仲間
*
「……ここは。一体」
私は重たい瞼を擦ると、何故か見知らぬ部屋の隅にいた。まるで監獄の様な部屋で、鉄格子の近くには簡易式の和式トイレが置かれているだけ。
電気も昔ながらの豆電球型のせいか、周囲はかなり薄暗く、鉄格子の先は全く見えない状態に置かれていた。
「……枷?」
しかも、右足には金属製の足枷が取り付けられている。枷の先を見ると、背中にある壁まで取り付けられていて、パッと見る限り、外すには一筋縄ではいかなそうだ。
「どうすれば……」
「ねぇ!」
考えていると、左隣にいた一人の少女が笑顔で声をかけてきた。見るからに露出度が高い服を着ている。
「え?」
「おっ! 誰かと思ったら、望ちゃんじゃーん!」
「何で……私の事……」
私はと言うと、何で見たことのない人が声をかけてきているのか、疑問に感じつつも、恐る恐る訊ねる。
「あー。それは色々と調べたんだよねー」
「調べた?」
「うん! このゲームに参加するのに必要だったからさー」
「どういう、意味?」
「それはねー、単に望ちゃんに逢いたかったの!」
「え!?」
すると、彼女は思いの外、フレンドリーに答えながら私の頬を人差し指で軽くつんつんしてきた。
「まじで逢いたかったのにー! 望ちゃん冷たすぎいぃぃ!」
「いや。その。冷たいっていうか……」
でも、彼女と私だと温度差がかなり違うので、こういう明るすぎる人は正直、苦手なタイプだ。
「だってさー、医療センター近くにある閑静な住宅街でさー、殺人事件があった。ってニュースで見かけたからさー」
「それが?」
「ったく……。あんだけでっかい事件なのに、どんだけ関心薄い訳? そんな興味無い顔されちゃうと反応に困るんだけどー」
彼女はというと、コンクリートで出来た壁に寄りかかりながら、かなり不貞腐れていたが、一体、何が言いたいわけ?
彼女の不気味な言動に戸惑いを隠せない。
「でも、一方的に困るって言われても……」
「じゃー、もっと詳しく言うとね、その事件が起きた後に、また近辺の高校で無差別殺傷事件が起きてる訳よ。で、殺された人はどれも犯人とかなり関係のある人っぽいの!」
「だから、何が言いたいんですか?」
「つ、ま、り……」
しかし、彼女は言いかけた時、不敵な笑みを浮かべながら、私の耳元である言葉を囁いてきた。
「……えっ」
それを聞いた途端、思わず右手が小刻みに震え始めたので、咄嗟に左手で抑える。
だけど、何で、こんな事で動揺しているんだ。私には知らない事。なのに……。
「なーんて。冗談冗談! だけど、高校で殺傷事件あった後、犯人は新しく出来た医療センター付近で逮捕されたっぽいんだけど、知ってる?」
「知ら……、ない……」
「ふーん。あん時ウチ、刑務所内のニュースで知って、かなり衝撃受けたんだけどねー。その辺はまーいっか!」
しかし、彼女はこれ以上、詮索して来なかったが、何で話したこともないのに、そこまで内容を知っているんだ?
不思議で不思議でたまらないし、何より麗とは別の恐怖感がある。
「でもー、ここから抜けないと愛用のパソちゃん、使えないしなぁー」
「抜け出す……うん」
「そそ! だけどねー、これが取れなくて困ってるんよー!」
彼女はというと、「ぁあー! もー!」とボヤきながら鎖に繋がれた左足をばたつかせている。
「あぁ。それ、私もです」
「あ。望ちゃんも?」
「う、うん」
「なかーまだね!」
「はい?」
「仲間だ。って言ってんじゃん! ったく。1人でなかーまやってて恥ずかしいじゃんよー!」
なので、淡々と答えていたら、何故か彼女が頬を膨らませながら勝手に不貞腐れていた。普通に言っただけなのに。
「すいま……せん」
だけど、ここは穏便に済ませたかったので、私は仕方なく謝る事にした。でも、どうもこの変なノリ具合にはついていけそうにない。
「あっ。別に固っ苦しくしなくてもいいよー」
「え?」
「あたい、破片者だからさー」
「破片者!?」
「うん。だから、支配人っつー胡散臭そうな目玉ちゃんからソフト預かってんだけどー……」
しかし、彼女はそう言いながら肩にかけていたオレンジ色のバックから黄色いソフトを取り出してこう言う。
「それで、どうしたんですか?」
「実はさ、これ、年季が古くてポンコツのせいか、宝物を集めないと機能しないみたいでさー。色は赤、黒、白のUSBなんだけど、黒以外、全く見つかんなくてねー」
「……」
まぁ、これで彼女の言いたいことは半分以上分かった。つまり、あと2つ、USBメモリーを手に入れなければ、黄色いソフトは完成しない。
「それで望ちゃん達には、宝さがしと言って、捜索して貰う事にしたのよ」
「って事は……」
「うん。あたいこそ、ステージを弄ったり、色々手をつけていた張本人だよ!」
「つまり、メールの送り主……」
「当ったりー!」
「でもあるし、スクリーンに映ってた人……」
「うん。この髪型見たら一目瞭然だねっ!」
「確かに……」
「まー。ツートーン、憧れてたからいいけどー」
「ふーん……」
この時、彼女は支配人からソフトを完成させると言う任を任されている事が分かった。
しかし、何故かハッキングして部屋を閉鎖していた事に関しては全く謝ってこない。って事は、悪いとは微塵も思ってないのか。それはそれである意味恐ろしいが……。
「ところで……」
「ん?」
「ここ、何処なんですか?」
そして、私はずっと気になっていた今いる場所を聞き出そうと彼女に問いかける。
「んー。実はあたいも知らないんだよねー」
「え?」
パソコンで散々部屋を弄っといて、場所を知らない。だと?
意外な回答に思わず拍子抜けしてしまったが、彼女は軽く見渡すと、ポツリとこう呟く。
「まー、見るからに隔離病棟じゃない?」
「隔離……病棟……」
周囲を見渡しながら呟いたが、どうやら彼女も見知らぬ場所らしい。
「って事は……」
ふと、私は何かを思い出したかの様に、背中にかけていたリュックを前へ移動させ、あるものを取り出そうとした。
「それって!」
「ん?」
「望ちゃん! その……、ファイル。どこにあったの!?」
「学校に、ありました」
「学校……」
すると、彼女がリュックの中に入れていた黄色いファイルを指差し、驚いた様な反応を見せていた。
「はい。もしかしてですが、この黄色いファイルに書かれているのは……」
「まー。知らんくていいよ。そこまでは……」
なので、そっと中身を見ながら言ってみると、少し複雑そうな表情を浮かべている。
「そう、ですか」
「うん。でも、この牢屋を出た後ならあたいの事、少し話そうかと思うけど……。それでも良ければ」
「え。いいんですか?」
「ん。構わんよー」
だけど、彼女は笑いながらそう言うと、「この足枷を外してくれるなら」と条件を言ってきた。ちゃんと達成できたら、ファイルの事も話してくれるらしい。
「それにしても……。やれやれ。先程の麗君といい、糸も簡単に出し抜かれるなんて、前代未聞なんだけどー!」
「麗君!?」
「え? どしたの急に!?」
「その、まさか、麗に会ったんですか!?」
「んー。まぁ。さっきまで一緒にいたけど……」
「じゃあ、今どこに!?」
ふと、彼女が呟いた言葉に彼の名前が出てきたので、勢いよく問い詰めてしまった。いけないと思っていたけど、こうでもしないと何だか気が落ち着かない。
「ま、まってまって! 少し落ち着こうって! ねっ!」
「え……」
「安心して! 麗君はちゃんと生きてるから!」
「本当に?」
「うん! なら、真っ先にカッ。とならずに冷静になってね。さっきのままじゃ、こっちも言いたいことが言えなくなっちゃうからさ。ね。わかった?」
「は。はい……」
だけど、彼女は宥めるように話してくれたおかげで、我に返る事ができた。
「んと。まずはここの場所なんだけど……」
「うん」
「旧城崎病院。と呼ばれてるところなの」
「旧って事は……」
今の医療センターが建てられる前に建っていた病院の事か。確か、家の近くに古びた病院があった様な……。
少しずつだが、ここに来る前の記憶が少しずつ浮かび上がっていく。
「あー。その様子じゃー、何となく察しがついた様だね」
「うん。何となく」
すると、彼女はそれを見切ったように言葉を付け足してきた。
でも、確かにここは、ゲームに参加する前に、1度だけ、来ようとしていた事があるかもしれない。だけど、なんの為に? 肝心の目的だけは、何故か思い出せずにいた。
「じゃあ、何で新たに移転工事をしたと思う?」
「それは……」
「んー。確かその時、ある事件がニュースで取り沙汰された事があったんだけどねー」
「それが……」
「うん。その事件は……確か……。集団中毒死。だったかな」
「集団……中毒死……」
そう言えば、そんな事件、どっかで聞いた様な気がした。確か、中道に罰を与えた時、『こいつのせいで婚約者を亡くした』だとか何とかほざいていた様な。
「うん。その事件で何人か亡くなってるんだよー。で、犯人はというと、何ヶ月か経っても見つからず、未だに謎のまま。と言うね」
「えっ……それって……」
「その、重要参考人として呼ばれたのが……。麗君なの」
「そんな!」
「だけど、その2日後辺りに、親が保釈金何百万か持ってきて、看守長の目の前で差し出してきたってさ」
「保釈金!?」
「うん。一千万ほど近い大金だったせいか、保護観察付きの仮保釈が決まったの。まぁ、結局は迷宮入りになってしまったけどね」
「迷宮……入り……」
「でも、一説によると……」
彼女はそう言って途中まで言葉を溜めると、静かに小声でこう答えた。
「親が殺ったという話も出てるの」
「どういう……事!? はっ!」
驚きのあまり、思わず声を出してしまったが、すぐ様に両手で口元を抑える。
「だってさー。16の少年が、医療知識全部身につけてるかと言うと、限度がある訳よ」
「うん。それは……確かに……」
「つーことはね。殺るとしたら、看護婦か医療関係者しか居ないわけよ」
「って事は……麗は!」
「麗君は冤罪という可能性が……、高いかもね」
「冤……、罪……」
その言葉を聞いた途端、一瞬だが、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
「そそ。たまたまある物を探しに戻っていた所を警察に捕まった。的な」
「それはいくら何でも理不尽……。だけど、なんで親が?」
「さぁねー。そこまでは知らん。あいつの事なんて、かなり深く知ってる訳では無いからねー」
「まぁ、分かってましたが……」
なので、私は戸惑いながらも相槌を打つが、麗が探していた物ってなんだろう。気にはなっていたが、会ってたった何分かしか経ってない様な状況なら、そんなに情報もないか。半分諦めかけていた。
「だけど、1個だけ言えるのはー……」
「言えること……」
「あの院長は、かなりのクズ野郎。と言うことよ!」
「クズ野郎……」
「でも、少しは彼の事、分かったかな?」
「はい。お陰様で」
「じゃー、ここを抜けることにすっかー!」
「はい。なので……」
そう言うと、先程の黒いリュックから、赤いプラスドライバーを取り出し、金具に付いているネジの穴に合わせた。
そして、反時計回りにクリクリと回してみる。
「それ、どっから持ってきたわけ?」
「家みたいな場所からです。形を見ると、ここの金具と、家にかけられていた剣を固定していた金具と、かなり似ていたので……」
「なーるほどぉー。つまり、家でも同じ物を使ってるんじゃないか。って事ね」
「まぁ、そう言う事です」
すると、解説したと同時に固定していた金具が外れて下に落っこちた。なので、自由の身となった私は彼女の左側に移動し、壁に固定されていた金具を外す。
「望ちゃん、思った以上にやるじゃん!」
「え?」
「ん? いやー、こっちの話よ。ささ。変な奴らが来る前にここ、抜けちゃお!」
「あ。はい……」
そして、上機嫌な彼女に言われるがまま、牢屋の扉を開けようと手を掛ける。
――カタ……カタッ……
しかし、扉は南京錠で閉められており、おまけに廊下の奥側からは誰かがこっちに向かって歩いてくる音がした。
「どうしよう……」
「もしかして、あの取り巻きかぁ!」
「取り巻き?」
「そそ。あのクズ院長の下には、慕ってる野蛮な取り巻きが何人かいるのよー」
「って事は……」
「そのうちの一人かもね。今来る人は……」
「じゃあ……」
「さっきみたいな体制でいよう。幸い、こっちが枷外れてるの気づいてないみたいだし!」
「わ、わかった」
なので、私と彼女は定位置に戻るとパーカーのポケットにしまった温い秘密兵器を握りしめながら俯く。そして、彼女は目をつぶってぐたりと壁にもたれながら相手の出方を伺った。
――カタッ……カタッ……。
足音が止まった。そして、南京錠が外れる音と同時に、重たい鉄の扉が開いた。
「……」
そっと目を開け、正面を向くと、一人の成人男性が虚ろな目でこちらを見つめながらじっと佇んでいる。
「……用は、何でしょう?」
「……」
なので、私から訊ねてみたが、ボブカットで茶髪の男は口を閉ざしたままだ。
「あのー……」
「……なんだ」
「トイレ……行きたいんだけど……、だめ?」
「……」
しかし、隣にいた彼女が弱々しそうな声を出しながら聞くと、男は相槌を打った後、一瞬だけ黙ってしまった。
「……駄目だ」」
「えー! マジで漏れそうなの! おねがいぃぃ!」
「駄目なものは駄目だ」
「いーやーだぁーー! 近くにトイレあるのに何でぇ!? あたい、ここで漏らしたーくなぁーいのぉーー!」
「それでも駄目だ。主の命令だ」
だが、彼女は男に拒否されたと同時に、突然大声出しながら泣き叫んでいた。
「……え」
私は一瞬何が起きたかと戸惑ったが、一連の流れを見て少しだけ納得した。
なるほど。もしかして……。
なので、一か八か、ある賭けをしてみることにした。
「主の命令って何なのさー! あんたはそんなに主が大事な訳?」
「大事というか……」
「どーせー、あのクソ野郎の熱烈信者なんでしょー! うああああ!」
まずは、男が大声で喚く彼女に気を向けている隙にそっと立ち上がると、鎖の音を気にしながらも男の背後へと忍び寄る。
「私は主の言うことは正しいと思ってるから行動してる迄だ。そこら中弄くり回す無神教な奴らと比較される筋合いは断固ない!」
「何でぇ! 何で何でよー! 漏れちゃうって言ってんじゃーん!」
「五月蝿い! 大人しくしてろ!」
次にポケットから血塗れたスタンガンを取り出し、スイッチをONにしてMAXまでゲージを上げた。
「でもさー、そんな事いつまでもやってたらさー。脳みそ何個あっても足りなさそー。ねー!」
「ねーって……うがぁぁぁぁぁ!」
そして、彼女の合図と共に、男の腰元へ強く当てた。見事に痺れて玩具の人形の様に暴れる様は、こちらから見ても滑稽に見える。まぁ、これぐらいやれば暫くは起きてこないだろう。
「あーはははははは! さっすがぁー! これだったら難なく抜けられるね!」
「う、うん」
彼女はと言うと、お腹を抱えてゲラゲラと笑いながら右手の親指をグッと上げている。どうやら上機嫌の様で、かなり一安心した。
「しっかし望ちゃん、真顔でエッグいことするねー」
「そう?」
私はというと、MAXまで上げていたスタンガンのゲージを元に戻し、スイッチをOFFにしてポケットに閉まう。
「一瞬びっくりしちゃったけど、いっかー。さてと、どこに向かおっか!」
「んー。パソコンが使える場所が良いんじゃないかな? 貴女が良いと言うなら……」
「そだね。じゃー、秘書室にでも行くかー。あそこならパソコン多いし!」
「でも、早くここから出なきゃ」
そして、隣で気絶する男を横目にみながら彼女と共に立ち上がると、牢屋みたいな部屋から出て、周囲を見渡してみる。
「んー……お。望ちゃん、あれ見て!」
「?」
すると、右側に大きな扉が見えた。なので歩いて近くまで見てみると、【手術室】と書かれていた。
「なるほど。どーやらここは2階にある手術室と繋がってたんだね!」
「繋がってた? もしかして、隠し部屋だったってことですか?」
「うん。あたいもさっきまで隔離病棟だと思っていたけど、これみた途端、違うって分かったよ。まさか……。こんなのを作っていたなんて……。ね」
「ん?」
彼女は絶句しながらも扉の取っ手に手をかけているが、その手はかなり震えていた。
「大丈夫、ですか?」
「あー。平気平気! うん」
「顔、青いですよ」
「大丈夫! だから……」
なので、私が代わりに開けようとしてら、笑顔で拒否されてしまったが、その顔はとても寂しそうで暗くて虚ろで……。
「じゃあ、行こっか」
「えっ!?」
「あたいの事、知りたいんじゃなかったの?」
「いや。それは……、確かに何者かは知りたいけど……」
「なら決定だね! ささ、行こっ!」
でも、ぼーっと考え事していたら、彼女に笑いながら手術室の中へと連れていかれてしまった。




