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ギルコさんは欺けない  作者: 羽根 守
02 地図作りの冒険者
12/57

交渉 02-05 ギルコさん対地図を売る冒険者 “ リッツ ”


 リッツは後悔していた。

 地図を売るなんて言わなければ良かった。

 

 リッツはギルドにあった椅子に腰を掛け、腕組みをし、そんなことを思う。


 ――どんなことを言われるのかわかったものじゃない。嘲笑する言葉を用意している。 

 

 リッツはすっかり、ネガティブ思考におちいっていた。

 算盤さんばんたまが鳴らす音が、心の臓をゆびさきではじく音に聞こえる。


 パチパチ、パチパチ

 

 そんな音を鳴らさないで、さっさと結果だけを言って欲しいのが、彼の本音であった。

「こんなものか」

 地図の鑑定は終わった。

「幾らになるか言うわよ」

 査定の発表が始まった。


 リッツは半ば諦めていた。

 ――あの時、地図を持っていたら。ルルがいなければ。

 どう考えても希望が掴めない。

 悔しさが呪詛じゅそのごとく、続いていく。

 ――良い地図、書いたのにな。

 できれば、シルバーという値にならないように、願っていた。


「……ゴールド」

 ゴールドか。一応、値がついたんだな。

「5000」

 5000か。東の国だと、お金は五銭と言うな。

「5000ゴールド」

「そうか、5000ゴールドか。それはいい金額だ」

 リッツは今、自分で言った言葉をもう一度、心の中で呟いてみる。

 5000ゴールド、5000ゴールド。

 間違えていない。ギルコは5000ゴールドと言った。

 ドケチで守銭奴でアザトいカノジョが、5000ゴールドと査定した。

「5000ゴールド? 5000ゴールド!?」

「うるさいな」

「ああ、ゴメン」

 想像以上の金額に、リッツは本音が出てしまった。


 ギルコは引き出しから大金貨をテーブルの上に置く。

 大金貨。100ゴールドを意味する通貨、ダイヤの刻印が埋められた大金貨50枚が彼に渡された。


 リッツは大金貨を観察しながら、ギルコに尋ねる。

「どうしてこんな高値で買ってくれたんだ?」

「クマ」

「くま?」

「クマの絵がカワイイから」

 ギルコは地図を広げ、クマのマークに指をさす。

 クマがニコッと笑っているカオがなんだか憎たらしかった。


「そんなはずはない。幾らクマがいるから高く買取るなんて」

「クマがいたら普通書かないね。冒険者ならクマを狩るはずだし、誰かに横取りされないためにクマのマークなんて書かないはず。でも、あなたがクマのマークを入れたということは、このクマを生かそうとした。そうでしょう?」

「……いや、違う。イタズラされたんだ。妹が勝手にクマのマークを書いたんだ」

「そうなんだ。どおりでカワイイマークだと思った」

「クマがいるという事実、信じるのか?」

「ええ、村の噂で滝つぼの洞窟にはバケモノがいると言っていたから。その正体がクマだとは知らなかったけど」

「ギルコさんは信じるのか? クマ出没注意というマークに」

「信じるわ、ギルコさんは信じるわ」

「理由は?」

「あなたのその正直な態度かな。目線をこちらに向けていて、ウソをついている声色でもない。素朴、純粋、商売の駆け引きをしようとしない」

「クマのいるほら穴の中身を探検できるのか?」

「あなたならできるはず」

 そういうと、ギルコは棚に置いてあった火薬玉を見せた。

 それを見たリッツは背筋を伸ばした。

「あなたでしょう? このアイテムの持ち主は?」

「それを何処で――」

 ギルコはリッツがアイテムの持ち主だと確信する。

「あなたのアイテムを拾い主がいて、ギルドに売りに来た」

「誰が売ったんだ?」

「それは言えない。ギルドマスターの規則で言ってはいけないことだから」

「そうか」

「手慣れの冒険者ならムダな争いをしない。なんらかの方法でクマのいるほら穴に入って、ほら穴の中を探索した。そうでしょう?」

「なんらかはなんらかだな。……聞く?」

「いいの? そちらの専売特許を聞いてもいいの」

「――いや、やめとく。きっと、信じないから」

 妹がクマを倒したなんて言えるはずがなかった。

「それで、地図がホンモノだとしても5000ゴールドにした理由はなんだ?」

「内訳を言おうか?」

「ああ、頼む」

 リッツは5000ゴールドの意味をギルコから聞くことにした。


「あなたの言うとおりこの地図だと300ゴールドが相場ね。けれど、この地図には価値がある」

 ギルコは鉄鉱石が取れるとマーキングされた部分をさす。

「まず、鉄や銅の取れる採掘ポイントを見つけてくれた。これだけで3000ゴールドの価値がある」

 次に、ギルコは備考欄にある「魔物や山賊は出てこない。動物には注意」という所をさす。

「地図がホントかどうか調べるための派遣隊に使うお金が2500ゴールドと保険の積立金に掛ける500ゴールドを用意しないといけない。でも、あなたのことを信じているから予定よりヒトを減らせる。これで合計1500ゴールドまで抑えることができた」

「その1500ゴールドは機会費用?」

「そういうこと、ギルド側が得するはずだったお金をあなたにあげるわ」

「残りの200ゴールドは?」

「クマがかわいかったから」

「そっち!?」

「冗談冗談、ちょっと色をつけたの。そういうことにしてね」

 ギルコはリッツにやさしく微笑んだ。

 しかし、リッツはその微笑みに裏があると考えた。


 ――5000ゴールドにしては高すぎる。


 リッツはギルコの意図を悪く受けとめていた。

「ギルコさん」

「それ以上、高値は出せないわよ」

「いや、もう満足だ。満足すぎて文句の言い様がない」

「あらそう?」

「だけど、納得できないことが一つある」

「その値段がすべてだけど」

「そうだとしたら説明できる」

 リッツは自分の中にあった考えを口にする。

「ギルコさん、クマ討伐の依頼でも出すの?」


 クマは獰猛どうもうな動物であり、山から降りて村町を襲うこともある。

 その場合、村町から死傷者が現れる可能性がある。

 早い所、手を打つのが村の安全を守るギルドの仕事である。


「村に危険が及ぶのならそうするかもしれないわね」

「それならギルコさん、これは受け取れない」

「どうして? まだ話の段階だけど」

「話の段階じゃない。ギルコさん。キミはクマを狙っているのだろう?」


 ギルドは狩猟の依頼を決めることができる。

 それは食物連鎖によって増えすぎた肉食動物を狩るためのもである。

 しかし、それだと冒険者に旨みが出ないため、ギルドは狩猟の仕事を解禁し、冒険者に依頼を出すことがある。


 リッツは狩猟の報酬金を加味した上で、地図の買い取り金額に色をつけたと推理していた。

「毛皮のコートは高く売れるし、クマから取れる生薬しょうやくは貴重な代物で、万能薬の材料にもなる」

「よく知ってるわね」

「とぼけるな。キミこそクマにはどれだけの値打ちがあるのか知っているだろう」

 ギルコはリッツの追及を避けるように、口を閉じた。

 

 オルエイザ大陸ではギルドの利益のために、冒険者に狩猟を依頼するギルドが増えている。

 特にクマの生薬は貴重品であり、それを求めてやまないギルドも少なくない。


 リッツは先ほどのやり取りでギルコを疑っていた。

 ギルコは利益のためなら何でもこなすギルドマスターではないかと疑っていた。

「あのクマには家族がいるんだ。滝つぼにいたボクらに襲いかかったのはそれが理由だ。もし、クマを狩猟する目的で、この地図を買い取ったのなら早く返して欲しい」

 リッツはギルコに詰め寄り、売ったはずの地図を手にしようとする。

 しかし、ギルコはその地図を動かす。

「確かに、クマがいたことで5000ゴールドを買い取ったのは事実ね。家族がいたのはわからなかったけど」

「やっぱり、キミはそんなの目的で!!」

「だけど、そんな危険を教えてくれたことがもっとも価値のあることだと思う」

 地図へと伸ばしたリッツの手が止まった。

「地図に大切なことは目的を教えることだけど、もっと大事なのは安全を教えること。何も知らないで滝つぼの洞窟で探検して、クマに襲われたなんてバカらしい。危険を教えない地図こそ、ホントの危険な地図だと思うわ」

 地図にクマ出没注意を書かなかったリッツにとって耳の痛いセリフであった。

「……ギルコさん」

「この地図は信頼できる冒険者にしか売らない。絶対に」

「約束できるのか?」

「ええ、クローバーの花言葉は「約束」だから」

「……え?」

 リッツは首をかしげた。

「いや、クローバーの花言葉は――」

 リッツがそれ以上言いかけるが、言葉を遮られる。

「約束」

 ギルコはもう一度同じことを言う。

「約束。――いい?」

「……ああ」

 ギルコの強引さに、リッツは従う。

「ギルドマスターギルコが約束します。この地図は信用できるヒトしか売りません」


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