第百十七話:鬼が出るか蛇が出るか
ビルダーバーグ会議は以前ビッディ・ペッソンの狭山社長が参加したというダボス会議より更に秘密色が濃くて陰謀論者からは標的にされまくっている会議だ。
良くメディアに登場する説明としては欧米中心、白人中心の世界統一権力の樹立をするための会議だそうだが、実際に参加者の顔ぶれ、人数、創始者やその取り巻きが作った団体の性格を見るに清廉潔白な会議体とは言い難い。世界の経済や外交に関する重要な諸問題を討議する場と言いながら参加者は私人として参加しているし、特にその結論やセッションの内容が発表されることもない。なのに多額の公費がこの会議の警備に注ぎ込まれる事にも批判が集まっている。
ちなみに、この会議の創始者であり初代議長でもある人物は世界最大の自然環境保護団体の一角を占める世界自然保護基金(WWF)をも起ち上げたが、こちらも批判する者が多い団体だ。
WWFについて言えば基本は野生動物や環境の保護、絶滅危惧種へのケアなど、まともで穏健な活動が良く報じられる一方で、人口の抑制と管理に関して強い意見を持っていることでも知られている。
彼等の唱える人口論には「あんまりおバカな有色人種にわんさか増えて欲しくない」的な発言が見え隠れしており、それが理由でお行儀がよろしくない団体と言われることも多いようだ。
「白人が世界権力がっちり掴んじゃうぞ」会議なのか「賢い俺達が世界の問題について馬鹿なお前らの代わりに話し合ってきてやるよ」会議なのかは知らないが、何故ただでさえ秘密で評判の悪い会議なのにその「裏」会議に俺が呼ばれるのか皆目わからない。そもそも俺は有色人種なのに。
「なんでこんなもんに招待されたんだろうなあ……」
「ここに “another"って書いてあるから、非公式なのか、それとも同時期に開催される有色人種による会議なんじゃないの?」
市川さん、テキトーだな。まあ、今の時点では「変な会議に怪しい連中から呼ばれた」以外に解釈のしようがないか。
「それはノーベル平和賞に対抗する孔子平和賞みたいなもんか……?」
「わかんないけど、せっかくだし招待されたんなら行ってみれば?」
「しょうがねえなあ……わかった。ちょっと行ってくるわ。死に体の三極委員会よりは収穫がありそうだし」
「口は災いのもとよ。それより、誰か一緒に連れて行く?」
「女性を弾除けに使う気にはなれないから一人で行くよ。それよりレアメタルの方、よろしく頼むわ」
◆◆◆◆◆
市川さんの空間情報エディタを使えば俺が今まで一生懸命にやってきたレアメタル&レアアース鉱床の捏造がほとんど一瞬でできる。そう考えた俺は、三重の山奥での修行がてら、俺の土地全部をレアメタル鉱床に変えてくれないかと市川さんに要請してみた。
市川さんいわく、あの能力の練習は東京では何かとやりにくいらしく、人が見ていない山奥でのびのび練習できるのはありがたいらしい。
であれば俺はレアメタル鉱床を、市川さんは練習場所を得られる本件は俺と市川さん双方にとってWin-Winなディールということになる。というわけで要請は快諾された。めでたい。
そうそう。貴子さんがオブジェクトのターゲットができるようになったことに伴い、自分以外をテレポートさせることが出来るようになったと聞かされた時はびっくりした。更に検証すると彼女はクリップボードも使えるようになっていることが判明したので、移動に関してはほぼ俺と同じ事ができる様になったようだ。これは頼もしい。
それを聞いた俺は貴子さんを連れて自分が使っている国内外のセーフハウスを飛び回った。貴子さんのクリップボードに俺のセーフハウスの座標を次々と詰め込んだのだ。
セーフハウスというのは影山物産の役員室みたいなもので、関係者以外は誰も来ないことが確定しているアジトみたいな場所だ。このセーフハウスをテレポート拠点としてクリップボードに叩き込んでおけばいつでも拠点間移動が出来るようになる。
入国管理法の問題に目をつぶれば……だが。
俺が使っているセーフハウスは影山物産USAオフィスを筆頭に、カーソンの俺の家や三重県の山奥の倉庫、C&V twinsの社長室、シーズンオフ時の壬生家志摩別邸とか……遠いところだと南極のプラトー基地の倉庫裏などだ。
他にも全国津々浦々にこういったポイントはあるのだが、塀で遮蔽されていないところが多く、迂闊にそこへ跳ぶとばったり人に出くわす危険がある。そういう安全が確保出来ないところは貴子さんに教えないほうがいいだろう。
今では貴子さんは週末になると国内外に自分でも使えるセーフハウスを作るために奔走している。聞くところによると市川さんや相田も貴子さんと一緒に出掛けて行き、安価な倉庫や民家をあちこちで買っているようだ。都内だと8000万円もしそうな家でも、地方に行けば政令指定都市クラスでも600万円くらいで買える物件が豊富に有るという。
俺にはその全容は知れないが、市川さんにはうなるほどカネがあるし、壬生家にはあちこちに別邸別宅がある。国内はもちろん、国外にも彼女達が使えるセーフハウスは今後も着々と増えていくのだろう。
◆◆◆◆◆
「裏」ビルダーバーグ会議は、本会議の開催されるスウェーデンのストックホルムからは離れたノルウェーのオスロで開かれる。
俺はスカンジナビア航空を使いヘルシンキ経由でオスロに向かった。国内移動や待機時間を含めると14時間ほどのフライトだ。
飛行機を使うことの危険も考えなくはなかったが、向こうさんも我慢してくれたらしい。何事もなく俺はオスロの地を踏むことが出来た。途中揺れが酷くてあまり眠れなかったせいか、酷く疲れたのは別として――。
地面のありがたさを噛み締めつつ、空港からオスロ市街へ移動。俺は鉄道を選択した。空港からオスロ中央駅まではエアポート・エクスプレスに乗るとほんの20分ほどだ。
列車の外観や内装はサラリーマン時代に一度だけ使った英国のヒースローエクスプレスに近い。日本のものとは少し違うが、それがまた、遠くに来たんだなと言う気分にさせてくれる。
「やあこんにちは。お向かいよろしいですかな?」
「ええ、どうぞどうぞ」
混んでいてボックス席を取れなかったのだろう。いかにも切れ者といった感じの男性が二人の付添と一緒に現れ、俺の向かいの席に座った。付き添いは一人が通路に立ち、もう一人は爺さんの隣だ。おそらく余程の重要人物なのだろう。
「どちらからですか? 中国人……という感じではありませんね」
いかにもな世間話。どうやら裏組織の回し者ではなさそうだ。
「私は日本人で、東京から来ました」
「日本人……というと、これからベルゲンへ?」
オスロがノルウェーの政治の中心地ならベルゲンはノルウェーの産業の中心地だ。ベルゲンには日本企業も多く進出し、石油産業に関わっている。ノルウェーでは「日本人です」と言うとだいたい「石油関係ですか?」と聞かれるとか聞かれないとか。
「ああ……いや、オスロですよ。観光です。仕事に暇ができたので『ルス』というものを見に来たんです。楽しいらしいですね」
「ああ……あれですか。近隣各国からは多少白い目で見られていると聞きましたが、そう言ってくださる方もいるのですね。
是非楽しんで行って下さい。ノルウェーは日本人を歓迎しますよ。なにせ日本人は私にとってもノルウェーにとっても大事なお客様ですからね」
ルスというのは高校卒業直前の高校生達が赤いジャージかツナギを着て、1ヶ月間街中でおかしなことをやりまくるという地域黙認のヒャッハーイベントだ。
二度も見なくても良いかも知れないが一度は見ておくと人生の糧になるらしい。そういう意味では裏会議がルスと重なる時期に開催されたのは俺にとってはラッキーだった。
ただ、ルスに参加中の学生の中にはかなり過激な事、例えば街中でストリップをやり始めたりする者もいるので「ルスが楽しみ」と言うとそういうのが目当てなのかと良識ある大人から眉をひそめられても文句は言えない。
「失礼ながら、ノルウェーの方なのですか?」
「おお、そうだそうだ。私はこういうものです」
もらった名刺には「ノルウェー漁業相」というタイトルと、ウムラウトがあちこちに入った名前が書かれていた。ちょっと俺には音読できそうにない。
なるほど、お客様か……日本はノルウェーから鯖やら鮭やらを大量に輸入しているからな。
「……私の国ではちょっと信じられませんね。大臣が一般人と同じ電車に乗っているなんて」
「ああ、うちの国はこんなんですよ。昔も今もね」
残りの何分間か、俺は目の前の大臣相手にぎこちない時間を過ごした。オスロ中央駅に着くまでに俺が大臣と話したことと言えばノルウェーの鮭は美味いですねとかそんなことくらいだったように思う。
まだまだ権威ある人物に対して知性と良識溢れる会話など出来ない自分という人間の小ささに落胆しつつ、俺は王宮近くのホテルにチェックインした。
◆◆◆◆◆
招待状には「裏」会議はオスロ市街の入り組んだ通りの一角、路面電車の通りからは少し離れた坂道の上にあるレストランを貸し切って行われると書かれている。
すわ下見にでも、と俺はホテルに荷物を置き、散歩がてらその会場まで行ってみようとしたのだが、早々にギブアップしてホテルに戻ってしまった。
オスロの街は存外アップダウンが激しい。それに、最初に観光気分で王宮や港などに寄り道しすぎて疲れ果ててしまったのだ。
多少いい席に座っていたとはいえ、飛行機に乗っていた時の疲労の蓄積も大きかったようだ。電車では大臣相手にカチコチだったし。
まあ、日頃の不摂生と運動不足によるところも大きいんだが……。
そんなこんなでホテルに戻って3時間。グダグダしていると出かける時間が来てしまった。普段あまり着ない立派な服を着て出発だ。徒歩が辛いのはもう分かっているのでタクシーで行こう。
「ミスタ影山? どうしたんだねこんなところで? お一人かな?」
俺が片手を挙げて、タクシーを呼ぶため車寄せの係員に話しかけようとした矢先の事だ。
聞き覚えのある声に俺が振り返ると、そこには高そうなスーツに身を包んだアントニオと護衛と思しき二人、オズワルドと……えーと……そうそう、チータがいた。
「国際会議に招待されてな。あまり愉快な話でもなさそうだし、出るかどうかここまで来て迷ってるところだよ。ドン、あんたはどうなんだ?」
「国際クマ会議に参加するため……だとでも思ったかね? 私もなんだかよく分からん連中に招待されて今から辛気臭いレストランに行くところだよ」
アントニオは「やれやれ」というポーズを取っているが、呼び出した連中に心当たりがないわけでもないという感じだ。そして、彼がその会議に参加するのが心底嫌そうなのは付き合いの浅い俺にでも分かるほどだった。
「ドン……その、気が乗らなさそうなご招待ってのはもしかして、裏ビルダーバーグ会議からのものかい?」
俺は招待状をアントニオに見せると、アントニオも顔をしかめながら頷いた。
「君もなのか……。ところで、あの三人の美女達が見当たらないようだが? 彼女達は君の護衛役じゃないのかね?」
「生憎だが今日は俺一人だよ。だが彼女達は呼べばすぐ来るさ。知ってるだろう?」
実際には貴子さんのテレポート能力では一度も訪れたことのない場所ヘは移動できないのだが、何かの時のためにハッタリくらいは打っておいて良かろう。
「そうだったな。君達が辛気臭い会議の場をこの前みたいにマジックショーで盛り上げてくれたら面白いことになるかもしれんが……そうだ。リムジンを用意してある。会場まで一緒に行こうじゃないか」
「それは有り難い。オスロは物価が高くてね……」
俺はアントニオ勧めるままにリムジンに乗り込み、しばし考え込んだ。
俺とアントニオを同席させる秘密会議となると、世界の人口の増減に関する会議くらいしか思いつかない。やはり「羊飼い」の連中だろうか。
こんなに直接的に接触してくるなんて、余程の馬鹿なのかそれとも自分達の力に自信が有るのか……それともその両方か。
俺がオスロの街並を無言で眺めながらそんなことを考えていると、オズワルドが俺の邪魔をして申し訳ない、という顔で話しかけてきた。
「あの、ミスタ影山……一つだけご報告が」
「ん?」
「マーチンとエリックですが、二人とも帰還しました。おっしゃっていた通りあれから3日後に二人から連絡がありまして……」
「そうですか。悪かったねって言っておいて下さい」
「はい……」
遺族への賠償をしなくて済んだのは僥倖だが、今の俺はそれどころではない。それはアントニオにしても同様で、彼もまた、車を出発させてからずっと目を閉じて何やら考え込んでいた。
だが残念なことに俺達には何かをじっくり考えるほどの時間は無かったようだ。ほんの15分ほどでリムジンは会場のレストランに到着してしまった。会場と思しきレストランは外観から判断するとどうやら古い教会のような昔の建築物のようにも見える。
オズワルドがノッカーを叩くと中から宗教じみた姿をした女性がロウソクを灯した燭台を持って現れ、俺達は土壁に覆われた地下の大きな部屋に通された。チーズの熟成室か、ワインの樽置き場か……いや俺にはどう見ても死体安置所にしか見えないんだが……。
「こ……ここって……」
「落ち着きたまえミスタ影山。あまり趣味は良くないが、内装を見てもここはちゃんと営業しているレストランだ。そういう趣向で客を呼ぶのは良くあることだよ。今日はディナーミーティングのようだが大丈夫かね?」
そういう趣向だろうがなんだろうがあまり愉快な気分ではないな。
俺が若干嫌な気分でモタモタして間に、次々に招待客がやってきては給仕に誘導されて席に着いて行く。俺もしょうがないと腹をくくって席についたが、隣はアントニオだった。そういえばアントニオって普通の料理食えるんだろうか……?
俺が周りを見渡しながら参加者の顔をチェックしていると、俺とアントニオ以外の全員が立ち上がり拍手で今日の主催者と思しき人物を迎えだした。
「ミスタ影山、あれは誰だかわかるか?」
アントニオが俺に小声で聞いてきたが、俺が判る筈もない。
「知らないな。ドン、君は知っているのか?」
「以前『羊飼い』と接触したと言ったことがあったろう。その時の連中の使いっ走りだったと思う……」
ふむ。俺達は使いっ走りに呼び出されたのか……向こうはこっちのことどう思ってるんだろうな、などと考えているとその使いっ走り氏が挨拶を始めた。
「ようこそ皆さん。本日ここに裏ビルダーバーグ会議を開催できることを大変光栄に思います。私は本日議長を務めるパリスです。今日はここにいる皆さん28名と建設的な議論が出来ることを期待しています」




