因果応報
*
「あの……」
「ん? 姉ちゃん、どしたの?」
「あっ。えっと。サクって……、本当に私の、弟?」
「そーですよ。この通り、中毒者になっちゃったけど……」
その後、「ぼくの腕、捲ってみて」と言って両手を差し出してきたので、彼の黒いカーディガンの袖口を捲ってみる。
すると、両腕には無数の注射痕が、赤く散らばっていた。
「これは!」
思わず目を見開いてしまったが、中道と同じ薬物患者だとしたら、あの時匂いだけで分かった事も頷ける……か。
ふと、あの刑務所にいた中道の事を思い出してしまったが、一つだけ、分かったことがあったのも事実だ。
そう。この薬特有の甘い匂い。刑務所『以外』でも嗅いだことがあった。と言う事が。
「でも、こうなった原因は、姉ちゃんじゃないよ。ぼく自身の問題なんだ。だから、その……。気にしないでほしいな」
「あっ。いや……」
しかし、彼は俯きながらそう言い残すと、口で器用に両腕の袖口を戻し、再び歩みを進めた。
「つーか、本当にサクちゃん、望ちゃんの弟なの?」
「えっ?」
「なーんか、雰囲気は似てるんだけど、接し方がどうも他人面ってゆーか……」
途中、やり取りを近くで見ていた幸さんが心配そうな顔で言ってきたが、兄弟それぞれ接し方が違うのは当たり前だろ。
と、内心ツッコミそうになったが、あながち嘘でもないのでこう言ってみる。
「うーん。まだちゃんと記憶が戻ってないから、曖昧になっているだけ。だと思う」
「あっ。そ。ならいいけど……」
彼女は怠そうに相槌を打つと、うさぎ型のバックから飴玉を取り出し、口に投げ込んだ。
「確かここ……」
「ん?」
「愛さん達が上に行ったのを見た気がしたけど……」
何だかんだで歩いているうちに、あっという間に階段付近まで来てしまった。
「まじか!」
「うん。とりあえず、上行こうか」
「おっけー!」
「そうだったんだ。分かったよ。姉ちゃんのお友達、無事だといいね」
なので、私と幸さん、サクヤの3人で不気味な階段を上がってみる。
周囲はとても静かで、私達が階段を上がる音だけ、共鳴するかのように響いていた。
「これ!」
「あちゃー。盛大に鍵壊れてますね。これ」
「でも愛さん、戮さんと一緒に行ってたから……」
ふと、私の背後から冷たい視線を感じたので思わず振り向く。
「ってえっ!?」
すると、彼女が何故か両腕を組みながら鉄格子の柵を睨んでは、飴玉をガリガリと強く噛み始めていた。その目つきは何処か、鬼の様で怖さを感じる。
「……あ。ごっめーん! ちぃっと考え事してたわー。先進もっか!」
しかし、我に返ったかの様に大きな目をぱちくりさせると、いつもの幸さんに戻っておどけていた。
だけど、さっきのあの怖い目つきは何だったんだ。まるでその名を聞いただけで、今すぐにでも抹殺したい。と言った雰囲気だった。
まぁ、まだまだ聞かないといけない事が山積みなのも事実。いずれ分かるか。
私は本音を心の中に留めながら、周囲を見渡しているサクヤの背後につく。
そして、再度周りを確認してみると、二階と何ら変わりなく、無機質な扉が規則的に並んでいた。
「あれ?」
ふと、1箇所だけ取っ手がへし折れている場所を見つけたが……。まさか!
「愛さん!」
彼女の名前を叫びながら、取っ手を持って強引に開けると、凄惨な光景が広がっていた。
「な、な……」
私の足元には、首から大量の血を流した女の死体。そして、ベットとテレビに挟まれた形で横たわる死体。
室内は荒らされた形跡が多く、近くにはひび割れたスマートフォンが落ちていた。
「何……で……」
突然の事で頭が真っ白になった私は、暫くその場から動けなかったが、何だか嫌な予感がする。
だけど、別人かもしれないと思い、よく見ると、姿形が誰かに似ている。
なので、改めてよく見たら、緑色のセーラー服に茶色くて長い髪が、血溜まりと共に広がっていた。
「って事は!」
更に徐にテレビを退かすと、安らかに眠っている戮さんを見つけたが、息は既にない。
全身は赤い発疹に覆われており、まるで赤い薔薇の花びらを身に散らばした様な姿になっていて、全身は傷だらけだ。きっと、誰かが鋭利な刃物で傷をつけたのだろう。
「……」
「姉ちゃん? どうしたの……ってえっ!?」
「……」
「この人達、さっきのお兄ちゃん達じゃ……」
「……うん」
まさか。こんな形で会うとは思わなかった私は、言葉を失い、呆然と立ち尽くしてしまった。
「望ちゃん」
「え?」
「こいつら、ほっとこう」
しかし、彼女は扉の前で両腕を組んで死体を睨んだまま、私に声をかけてきたと思うと、突然辛辣な言葉を投げかけてきた。
「えっ!?」
「それより、メモリー探さないとヤバいんじゃない?」
「それは……」
「ちょっとマスター! どういうことですか!?」
「あー。実はこれには、深ーい事情があってねー。まぁー、気ぃ悪くしちゃったなら、謝るわぁー」
「えっ……」
なので、隣で聞いていたサクが驚いた顔で詰め寄っているが、それでも彼女は依然ヘラヘラとしている。
こんなに悲惨な状況下なのに……。
笑っている!?
この時、ピエロの様に笑っている彼女を見て、脳内では既に危険信号のサイレンが鳴り響いていた。
「もしかして、これが原因ですか?」
ふと、私の足元に落ちていた壊れたスマートフォンの画像を見せると、彼女は深いため息をつきながら、こう話してきた。
「そうだよ」
この時、映し出されていたのは、彼女が髪を切られて泣いている画像だったが、元々動画だったのかな。ブレが大きくて見づらいけど、雰囲気が何処と無く私に似ている。
「じゃあ、あの時、戮さんの名前を出した時、かなり恨んだ様な顔をしていたのも……」
「うん。晶を虐めていたあの三人が許せなかったの。なのに、何で望ちゃんは名前を呼んでまで助けようとしたの?」
「それは……」
「晶を殺した遠藤も許さないが、1番許さないのは、妹を虐めた滝沢と藤田、神田だよ!」
「それであの時……」
硬い飴玉を噛み砕いたり、ほっとこうと言ったりしていたのか。
それ程の強い恨みが彼女の根底だとしたら、今までの行動の一連が分かる気がした。
「だから、こーなって狂者にやられたのは因果応報だと思ってる」
「……」
「でも、望ちゃんも晶と同じ事、された事あるよね?」
「えっ!?」
しかし、彼女が突然、鬼の様な形相で私の胸ぐらを強く掴みながらこう言い放ってきたのだ。
「じゃあ、何でこいつらを助けようとするの? なんで? 何でよ! ねぇ!」
「それは……単に……」
私自身が愛さんや戮さんの事を『仲間』だと思っていただけかもしれない。だけど、この真実を知る前は、一緒に脱出しようと、笑顔で約束までしていたのに。
だけど、彼女の感情強い正論に似た言葉によって、返す言葉が何も出てこない。
「もう、こんなくだらない言い合い、やめませんか?」
『え?』
その時、サクヤが重い空気を打ち破るかの様に口を開くと、床に倒れた死体に手を合わせてこう言葉を続けた。
「ぼく、ここに来るとき、思ったんです」
「……」
「こんな事をしても、だれも救われないし、だれも助けられない。と」
「……」
「なのに、何でマスター達は、執拗に過去を蒸し返そうとするんですか?」
「……」
「それが、このゲームを脱出する為の『鍵』だからですか?」
「……」
突然の言葉に、私や彼女はただ、その場で黙るしか無かったが、確かに彼の言う通り。ここでは過去が『鍵』となっている。
だから、こんな所で幼稚な争いをしても解決は全くしないのも分かってはいるが……。
「ぼく、違うと思うんです。このゲームの『鍵』は過去ではない。と」
「それ、どういう事?」
「いくらこのお兄ちゃん達が過去に虐めていたとしても……」
「えっ」
彼は戮の死体に合掌をした後、静かに私の近くに行くと、そっと手を握ってこう話しを切り出した。
「ぼくや姉ちゃんにとっては、今までの話は、この人の過去の話でしかないんです。マスターみたく、昔の姿を知らないから……」
「……」
「だから、今の姿しか知らないお姉ちゃんは、彼らが幾ら過去に非道な過ちを犯したとしても、仲間なんです」
「……はぁ」
「その。ごめんなさい。マスター。本当はこんな事、言いたくなかったんですけど、いても経っても居られなくって!」
そして、彼は再び低姿勢で謝りながらもそう言うと、背後に隠れて怯えるかの様に身体を震わせていた。
「分かったよ。サクちゃん。あたいも一時の感情に振り回されたわー。ふぅ……」
「マスター!」
「あぁ。その。悪かった」
すると、さっきの言葉が効いたのか知らないが、急に両腕を組みながら考え始めたが、何をするんだ?
予想外な行動に思わず凝視する。
「んまぁ。この時点で1個だけ、言える事があるの」
「何?」
「それは、神田は狂者に抉られたから、この時点で脱出は無理って事」
「……」
うん。分かってた。
でも、これが『Delete』っつー糞ゲームなんだ。と私は心の中で言い聞かせていたが、未だに実感がわかない。
「だけど幸い、滝沢は違う病で亡くなっていて、無傷に近い。この状態なら、原因はアレルギーかなんかだと思う」
「えっ!? アレルギーって!」
「あー。あいつ、果物とシナモンのアレルギー持ちなんよ。あの馬鹿、何も考えずに食ったんだろうねー」
しかし、戮さんがアレルギー持ちだと知り、驚きを隠せないでいる。
果物とシナモンと言ったら、愛さんお手製のあのアップルパイだ! まさかこの惨事の引き金となったのが、あのパイだとは誰しも思わなかった。
「だから、それに関しては何とか考えてみるよ」
「ありがとう。幸さん」
「いいよ。つまり、狂者に抉られなければ、このゲームからの脱出は可能。ってことだし」
「って事は……」
「とりま、先に蛇川先生の所に行ってて。後で追いつくから」
「えっ!? んー……」
「んまぁ。直ぐに追いつくから、安心してええよー」
「あ。うん……」
そして、幸さんに押されるがまま、部屋を後にし、先へと進む。
*
「姉ちゃん……」
「どした?」
彼女を置いて行った後、更に上を目指して階段を駆け上がると、何故か見慣れた様な光景が広がっていた。
緑色の床に、鉄格子で張られた扉。そして、見たことがある部屋番号と不気味な雰囲気。
「夢で見た場所と、同じ……」
「えっ?」
「あ。何でもない」
「そぅ?」
ふと、独り言がサクヤにも聞こえてしまったので、何事も無かったかのように振る舞うと、歩みを進める。
「あ。ここですね」
「ここが……」
そして、慎重に奥へと進むと、『カウセリングルーム』と書かれたプレートが付いた部屋へと辿り着いた。
ここだけ扉は2階の病室と同じく、真っ白で金属の取っ手があり、触ると冷たく感じる。
「ぼく、先に入ってますね」
「あ。うん……」
すると、サクヤが何食わぬ顔で部屋を三回ノックし、中へと入って行ったが、この階、他より格段と暗い。まるで闇が場を支配していくかのようで、恐怖心が湧いてきていた。
だけど、これでやっと麗に会える。と思うと、自然と不安が薄らいでいく。
もう、怖くないよ。
私がいるから、大丈夫。
それに、もう、1人じゃ……
「姉ちゃん! 早く入って!」
「あっ……」
ふと、考え事していたら、彼に声をかけられたので、急いで中へと入る。
「って……」
しかし、部屋には黒髪で白衣を纏った男性が、パイプ椅子に腰掛けながらこちらを見つめていた。




