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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました
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第百十五話:炒り豆にやっと花が咲く

「あいつ」が皆に能力付与をした後、当然ながら能力を付与された側の人達はその能力の正体を見極めにかかった。一日でも1時間でも、なんなら1秒でも早く能力を身に着け使いこなしたいと思っているのだろう。彼女達の熱心さは見ているだけでも凄まじかった。


 一方でその熱心さは困った事態を引き起こしていた。彼女達は熱心過ぎて、暇さえ見つければ何か試したり、深い考察に入ったりするのだ。まるで腕がもう一本生えたからどう使えるかを試行錯誤するように。


「最近役員の人達、口を半開きにしてあらぬ方向を見ながらボーッとしてるんだよ。話しかけるの怖くなっちゃうよね」


「そうそう。相田部長だけかと思ったら壬生部長もそうなの。目の焦点が合ってないのよ……逆に市川副社長の顔ったらもう怖くって殺されるんじゃないかと思うくらい。役員室で今、まともな顔してるのって驚くなかれ影山社長だけよ? みんな変な薬にでも手を出したんじゃないかしら」


 驚かなくてもいいじゃないか……。それに彼女達は薬なんかやってないぞ、失礼な。

 彼女達は自分の脳内の探検に熱心すぎて、他の社員が相談や報告に来た時にもうっかりアヘ顔を晒したり考え込んだりしているだけだ。


「だけどまあ……シュールな光景だよな」


 レグエディット発動時の表情が気持ち悪いという事は昔日の市川さんの俺への嫌悪感を見て理解していたが、こうして目の前の2人が時にヨダレを垂らしながら虚空を見つめている姿を見ると苦笑いが出てしまう。


 一方で市川さんは可哀想に、まだアヘ顔になるところまでにも行けていないようだ。


 面白いから写真撮ってやろうか……いや、命が惜しいから止めておこう。案外、能力持ちのホモサピ同士は殺し合うってそういうところから来てるのかも。


「皆、熱心にやっているところ悪いんだが暫くの間、オフィスでの練習や検証はやめてくれ。このままだとまた俺が何かをやったという悪い噂がたってマスコミに狙われかねない。やるなら自宅に帰ってやるとか、週末に合宿を組んでも良いから」


 4日目の昼過ぎについに俺は業を煮やしてオフィス内での能力検証を禁止した。俺が薬物を使って他の役員を骨抜きにし、やりたい放題あんなことやこんなことをしているのではないかと社員の間で良からぬ噂が流布し始めたからだ。


 『(ただ)れた役員室の淫靡な午後』


 とかまた女性誌にでも書かれたらどうするんだよ。前の結婚騒動の時も結構な騒ぎになって火を消すのにいろんな人に頭を下げて回ったんだから……。


「私はもうご心配をかけることはありませんよ。シンプルな能力だから把握もしやすかったですしね」


 相田は、それまで寝る間も惜しんで遊んでいたロールプレイングゲームをクリアしてしまったような顔をしていた。


「影山さんの『今年の実施人数』についてもわかりましたよ。ビクトリア湖の溺死者数と、地中海での難民のゴムボートをガーフィッシュが沈めたのがスコアの大半です。後は異常気象での凍死や熱中症での死亡など影山さん由来での死亡が21種類、それぞれ10人から15人というところでした。合算で現在4685人だそうですよ」


「お、おう……」


「聞いてはいましたが手広くやってるんですねえ……ちょっと驚きました。お役目ご苦労様です」


 相田にしては珍しく俺を(ねぎら)うようなセリフだ。そうか、さまざまな事象にまつわる数字について、その数字を従属変数に見立てた時の独立変数と関数について知ることが出来るとか言ってたな。この場合の関数が数式じゃなくて事象になって理解できる能力か……。


 とするとやはり、株の上昇下落なんかについて、間接的にでも原因は追いかけられるんだろうな……。

 って、これ、人口の増加に焦点を絞れば「羊飼い」の動きが分かるんじゃないのか? 凄くないかそれ?


 だが良い報告はここまでで、4日目までにだいたいの能力の性能を把握できたのは相田だけだったようだ。市川さんは能力発動のとっかかりすら掴めておらず、貴子さんも苦戦しているのが傍目で見ていてよく判る。


 貴子さんはもともと理系ではないので獲得した(ディファレンス)能力(メーカー)が2つのオブジェクトの間に「差」を作ると言っても良く分からなかったらしい。


 2つの物体をターゲットするところまではレグエディットと同じだったので、その2つのオブジェクトの間に「どのような差」を「どれくらい」作るのかを設定する能力だと思う。その「差」に何を設定できるかについては良く解らないので細かい検証が必要だ。


「こりゃ時間がかかりそうだな。やっぱり合宿しようや」


 俺の提案は珍しく賛成多数を占め、役員達は土日に特訓を行うことになった。場所は志摩の壬生別邸だ。あそこならのびのびできるだろう。

 相田は必要ないと言っていたが、俺がこっそり録画したアヘ顔を見せた後に「これを何とかする方法がある」と言ってやると喜んでついて来た。何とかする方法というのは実は簡単だ。身体知なんだから「何度も訓練をして早く終わらせる」これしかない。


 志摩に着いてからこれを聞かされた相田は詐欺だとか騙されたとか言っていたが「ダイエットだって痩せるのは簡単だ。運動して食う量を調整すればいい。それをやれるかどうかは本人の問題だ」と言ってやったら納得していた。


 結果、相田は俺と一緒に買い出し係と飯炊き係を拝命。係の仕事の時間以外は計測と(カウンターアンド)原因探り(フェイトチェイサー)の高速起動を頑張ることになった。徐々にではあるがその成果は出つつあるようだ。


 相田は買い出しについてもブツブツ文句を言っていたが、的矢かきの美味いシーズンでもあり、道中松坂牛の牛丼を供する店があるのを知ると率先して買い出しに向かうようになった。これで合宿の体制はなんとかなったと見ていいだろう。


 貴子さんは日曜の午前中には2つのテニスボールの間に位置エネルギーの差を設定するところまで行った。その様子を見せてもらったが、高い位置エネルギーを与えられた方のテニスボールがもう片方のテニスボールに凄い勢いで「落ちて」行くのだ。テニスボールの間に引力、おそらく重力が発生しているのだろう。


 どうやらこの能力を使って2つのオブジェクトに差を設定すると、その差に応じた力も発生するらしい。……なるほど、こうやって使うのか……。


 その日の午後、俺と貴子さんは磁場や電場について高校物理の教科書を読んだり、動画教材を漁ったりしながら「場」のエネルギーについて復習をし、なんとか初級物理を踏破した。「場」の理解がなければ貴子さんの能力は持ち腐れになるが、逆に理解していれば応用範囲はいくらでも増えるだろう。


◆◆◆◆◆


「サンダーーーーッ!」


 だいたいの初級物理の概要を掴んだ貴子さんは俺達に声をかけ、前に俺が海岸に置いておいたブイに向けて稲妻を落とす技を披露した。上空の雲から青白い一条の光が轟音を伴って空を裂きブイに落ちる。電流の多くは海水に逃げたのだろうが、それでもブイは焼け焦げて大きな損傷を受けていた。


「貴子さん、雲をオブジェクトとして認識できるんだ……? それは俺はやったこと無いし、たぶん出来ないな……」


「あら? 私は普通に出来ましてよ?」


 貴子さんは雲の上空の温度をうんと下げて雲の内部の電荷を移動させた後、雲の下部とブイとの間に高い電圧をかけたらしい。たまたま分厚くて低い雲が上空にあったから思いついたのだということだが即席でやったにしては見事なものだ。


 雷は別にしても貴子さんが雲をオブジェクトとして認識できたのは凄いとしか言いようがない。俺には輪郭のはっきりしない雲などはレグエディットの対象として認識が出来ないからだ。今回の一件でオブジェクトの認識に関わる部分には個人差がある事がハッキリしたが、もしかしたら貴子さんなら気体や流体であっても苦も無くターゲットできるのかもしれない。


 一度はずみがつくと貴子さんは強い。産まれた時から頭にアクセラレータが搭載されているから、無意識にせよその部分を使うことに躊躇がないのだろう。貴子さんは経験に裏打ちされた素早い能力発動を武器に、温度差や密度差などさまざまな「差」について実験しながら自らの能力を把握していった。


「……いいわよね。あんた達は……」


 おっと……ここに1人だけ、一向に進歩できず()ねている女がいた。市川さんだ。

 あれだけオールマイティな彼女のことだから付与された能力なんかあっという間に使えるようになると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


 市川さんは既に相田と貴子さんが初級卒業近くにまで来ているのを横目に見ながら、一歩も前に進めていない自分を酷く惨めに感じているようだ。彼女の能力は確か……空間情報エディタだったか。


 空間情報エディタ……とは、はて……?


「影山さんが私達を合宿に連れてきたんだからね! 早いところ私にも何か教えてよ!」


 どうも、いつものクールな市川さんじゃないなぁ。俺もレグエディット使うようになってから性格変わったと言われることがあるから、脳の一部にソフトウェア入れられた影響かもと思わなくもないけど、たぶんこれはただのヒステリーだろう。


「落ち着こうよ市川さん。『空間情報』の方が分からなければまず『エディタ』から行こう。エディタでは何が出来るかな?」


「い……今それ検討しようと思ってたところよ。えーと、選択、編集、削除、複製、貼付、検索、置換……これくらいじゃない?」


 もう誰が見ても半泣きなのが分かるくらい彼女の目の周りは真っ赤になっていた。


 彼女を支えているのはおそらく「あいつ」が言った「最強・最難関」という言葉だろう。最難関なんだから難しくてもしょうがない。とにもかくにも使えるようになれば最強なのだからその程度の努力はしなければ、と。


「そうだね。それを空間に対して行うのかな。それとも『空間情報』というのは何か別の言葉なのかも……『あいつ』の翻訳機がやむを得ず選んだ言葉とかでさ」


「でもね、ネットなんかで『空間情報』を検索すると地域マンションの家賃の相場とかラーメン屋の数とか、そういうのが出てくるのよ……」


「うん。それは俺もネットで同じような説明を見た。地理空間情報って言うらしいけど、空間情報には違いないよね? まずはそれからやってみようか?」


「?? ?」


 俺は目の前の砂浜に移動し、拾った木の枝で3m四方くらいの正方形を描いた。


「この正方形をターゲットできる? ターゲットっていうのはとにかく視覚で捉え、深く認識することだよ。もし、この正方形をターゲット出来れば何かしら今までの『ただ視覚を通して見る』以外の認識結果とそれに対する選択肢が脳に浮かぶ筈だ」


「え……ええ? なんだか、その正方形を見ているといろんな数字が浮かんでくるわ」


 なんだ。もうあと一歩で出来るところまで来てるじゃないか。泣くほど切羽詰まってるみたいだったから相当不出来なのを覚悟してたのに。


「よし。それが俺が普段言っているレジストリと同じようなものだと思う。じゃ、この正方形の中にアサリは何匹いるかな?」


「……な……71匹……なんで……なんでこんなことが分かるの?」


「じゃ、そのレジストリをコピーしよう。上手く出来なくてもいいから……コピーできたかな? と思ったらそれを別の、ここにペーストしてみて」


 俺は少し離れたところに立ち、トントンと木の棒で砂浜を突いた。俺の指示を聞いた市川さんの目が少し緑色に光っているのが怖いがきっと何かの見間違いだろう。市川さんは肩で息をしながら「ペースト……ペースト……」と呟いていた。


「や……やってみた!」


 5分後、何かしら「やれた」と感じた市川さんの自己申告を受けた俺は、2つの正方形のある頂点から同じだけ離れた場所をスコップで掘ってみた。


「ほら、同じ場所に同じ大きさのマテガイがいたよ。最強にして最難関というからにはもっと凄い使い方があるんだろうけど、まずはこういうことなんじゃないのかな?」


「影山さんや貴子の能力がオブジェクト単位なのに対して、私の能力は認識された空間とか領域をターゲットに行われるってことね……」


「そうだな。つまり市川さんは宇宙から日本列島全域を認識するようなことがあればそれを消し去ることさえ出来るってことだ」


 ……何それ超怖い。


「市川さんも物理を勉強したほうが良い。少なくとも大学レベルのものを。化学教師だったシプリアーノが物質変換で、プログラマだった俺がオブジェクト指向でそれぞれ能力の幅を広げたように、おそらくその能力には高度な科学知識……というより概念かな。そう言うものがあった方がより有効なものになる筈だよ」


 なんとなくのカンではあるが、間違っては居ない筈だ。もしかしたら魔法使いの学園アニメでも視たほうが良いのかも知れないが……。


 あれ、市川さんの能力を使えばシャーレの上の細菌や酵素って全部オブジェクト認識出来るんだよな? え? それって凄くない?


◆◆◆◆◆


「ねえ影山さん、気になることがあるんだけど……」


「何?」


 夕食の後、市川さんが少し表情を緩ませて俺のところに来た。感謝の言葉でもいただけるのだろうか。


「前に言ってたわよね。『担当者同士はレジストリの参照が出来ない』って。それってもし私達が担当者になってたとしたらもう若返り処置は出来ないってことなのかしら……?」


「あ……」


 俺と市川さんの話を傍で聞いていた相田と貴子さんも真っ青になっていた。俺は全く気がついていなかったが、これは御三方には重要なことだよな……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全話読みましたが、とても面白かったです。 [一言] > 上空の雲とブイとの間に大きな電位差 ―― つまり電圧を設定したらしい。 ここですが、そもそも地球上(地上)では100V/mの電場が…
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