薔薇
「これは一体……」
私は床に落ちたくまのぬいぐるみを拾い上げると、直ぐに確認した。
間違いない。麗のだ。
「あー。見つかったんだ!」
「うん。でも、ここに落ちてたよ」
「えっ!? おっかしいなぁー」
そう言って、落ちていた場所に指さすが、彼女は何故か目をまん丸くさせている。
「どういう事?」
「あ。いや。この部屋から出る時、確かその子、コートのポケットの中にいたはず……」
「じゃあ、どうやって……」
なので、試しに匂いを嗅いでみると、あの時みたいに仄かな薔薇の香りがした。
「まただ」
「って事は、誰かここに持ってきたって事?」
「それっぽい。あとは、これ」
そして、持った時にぬいぐるみの背後に違和感を感じるので、後ろにしてみる。
すると、何故か封筒が取り付けられていた。
「もしかしてこれ……」
なので、剥がして中身を開けてみると、7枚の便箋が入っていたが、1枚目にはこう書かれている。
――――――――――――――――――――――――
この手紙を読んだ方へ
誰かがこの手紙を手にしている頃、私は既にいないでしょう。
ですが、私は短い期間、麗の母として、人生を謳歌できた事、とても嬉しく思っております。そして、最高に幸せでした。
――――――――――――――――――――――――
「まさか……」
「麗の母って書かれてるよねー」
「うん。初めて字を見たけど、麗のお母さんって、ロシアの方じゃなかったっけ?」
「そだよー」
「でも……」
それにしては日本語が上手いな。と思いつつ、2枚目を見る。
――――――――――――――――――――――――
ですが、私の死をきっかけに、麗が変わってしまったのであれば、もっと生きたかった。と後悔、しております。
だけど、このままロシアに帰っても、病からは逃げられない。
なので、命が尽きる、最後の最後まで、麗の母として、育児に専念しようと思いました。
――――――――――――――――――――――――
「凄い、強い方だったんだ」
「うん。そうみたい」
「でも、何の病気だったんだろう。まだ生きたかった。と書かれているけど……」
「うーん……」
検討もつかなかった私は、更に便箋を読み進めようとした。
「つか、これ以上読み進めない方が良さそう」
「え? 何で?」
すると、隣にいた彼女が突然、静かに諭す様に言ってきたので、思わず聞き返すと、真面目な顔でこう答えていた。
「いや。だって、本人じゃないのに中身、読まれるの嫌じゃない?」
「うーん……」
「しかも、内容が内容なだけあって……、ね」
「それは……」
確かにそうだ。内容がまるで、パンドラの箱を開けてしまったかの様な衝撃さだったので、静かに便箋をしまう。
「まぁ、とにかく、それはバックの中にでもしまって、直接本人に渡そうよ」
「そうだね。わかった」
なので、仕方なく手紙をリュックの中に入れると、改めてぬいぐるみを手に取る。
「確か……」
よく見ると、片目が取れていたので再度、猫耳が付いたリュックから裁縫セットを取り出す。
そして、近くにあったパイプ椅子に座ると、緑色の糸を針の穴に通して、チクチクと縫ってみることにした。
「望ちゃん?」
「ん?」
「何で緑色で縫ってる訳?」
「あー。茶色が無かったから仕方なく……」
「いやいや! なんつーか。緑だと縫い目、目立たない?」
「だけど、そっちの方が、麗には良いのかも。と思って……」
「あっ。そー……」
ふと、隣にいた彼女は、唖然とした顔で聞いてきたので答え返したら、それ以降、相槌しか帰って来なくなってしまった。
不味いこと、言っちゃったかな?
だけど、片目が無いままだと可哀想だから、直してあげようと思って縫っているのに。
言い分に納得がいかないまま、針を持つ手を進めると、あっという間にくまたろーの目が両目になった。
よし。これを麗に届けよう。そしたら、中にいる『うらら』ちゃんもきっと、喜んでくれる。
そう思い、左手にくまたろーを抱えながら椅子から立ち上がろうとした時だった。
「あっ! 姉ちゃん!」
「えっ!?」
扉が勢いよく開かれたので、咄嗟に顔を上げると、何故かサクヤが驚きながらこちらを見つめていた。
両手には相変わらず手錠がかけられていたが……。
「それに、マスターも!」
「おっ? サクちゃん!」
「そーですよ! はぁ。無事で良かったぁ……」
彼はホッとしたかのように口角を上げると、扉に鍵をかけ、幸さんの隣に腰かけていた。
「えっ? つーか、サクちゃんはキチガイ院長に捕まってたはずじゃ……」
「あっ。実はですね、あれから蛇川先生が助けてくださったんです!」
「蛇川先生?」
聞き慣れない名前に彼女は首を傾げていたが、彼はというと、いつもよりかなり明るい声で話し始める。
「はい! 実は、カウンセラーの方なんです!」
「へぇ……」
「その方も囚われていたみたいで、事情を話したら、手を貸して下さいました」
「なるほど……」
「それと……、麗兄さんも無事です。一時期危なかったのですが、今、蛇川先生といっしょにいます」
「そっか……」
私はホッと胸を撫で下ろすと、少し彼を見る。
目は前髪で隠れてしまっていて、口元しか見えないが、やっぱり、夢の中で見かけたあの人に間違いない。
少しずつだけど、彼の事も思い出してきたし、麗の事も少し、思い出してきた……、気がする。
確か……。
「なので、一緒に蛇川先生の所まで行きませんか?」
「えっ?」
「先生も、お二人さん探してましたし……」
「そう、なんだ」
何かを言いかけた時、突然彼から誘ってきた。でも、蛇川先生がどういう人なのか、今の段階だと全く想像がつかない。探していたとは一体……。
カウンセラーの方とは言っていたけど、その反面、胡散臭いとも感じていた。なので、かなり警戒もしていたが……。
「んまぁー。探していたなら、行くしかないよねー。望ちゃん!」
「うん。麗もいるなら、尚更……」
「なら、とっとといくぞー! サクちゃん、改めて案内よろしくぅ!」
「はーい。分かりましたよ。マスター」
幸さんは何の警戒もなくそう言うと、ベットから軽やかに立ち上がって病室の扉を開け始めた。
「あのー……」
「んん?」
「そういえば狂者、見かけてないような……」
「あー。あの赤い目ん玉ちゃんかぁ。できれば会いたくないねー。勿論、取り巻きにも」
「だけど……」
狂者は、本当に何者だろう。
神出鬼没の様に現れては私達に襲いかかってきて、その姿は黒い影に赤い目玉。
パーツはそれだけなのに、子供の姿になったり、女子高生になったり、大男になったり……。
「いつ見ても、謎」
私はぼそっと本音を呟くと、ローズの病室を後にし、サクヤ達の後について行った。




