情報収集 02-03 ギルコのうわさ
牧場へとやってきたリッツはルルを探す。
羊の群れの中で羊にもたれかかって寝ているルルを見つけた。
「おい」
リッツはルルを呼びかける。
「……父様、……父様」
悪夢でも見ているのか、うわ言のように言う。
「起きろ。起きろ」
リッツはルルの身体を揺らすと、ルルはビックリして起き上がる。
「うわぁ!」
ルルはその場で跳ねた大声をあげた。
「まったく、ヨダレなんか出して」
リッツはルルのヨダレを拭き取った。
ルルのカオからヨダレがなくなると、嬉しそうなカオをした。
「ニィニィ、羊ってけっこうかたいよ」
「誰も羊のベッド具合なんて聞いてない」
「ハハハ」
「それでルル、地図は何処だ?」
「地図なら、牧場の中に置いたよ」
「置いた?」
「うん、置いた」
「誰かに盗られていないだろうな」
「羊飼いのおじさんは良いヒトだからそんなことしない」
「地図がないと食えないの! わかる!?」
「でも、ただの地図だと売れないでしょう」
「ただの地図だと……」
脳裏に何かイヤな予感が走る。
「まさか、オマエ……」
「色々と書き足したよ。売れる要素を!」
リッツは身体中に身震いするような悪寒を感じると、猛ダッシュで牧場小屋の中へと入っていた。
リッツが牧場小屋に入ると、そこには羊飼いのおじさんがいた。
「何かご用かい?」
「妹が地図を置いていませんでしたか?」
「あれはキミの妹さんか。キミの妹さんは元気いっぱいだね」
「地図は何処にありますか?」
「それなら一階の机にあるぞ」
「すいませんが、取りに行ってもよろしいでしょうか」
「もちろんだとも」
羊飼いのおじさんの了承を得ると、リッツは地図のある場所へと急いだ。
「ニィニィのためだ! と、一生懸命、カワイイクマの絵を書いている姿を見て、なんか、涙が出そうだったよ。ワシにも娘がいたんだが、戦争で離れ離れになってしまってのう」
羊飼いのおじさんが独り言をいう傍らで、リッツは地図を見つけた。
すると、リッツは何かに気持ちをぶつけたいのか、床を踏みつける。
「ワシも娘を探したいんじゃが、お金がなくてのう。もし、偶然大金を手にしたら、ギルドに依頼をしたいところじゃ」
苦渋の表情を浮かばせたリッツは地図を手にし、牧場小屋から出て行く。
「おじさん、邪魔してゴメン!」
「元気でな! 妹さんにもよろしくな」
羊飼いのおじさんは終始ニコニコして、手を振っていた。
牧場小屋の中から出て来たリッツは羊に目もくれず、ルルの方まで向かってきた。
「ルル! 何を書いたんだ!」
「えっと、見たまんま」
「何を書いたんだよ!!」
「だから、見たまんまだよ」
リッツは地図を広げ、ルルがいたずら書きした部分を指さす。
そこにはやさしく笑うクマのマークが書き足されていた。
「クマがあるとなんか安心するね」
「入り口には花の絵もあるし、たきつぼのどうくつって名前を付けてるし」
リッツはこの世の終わりだという表情を浮かべて、絶望感に打ちひしがれていた。
※※※
「ほぅほぅ、さっきから声が聞こえたと思ったが、賑わっているのぅ」
先程から二人を見ていた老人が彼らに話しかけてきた。
「あ、はい。こんにちは」
「こんにちは!」
「こんにちは、元気いいね」
老人は二人の返事に笑う。
「冒険者のリッツと言います。こっちは――」
「妹のルルです」
ルルはお辞儀する。
「村長のゲーニックじゃ、村長でいい」
「村長ですね、わかりました」
「それにしてもな、誰かに襲われたのか? このコの服が破けているが」
「いえ、ルルが勝手に破いたんです。クマに襲われて」
「クマに襲われたら服を破るのかい?」
「いいえ、なんて言いますか。その」
リッツはうまく説明できない。
まさか、この小さな女のコがクマを倒したなんて言えるはずがなかった。
「ハハハ、まあ、そういうことにしよう。嬢ちゃんも兄さんに迷惑かけるじゃないぞ」
「ハーイ」
ルルは返事をすると、老人はまたやさしく微笑んだ。
「それでボクらに何の用でしょうか?」
「いやいや、何の用もない。ただ、この村に面白い冒険者が来たんだなと思ってな」
「ボクらが冒険者って、わかるのですか?」
「ああ、この村に来るのはローグか冒険者ぐらいじゃ。それに、胸元にある羽のペン」
「これですね」
リッツは羽ペンを村長に見せる。
「そうそう。それから見て、おぬしは地図を売る冒険者じゃな」
「はい、よくわかりましたね」
「傭兵や戦士ならそういうのは持たないし、トレジャーハンターなら地図なんて付けるはずがない。自分だけが独占しようとするからのぅ」
「ええ」
「それに対して、地図を作る冒険者はみんなに利益を分けあう人間だ。地図があれば、カンカンに照らされた大砂漠でさえ越えていこうとする勇気を与えてくれる」
「そこまで思って書いてませんよ。ただみんなが便利に使ってくれるから書いてるだけですよ」
「ホッホー、そこまで気恥ずかしくなる必要はない。地図に価値があることを知っている人間と出会えたのが嬉しいだけじゃ」
「地図は安く見積もられるますし……」
「地図は捏造しやすいし、確証を得ることも難しい。ギルドは書いた地図を確認するために、調査団を雇わないといけない。地図がホンモノだと確定した時、やっと報酬金が払われるが、それまで待つ時間が長いからのぅ」
「誰も地図を書かないのはそれが理由ですね。だけど、ボクは地図を作ることで安全を届けたいと思うのです」
「素晴らしいことじゃ。それがホントならホントに素晴らしいことじゃな」
「それはどういう意味でしょうか?」
「深い意味はない。地図があることでこの村に利益を落としてくれるる。それは信じるよ」
「はい」
「だけどギルドマスターが悪かったの。他の村ならその地図は高く売れたのかもしれなかったのにな」
「地図が売れない? この周辺の地図はまだできあがっていないのに?」
「そうじゃな」
「それなら売れるのでは? みんなが求めている」
「求めている求めていない問題じゃない。ギルドマスターの問題じゃ」
「ギルドマスターの問題」
「そうじゃ」
村長は残念そうなカオでこう語る。
「ギルコはアザトいんじゃ。小さじ少々のあざとさなんじゃが、あの手この手を使って地図を安く買い取るはずじゃろう」
リッツはいたずら書きされた地図を握りしめ、ドン底に落ちた気分でいた。