トラウマ
その2日後だ。
ついに、ウチの体を痛ぶったポルノ常習犯の男性2人に神罰が降った。
何故なら事務所へと連れ去った男2人は、ウチが映っているポルノ動画を見た人に屠られたと、ネット上で騒いでいたからだ。
それと、あの後警察によって事務所は摘発され、壊滅状態となったらしいが、そんなのはどうでもいい。
ウチはというと、警察に無事、保護されたけど、寒さのあまり、凍えそうになっていた。なので、念の為にある病院に入院をしたが、今でも恐怖で全身が震えている。
今思うと、この時屠ってくれたのが、戮さん率いる不良少年グループ達だったんだ。
だけど、ウチの体はいつになっても癒えることは無いし、好きでもない男達に捧げてしまった処女は、二度と戻らない。
「最悪……嫌だ……」
頭を抱えながら呟いてもムダだと分かってはいた。
でも、触れられた感覚を思い出す度に、身体中に虫が這いずり回る感覚を思い出してしまう。
「あぁ。いや。いや! ぁぁぁああ!」
なので、病室で1人になると、その虫を払うように体を引っ掻き続ける毎日が続いた。
「あぁ……」
そして、おもむろにカミソリを手に持つと、掻き傷もあった左腕に向けて、深く切りつける。
すると、傷口から赤黒い液がじんわりと湧き出てきた。
「……」
この時、痛みは不思議と感じなかったが、痛みよりも、快感が勝ってしまって、それが変に病みつきになってしまう。
でも、こんな事をしていても駄目だ。というのは頭では分かってはいるが、やめたくてもやめられない。
自分自身を傷つけたとしても、過去を変えることはできないのは分かってはいたはず。なのに……。
「うっ……うぅ……」
ここで泣いても切っても何をしても、無意味なのは分かっている。
だけど、自分の居場所を失うのが嫌だ。そのせいか、血を見る行動がやめられなかった。
今思うと、血を見ては自分はここにいる、と言う居場所を見出そうとしていたのかもしれない。
けれど、心の中に深く植えつけられてしまった悲しみだけは、いつまでも、いつまでも、根に持ち続けてしまう。
そう。あの花の様に……。
*
ポルノの事件から3ヶ月後の春の事だった。ウチは精神的に安定したせいか、無事に退院したのだが、相変わらず息苦しい。
なので、病院に入院していた時に作ったマスクを付けていた。
まぁ、布製のマスクに黒いバッテン印を書いただけの簡易的な物だが、ウチにとっては大事な体の一部だ。
迎えは叔母さんだったけど、話によるとお母さんは今、あの時の監禁猥褻事件に関わっているとし、拘留所にいるらしい。
「叔母さん」
「ん?」
「えっと……。どうしたの?」
そのせいか、叔母さんは相変わらず思い詰めたような表情でこちらを見ていた。
「あの……、愛ちゃん」
「ん?」
「何か、考えているの?」
「なにが?」
ウチはというと、満面の笑みで頷きながら右手に持つスマートフォンの画面を眺めていた。
服装は叔母さんがくれた緑のズボンと白いジャケットを羽織っていたが、未だ肌寒い季節には、とても温かい。
「んー。よからぬ事を考えてなければいいんだけど……」
「何も考えてないよ。ただ、あと少しでお母さんの誕生日だなぁ。って思っただけ」
「はぁ……。これだけは言っておくわ」
「ん?」
でも、叔母さんは1つに縛った茶色い髪を掻きながら深いため息をつくと、真正面にこちらを見て、こう言ってきた。
「愛ちゃん。貴女は貴女の道を歩きなさい。誰にも左右されることも、利用されることも無い、ちゃんとした道を……ね」
「突然、何を……」
戸惑うウチをよそに、叔母さんはいつになく真剣な眼差しで訴える様に、言葉を続ける。
「いい? 愛ちゃんは愛ちゃんなの。誰かの玩具でも、稼ぎ道具でもない。一人の人間なのよ」
「叔母さん……」
「だから、嫌だと思ったら我慢せずに、嫌なら嫌と、ハッキリ言うのよ。分かった?」
「……う、うん。でもあの時は言いたくても言えなかったよ。だって……」
確かにあの時は恐怖もあってか、嫌だったのに文句一つも言えず、我慢して男に体を委ねてしまったのを思い出す。でも、あの時拒んでいたらきっとウチは……。
「まぁ、警察からは粗方、事情は聞いたけど、本当に酷い話よね。犯人は一生、私達の前に現れないで欲しいわ!」
でも、叔母さんは啖呵切った様な荒い口調でそう言うと、ポケットから白い電子タバコを取り出し、ふーっ。と蒸していた。
口ではああやって気を使って言ってくれているけど、本当はかなり無理をしているのではないかと思うと、胸が締め付けられた様に苦しい。
「叔母さん。それは……」
「まぁ、今すぐ忘れろなんて言われても無理なのは分かってるわ。だから、その分、ちゃんと考える時間が必要だと思ってるし。ね」
「……」
「だけど、いつまでも後ろばかり振り向いてもダメよ。ちゃんと真っ直ぐ、前を向いていかなきゃ! ね!」
なのに、この時の叔母さんは、何か吹っ切れた様な清々しい表情になっていた。
「……珍しい」
「え?」
「叔母さん、急に水臭い話をし始めるから……、その……」
「それ程貴方のことが心配なのよ! 全く。少しは分かってちょうだい!」
「ふっ。ありがと」
そして、叔母さんはそう言うと、照れを隠すかの様に片手で顔を隠していた。
でも、叔母さんの言葉は思い出す度に心に突き刺さる。きっと、いつも屈託で明るい叔母さんが、あの時だけ真剣な眼差しで言っていたから、余計に記憶に残っているのだろう。
「あと、最後に言うね」
「ん?」
「んーと……、過去や家族に対する嫉妬は、必ず身を滅ぼすわ。だから、あまり過去に執着するんじゃないよ。分かった?」
「うん!」
そして、少しの間、叔母さんの家で過ごすことになった。
だけど、近所であんな事件が起きてしまったせいか、学校付近にはマスコミや記者が至る所にいたらしい。
なので、しばらくは学校を休む事になったが、その時はとても穏やかな日々が続いていた。
あの日が来るまでは……。




