのか。割と方針が徹底してるんだな。
それにしても、プレイヤーは怒っただろうなあ……手間暇をかけて遊んでいた人も居るだろうに……。
「そうだ。この引き継ぎによって君達の世界は我々の世界と並び、上位世界によって運営されることになった。君達の世界は次元を一つ引き上げられるのだ。これを次元陞爵と言うらしい」
「次元陞爵ねえ……ピンと来ないな。そもそも俺達の世界が何か手柄を立てたわけでもないだろうに」
陞爵というのは爵位を持った貴族が手柄を挙げたりしてその爵位の段階を上げ、出世する時に使われる言葉だ。今のこの世界は爵位でも持っていたのか……?
「翻訳機が様々な状況を考慮して選んだ言葉だ。私にもどうしようもない」
「状況はわかった。それで今まで各プレイヤーの手元での分散処理だったものが回収・統合されて統一システムで運用されることになり、今まで制限があったメモリについても心配がなくなったということか」
「少し意味合いが違うが、そうとも言えなくもない」
「どういうことだ?」
「今回の次元陞爵は実行にあたって地球人類がこれ以上増えないことが条件だったんだが、君がなんとかしてくれて助かった、ということだ」
「ますます分からん。分かるように話してくれ」
なんでそんな宇宙の存在次元が上がることと地球人類が関わっているんだ? スケールが十桁も二十桁も違う話だろう。
「これも順を追って話そう。
上位世界がシステムの移植を行うに当たって、必要なメモリの総量を計算したいから最もメモリ負荷の高いエリアのケースを参考にしたいということになったらしい。で、そのエリアはどこだという話になった。分かるだろう? それは私の担当するエリアだったんだ。君もよく知ってる理由でね」
「際限なく人類が増え続けているとシステム移植の要件定義ができなくなるということか」
「そういうことだ。もともと私がやりこみ実況とかをやる関係で、リソースギリギリでシミュレータを動かして破綻直前のスリルを視聴者と一緒に楽しんでいたというのもあるんだが……これが結構評判が良くてね……何度か破綻してはやり直していたがやはり破綻のシーンが一番ウケるな」
今、サラッと酷いことを言ったな。
「システムの限界を超えて増え続けようとする人類の動きを見て、『これでは必要メモリの上限が見積もれない』という問題が起こってね。そこで運営が私にコンタクトを取ってきた。『なんとか、今実行中のシミュレーションの必要リソースをエリアの総メモリ量内に収められないか』ってね」
「どういうことだ」
「知的生命体の爆発的増加とそれに伴う必要リソースの増加は管理可能だ、と運営は上位存在に言いたかったのさ。必要リソースが爆発的に増えたとしてもこうこうこうやって対処できますよ、と。
そして私はエリア保有者として対処法を一切合切任された最後のやり直しで君やその先代達とコンタクトを取ったんだ。その後君の活躍もあって、85億人手前で人類は増殖を止めると高い精度で予想されたんだよ。少なくとも管理方法と言えるものが見つかったのを受けて、今回の運営母体の変更のアナウンスが出たってわけだ」
世界人口はまだそこまで行ってなかったよな……よほど性能の良いAIで予想したのだろうか。今回確立した管理方法ってのは「代理人を送り込んで人口増加を抑制し、あわよくば削減せよと言って能力を付与すること」なんだろうな。
「しかし何故、運営がそんなことまで……」
「単純に、手放すならさっさと手放したかったんだろう。もともと評判の良い連中でも無かったし、長く続ければそれだけ人に恨まれ、無能扱いされるような職業だからな、ネットワークゲームの運営なんてのは。上位存在側からかなりの見返りも提示されたと言っていた。自分達で運営し続ける理由はどこにもなかったんだろうさ」
俺との会話数が増えたせいか、話し方が俺っぽくなってきたな……この翻訳機。
「もう、どこまでが本当か分からんな。たとえあんたの言うことが嘘だったとしても俺にはそれを立証する手段がない」
「あるさ。君は次元陞爵が実施された後、マナを用いて私がしていた操作と権限を全て受け継ぐんだ。管理者としてね。マナを使えるようになったら私の言うことは本当だったということになる」
俺がマナを使えるようになるって言ったのは運営であって、こいつのこれまでの経緯や背景の説明の正しさを保証するものじゃないだろうに……まあ、ここは突っ込まないでおいてやるか……。
「代理人のいたエリアは全部でいくつあるんだ?」
「四十くらいはあるんじゃないか? だが、リソースが逼迫していたのは私のエリアだけだったな。私の場合は逼迫がそのまま芸になっていたからだが。他のエリアの代理人はまた別のことをしていたようだ。現れたばかりの知的生命体に農業を教えたりとかな」
ということは天の川銀河を含む14の銀河で代理人が必要だった惑星は地球だけか。というか、超銀河団全部合わせても地球人が一番ド助平なのか。そっちのほうが気になるわ。
「ゲームの最終目的が外宇宙への進出って言ってたのは?」
「もう聞いただろう。エリアの境界を越えるとシミュレータはフリーズしていたんだよ。外宇宙航行技術があれば、距離はともかく必ずいつかはエリアの境界にたどり着くだろう? そうなったらシミュレータはシステムごと終わりだ。それはそれで壮大な見世物だがな」
最終目的って言葉を翻訳機が終了条件、と理解したということか。紛らわしい。
「ふむ。では忘れないうちに渡すものを渡しておこう」
「あいつ」は俺に向き合ってスマートフォンのようなものと、同じくらいの大きさの何かを俺に投げてよこした。
「危ないな。落っことすところだったぞ。ところでなんだこれは?」
「シミュレータへの介入をするためのインターフェイスデバイスだ。次元陞爵後はこれを使って君が世界に介入したまえよ。管理と運営は上位存在がやってくれるだろうから、今までどおり上位存在の代理人としてな」
「次の運営がクソじゃなければいいな」
「そこは100%同意する。住民として言わせてもらうと、とりあえず今のところはクソではないな」
お互い、現運営に言いたいことは沢山ある筈だ。その運営はそそくさと「一抜けた」を達成しようとしている。なんとも理不尽な話だ。苦笑いするしかない。
「俺の能力はどうなる?」
「維持される筈だ。すでに生体機能の一部になっているのだし、引き剥がすような乱暴なことは新しい運営先もしてはこないだろう」
ということは市川さん達もこれまで通りか。そしてメモリの制限が緩和されているから今までのように積極的に人口を減らさなくても良い、と。好きに生きろってことだな。
うん。だいたいスッキリしたぞ。
「そろそろ時間か。では最後に言っておく。世界シミュレータの開発運営をやっていた連中は私達の世界に似せて君達の世界を作ったのだ。物理法則から何から、一から全部デザインするのは面倒だしなによりプレイヤーの共感を得られないからな」
「なるほど」
「だから当然、我々に似た外見や知性を持った生物も発生する筈だった。そしてそのとおりになったということだよ。繁殖力は百倍ほど違ったがね」
「ふふふ」
「ははは。ではお別れだ。意外に時間がなくて全部が全部話せなかったことは申し訳ない。そうそう、私は君が嫌いではなかったよ。君もそうであると嬉しい」
俺は「あいつ」が苦笑いや意味深なほくそ笑み以外で笑うのを始めて見たような気がする。消えかかった「あいつ」、二度と会えないであろう「あいつ」に俺は最後に呼びかけた。
「待ってくれ。あんたの名前を最後に教えてくれ!」
「君には発音出来ないさ。ナニャドヤラでもヘッポコピーでも好きに呼びたまえ」
そして白い空間は、閉じた。
「ナ……ナニャドヤラ……?」
ピ――――――――――
ピ――――――――――
ピ――――――――――
俺が今得た知識と気持ちの整理がつかないうちに頭に例の警報音が鳴り響いた。
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システムメッセージ
お客様へ
ただいまより世界シミュレータの運営母体の変更を開始します。
これにより、弊社の本ゲームに関する一切のサービスを終了します。
長い間お楽しみいただいて、まことにありがとうございました。
次の作品でまた皆様とお会いできる日を、スタッフ一同心よりお待ちしております。
運営一同より
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ピ〜〜〜〜ヒョロロ〜〜〜〜〜〜〜
飯高町の倉庫の隣、ちょっと豪華な居間の窓辺で俺は鳶の鳴き声を聞きながら空を見上げていた。倉庫の前の広いスペースには閉鎖環境適応訓練設備「モビーディック」がでんと存在を示している。
最後のシステムメッセージから何日経っても、俺にとってのこの世界は何も変わりがなかった。次元陞爵とやらはおそらく行われたのだろうがそんな実感も無い。俺達は今までどおり、上位存在の観察下で粛々と日々を重ねていくのだろう。
「ところで、こっちはマナを使って世界に干渉するためのデバイスだとして、こっちはなんだっけ?」
俺は、スマートフォンみたいなデバイスと一緒に渡された、同じくらいの大きさのものをしげしげと眺めていた。




