第百十六話:能ある市川は爪を立てる
「ちょっとやってみよう」
ここで彼女達のレジストリを見て操作できるかどうかをチェックするのはせいぜい数秒の作業だ。俺は勿体つけずにその場で市川さんのレジストリを見てみた。もう市川さんのレジストリは何度も見ているから手慣れたものだ。
うん、大丈夫。普通にレジストリを見ることが出来た。ということは市川さんは、そしておそらくは残りの3人も「担当者」という扱いになっていない。簡単に言うと俺達は「勇者様とその御一行」で、俺が勇者様、市川さん達が「御一行」に当たるわけだ。
その違いについて俺が判ることはまったく無い。同じような能力者でも「担当者」になるには必要なプロセスがあるのだろう。
「どうだった……?」
不安げな顔で俺に迫る市川さんと、向こう側でチラチラ俺を見ている相田や貴子さん……。そんなに不安かな? 35歳で見た目20歳なら50歳で見た目35歳でしょ? 充分見栄は張れると思うけどなあ……。と、見た目20歳をキープしている俺が言っても説得力ないよな。
「ご想像のとおりでした」
向こうで茶器が激しい音を立てて貴子さんが崩れ、振り返ってそれを見た市川さんは目に炎を秘めた笑顔で俺にさらに詰め寄った。
うん、やっぱり怖いわこの人。
「影山さん……」
「わかってるよ。市川さんは俺が嘘ついてるかどうかは分かるんだよな? ちゃんとレジストリは見えてるよ。操作もできると思う」
それを聞いてなんとか持ち直した貴子さんと相田。市川さんは「影山さん、疲れてるのね」と言いながら俺の肩を揉んでくれたが、込められた握力はどう考えてもこの時点での市川さんの全力であろうことは想像に難くない。爪が肩に食い込み、皮膚が破れた痛さが俺を襲っていた。
ええ、俺が悪うございました。ちょっと言ってみたかっただけなんですってば。ごめんなさい。
気になることが無いわけでも無い。もし俺達が「勇者様とその御一行」なのだとしたらやはり能力的に勇者様には勇者様なりのブーストが、もしくは御一行には御一行なりにサブセットしか与えられないのではないかと言うことだ。
まあ、ようやく初級を卒業できるかどうかという御一行様達に上級の卒業試験の先があるかどうかみたいな話をしてもしょうがない。
せっかく能力開花した直後なんだし水を差すのも大人げないよな。この件に関してはもうしばらく黙っていよう。
「で、何を隠してるのかな?」
俺の微表情を察知した市川さんの爪がちょっと俺の肩に食い込んだ。いや、まだ推測の段階なんでお話なんかできませんよ?
復活した貴子さんが怒ってキャンディを俺の顔面に「落として」きたが、まあこれくらいは甘んじて受けよう。
◆◆◆◆◆
「え? 訓練してない?」
「うん」
シャーロットの顔を見に行った時に、3人の訓練の話を振ってみたが彼女は全く興味がなさそうだった。興味があるけど勉強が忙しいのか、そもそも興味が無いのかどちらだろうかと探ってみたがどうも後者のようだ。
「あぁ、あれやっぱり現実だったんだね。現実離れしている話だから夢かと何度も疑ったよ。でも影山さんの能力はこうやってしょっちゅう見てるわけだからこれもまた現実なんだよね……」
「あまり興味がないようだな?」
「うーん……能力獲得ってインストールするようなもんじゃないと思ってるの。お姉様方は合宿で練習したって言うけど、能力ってそんなもんじゃないでしょ? 門を叩くまでの準備に何年、門をくぐってから教えを請うて何年、自分でそれなりに使えるようになってからは人の役に立ち、最後は後進を育成するわけでさ……それが能力ってもののサイクルだと思うのよね」
なんだかシャーロットが立派なことを言っている……。なるほど、お手軽に獲得した能力は能力として認めたくないというか、能力扱いしてほしくないというか、そういうことか……。
確かに俺自身が自分の能力をチートだと認めている。尊くも何ともない、人口を削減するための道具として渡された能力、それがレグエディットだ。使いこなすまでに結構な練習を重ね、それなりにリスクやストレスを抱えながらやってきたからついつい凄い技術か能力のように思っていたが、シャーロットにとっては有難がる筋合いのものではないということなんだな。
「意外だな……米国生活しはじめて結構経つし、もうちょっと合理的な考え方をすると思ってたよ。『せっかくあるんだから使わなきゃ損だ』的な」
「お金はいっぱいあるしね……学業成績はこの通り、毎日頑張ってりゃ結果はついてくるし、別にモテたいとも思ってないからねえ……好きな人からはお預け食らってるけどさ、こればかりは能力とやらでもどうしようもないらしいし……それにね、恩返しくらいは自分の力でしたいんだよね」
「お前を助けた恩のことを言ってるんなら、あれだって俺の能力があってのことだったんだがな」
「まあ、そうやって私に能力訓練を勧めるのはちょっと待ってよ。こちとら未来溢れる若者で根拠のない万能感に浸ってる真っ最中なのよ? お姉様方のように一度どうにもならない壁にぶつかったりしてそれを乗り越える力が欲しいと思った事もないしね。私の年齢くらいだと大抵の壁はお金で乗り越えられるから。
それから、私にとっては影山さんから受けた恩は恩、能力は能力だよ。いくら影山さんが能力で得たお金があったからと言っても、あの日私達兄弟をただの当たり屋として見捨てることは出来たわけだからね? でも影山さんはそうしなかった。私達を家に招待して手作りのカレーを作ってくれて、住むところと仕事をくれて、学校に行かせてくれた。それだけでも影山さんは大きな顔して私に恩人ヅラ出来ると思うよ」
そ……そういうものなのか?
俺はシャーロットの中で組み上がっている揺るぎないロジックの存在に軽い敗北感を覚えた。なんで俺は「能力獲得おめでとう! ねえねえ一緒に練習しない?」みたいなノリになってしまったのか、軽く後悔するレベルだ。こういう覚悟と努力に裏打ちされた自信を前にすると自分という存在が一回りも二回りも矮小に感じてしまう。それにしても立派になったなあシャーロット。
「とりあえず、解剖学のレポートが忙しいのよ。ご存じないと思うけど、アメリカの医者って学生時代の成績と出身校がその後何十年も人生に影響するらしくてさぁ……もう大変……」
日本の公務員みたいなもんだな。公務員試験の成績がその後の一生にかなり絡んでくるという話を聞いたことがある。まあ、難関の国I試験クリアしても竹内みたいなゲスはいるが。
「わかった。とりあえず頑張れる時に必要なことを頑張っておけ。能力については忘れない程度に発動しておけば大丈夫だと思う」
人間ってやつは6、7歳で覚えた自転車の乗り方を何十年経っても忘れないからな。不思議なものだよ身体知というやつは……。それに、発動の訓練をしなければ夢で暴発なんてこともない筈だ。寝ているうちに暴発するかも、なんて余計なストレスを抱えて暮らすのはあまりお薦めできないし。
「悪かったな。じゃ、今日はもう帰るわ。勉強頑張ってくれ」
「あや、もう帰っちゃうの?」
「ここに泊まると後でいろいろ面倒なことになりかねないだろう」
「そっか。あたしが能力使って日本に帰っちゃった影山さんを追いかけて行けるようになれば泊まる泊まらないは関係なくなるね。これはぁ……朝チュン秒読み待ったなしかな?」
「朝チュンとか、どこでそんな言葉覚えてくるんだ全く……」
「私もうすぐ25だよ? 朝から晩まで会話に下ネタが入らないことなんかないよ? ここアメリカだし」
「アメリカ人が気を悪くするからそういう事言うのやめなさい」
……しかし、能力的にはシャーロットと貴子さんはいつ、俺の布団に入っていてもおかしくないのが現状だ……いや、それぞれ能力持ちになった今、市川さんや貴子さんはまだ俺のことを憎からず思っているかどうかちょっと自信ないな。俺の評価って能力込みで底上げされてたっぽいし。
◆◆◆◆◆
相田に限らず影山物産の役員は役員室とオフィスフロアの両方に席がある。役員室に全員が籠もる時はだいたいお役目関係か機密性の高い会議がある時で、それ以外はオフィスフロアで他の社員達と報連相をしながら働くのが通例だ。
もし俺達役員が揃って役員室に籠ってしまうと、業務上の必要性から一般社員の役員室への出入りが多くなる。そうなればある日決定的な瞬間、例えば貴子さんのテレポートによる出社シーンなどを見られないとも限らない。それは絶対に避けたいと思っている。
3月、俺がオフィスフロアでいつものように人工知能のコーディングにいそしんでいた時のことだった。
「あれ? おっかしーな」
相田がオフィスフロアの端っこでいつものように、俺に聞こえるようなくらいの声で呟いた。これは相田からの「聞こえてたらちょっとこっち来い」というサインでもある。
「どうした?」
「いえね……なんというか、人口がこう、キューッと減ってるんですよ。今年だけかも知れませんが」
「それはほら、アントニオが俺達の減らした分は補填しないってことで話が着いたからじゃないか?」
「ンなこたぁ解ってるんですがね、それにしても……すいません。ちょっとアレ使うんで壁作ってもらえます?」
俺が、他の社員達が座っている方向に背を向けて壁を作ると相田はパーティションの中でアヘ顔になった。まだ1秒かそこらで何かしらの結果を得るような訓練は出来ていないらしい。20秒ほどして相田が変な顔から復活したがその顔は晴れなかった。
「うーん……わかりませんわ。自然減……ってことですかねえ…… こんなに急になるものなんですかねえ? 人口転換って……」
「自然減……? そんな筈はない」
確かに人を殺すのは増やすよりは楽だが、多くを減らすとなるとそう簡単なわけではない。何かの理由で沢山死んだと考えるより増えていたのが止まったと考えるほうがより合点がいく。とすれば考えられるのは増やす側の連中が何かを理由に今年は増やすのを止めたということ以外に考えられない。
アントニオがやっているように武装勢力に高性能のサブマシンガンや装甲車を大量に渡して大規模な虐殺事件が起きたとしても、数万人もの死者がしょっちゅう出るかというとそうでもない。さすがにそのレベルの虐殺は10年、20年に1度といったところだろう。百万、千万となるとなおさらだ。
俺が苦心して演出したゴールドラッシュや電線事件、ミイロタテハによるコカインマフィア撲滅も、社会現象として膨れ上がらなければ数十名しか死ぬことは無かっただろう。一地方のちょっとした騒動に収まっていた可能性はおおいにあったのだ。
事程左様に生きている人間をガッツリ減らすというのは難しく、一企業や一団体などの少数の人間の努力でなんとかなる問題ではない。これが「あいつ」の要求である十億単位の削減ともなると、超国家規模の組織が長年かけて取り組まなければ不可能に近い。世界単位で少産少死になり、社会がその前提で動く状況を組み上げるしかないからだ。
さて、生きた人間を減らすのは難しい、だから産まれてくる子の数を抑制して長いスパンで人口を減らすというのが今の俺達の教義だとして、増やす方はどうか? 人を増やしたい連中の理由なんて考えたくもないが、基本的には人を増やすのは「コストさえ度外視できれば超簡単」なのだ。若い健康なカップルに「生活のことは気にせずバンバン作りなさい」と言ってやれば良いだけなのだから。
18世紀から19世紀にかけて生きた経済学者、トマス・ロバート・マルサスは「人口論」という本を書いた。この中で彼は幾何級数的に増える人口に対し、食糧生産は一次関数的にしか増えない、と、将来的に訪れるであろう食糧難について説いたと言われている。
が、これはわかりやすくショッキングな部分を抜き出しただけの大雑把な概説に過ぎない。
マルサスがその本を書いた目的をこれまた雑に解説すると「貧しい人かわいそう! ちゃんと社会保障制度を作って貧しい人を救おう!」と言ってる連中に「金持ちが貧困層に対してチャリティーだなんだと言って食い物を渡してばかりいると、食い物を得た貧困層が馬鹿みたいに増えちまって、より格差が増大するだけだぞ。どうすんだコラ」と言いたかったのだ。
そう。持てる者達の善意の食糧供与は人口の増大を招くのだ……。だから「増やす側」は貧困層に小麦粉やトウモロコシをばらまくだけで簡単に人口を増やせる。そうして大量生産で単価が低くなった命をビジネスに使うのが「増やす側」のやり方だとすると……。
「小麦の値段、調べてみろ」
「ほえ?」
「『羊飼い』の中には慈善事業で人口を増やしてる連中もいるだろうが、大半は何かしらの利益のためにやっていると考えよう。ならば、人を増やすコストがビジネス収益に見合わなくなったら連中は人を増やさない筈だ。もっとも直接的に影響のあるコストはこの場合食糧だろう」
「なるほど」
「アフリカを中心とした貧困層に渡される食糧……そうだな、小麦、大豆、トウモロコシなんかの価格の変動を見るんだ。俺がやった海流へのちょっかいのおかげでもしかしたら高騰してるんじゃないか?」
相田が先物取引のサイトへ行って確認するとまさにそのとおり、世界の穀物市場は近年稀に見る価格の高騰を続けていた。
「あー……うちの『リスクテイカー』もこの価格高騰に乗っかってどんどん釣り上げてますね。儲かってますわー」
「そうか。来年は海流をいじらないから、早いとこ手を引いとけよ」
どうやら今年の世界の食糧事情は俺のせいでかなり悪いらしい。穀物の備蓄量が安全水準を下回るというニュースも出ている。このために食糧価格が高騰し「羊飼い」達が食い物の調達を一旦止めたのが人口の急な減少の背景事情だろう。
さて、「羊飼い」達の手口らしいものは判ったが、まだ顔は見えてこない。奴らの経済優先の商魂逞しさが見えてきたのは面白かったが……。確かに大陸レベルで貧困層に食糧をばらまくなど穀物市場の現状を見るにとても現実的ではない。ならばここは1年見送り、というのも全然アリといったところか。
俺は食糧を渡して人を増やし「収穫」して利益を得ようとする連中も恐ろしいが、渡された食糧を貪って幾何級数的に増えていくという人類という種の、ある種の無機質さにも恐ろしさを感じていた。
なんというか……そう、俺には増えていく人類がシミュレーションゲームのNPCのように思えたのだ。
俺に Invitation of another Bilderburg Meeting (裏ビルダーバーグ会議へのご招待)という豪奢な封筒の招待状が届いたのはそれから4日後のことだった。




