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悪魔は蒼ざめた月のもとに  作者: 花街ナズナ
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悪魔は蒼ざめた月のもとに (1)

天使に驚きの感情は無い。


正確に言えば、驚きに限らず感情そのものが存在しない。


だから、

今回この最終戦。ゲーム開始直前に恒例の、視界と平衡感覚を狂わせるフィールド移動についても何ら、意識を揺さぶられることは無かった。


ところが、


移動先のフィールドに辿り着いた時、

さしもの無感情な天使の意識にも、小さな疑惑が生まれることとなる。


モノクロームに歪曲する光景が広がり始め、それが落ち着いた頃、

まずその目に入ってきたのは、


白い髪をなびかせ、背徳的な衣装に身を包んだ本来の亜生の姿。


続いて、

いつもと変わらぬ、学生服を着た太知。


ただし、

奇妙にも、その髪は亜生のそれを彷彿させる艶の失せた白髪。


よく見れば、その双眸は眼球から白目を取り除いたかのように、闇色で全体が染まっていた。


さしもの無感情な天使の眼にも、太知のこの奇異な変化は珍しく映っただろう。


しかし、

それより強く天使の意識を揺さぶったのは別の事実。


移動したフィールド。


元より亜生のゲーム・キーパーに関する知識は十分に持ち合わせているため、どれだけ奇怪な場所に連れていかれようと驚きもしない。


はずだった。のだが、


恐らく、

虚を衝かれた……とも言えなくはない。


顔には出ずとも、その場所の光景を見た天使の意識が、少なからず動揺したのを亜生は見逃していなかった。


そして、


「……これは……どういうことだ?」


耐えきれず、天使が亜生に質問を投げる。


それへ、亜生は久方ぶりの不愉快な笑みを満面に答えた。


「どういうとは何のことだい? 時間もぴったり。フィールド移動も滞りなく済ませた。それとも……ああ、これかい? 太知の姿。いや、私も驚いたけどね。どうやら力のリミッターが外れちまったらしい。ま、人間風情と散々バカにしていたようだけど、腐っても人間……太知はアダム・カドモンの欠片だったってことさね。全知全能の神に似せて造られたアダム・カドモン……その力と知恵は、完全な姿の時には神にも等しかった。その名残りだろうよ。力のリミッターを外しちまうなんてさ。私ですら出来ない事をしてのけた。さすが私の眼鏡に適った人間だけのことは……」

「ふざけるな」


断ち切るように、

天使は一言。


明らかに、わざと分かっている話をせず、違う話題を長々と話す亜生に業を煮やしたか、


「そんなことは貴様に言われなくとも見れば察しはつく。私の聞いているのはこの場所だ」


どこかしら、怒気すら感じる声で天使は再度、問う。


これへ、

またしても亜生はおどけた様子で両手を広げると、それをひらひらとさせながら天使の様子をうかがう。


しばらくし、

感情の無い天使にしては、なかなかに面白い反応だったと満足したのか、亜生はようやく、真面目に説明を始める。


「場所ね……疑問に思われるほどのフィールド選択ではないと思ったけど、気になったんなら教えるよ。どうして(ここ)なのか……」


言うや、

亜生は空を見上げた。


そう、

空を。


頭上は、

満点の星空。


その中心に、

大きな、


蒼い月が、暗く地上を照らしていた。


対し、

足元はコンクリートの床。


周りを見れば、

柵も無い。

フェンスも無い。


かなりの高さに位置しているのに。


加えて、視界の横に入るのは、

黒葉矢中学。その本校舎。


すなわち、

ここは西校舎の屋上。


「目先の斬新さで趣向を凝らしたフィールドを用意するのは簡単なことだった。けど、これは最終戦。それも天使であるお前との特別な戦いさ。普通の趣向じゃ物足りない。だから、因縁の場所で決着をと、そう考えたってわけさね」

「……因縁の場所?」

「私にとっても、それなりにだが、特に大きいのは……」


そう言って、亜生は太知を見た。


月に照らされ、不気味に天使へ笑いかけているその顔を。


「太知にとっては、お前に出会った初めての場所だということ」

「……そして」


急に、

亜生の言い終わりに、太知が口を開く。


相変わらず、とても正気の人間とは思えない、背筋に寒気を走らせる笑みのまま。


「これが最終戦だから、てめえに会うのはどっちに転んでも今回で最後。つまり出会いと別れを一ヵ所この場に限り、てめえと決着つけようって話だよ」


地獄の淵から響くが如く、太知がそう低く唸るような声で話すと、


天使は、


「実に下らんな」


表情は変えず、口調だけで冷笑するように感想を漏らした。


「下らなくても結構。所詮、この世に絶対的な価値観なんぞ存在しない。なら、その場その場で感じる自分の思いへ、素直に従うのが自然ってもんだろ」


そうこうと、

天使と太知が話しているうち、亜生は両者のちょうど中間辺りで、対峙するふたりの邪魔にならぬよう、後ろに下がって立ち位置を定めている。


「やれやれ……どうやら最終戦にして、ようやっと太知はまともに戦えそうだな……」


苦笑しながら、そう漏らす亜生の言葉も、むべなるかな。


太知は初戦、第二戦と、今までの戦いすべてで不意打ちを喰らい、まともにゲームのスタートを切ったことがない。


言い方を変えるなら、太知は最終戦にして、始めてゲーム・キーパーによるゲームを正式に戦うことになるわけだ。


皮肉と言えば皮肉。


とはいえ、

それも天使の自信から来ること。


ゲーム・キーパーが通用しない天使にとっては、不意打ちだろうと何だろうと自由自在。


亜生とて、もし天使がそうした行動に出ても止める手立ては無い。


なのに、

天使がそうしないのは単純な理由。


力の違いを見せつけ、絶望に叩き落とす。


そのためには、己の無力に言い訳が出来ぬよう、真っ向から挑む。


卑怯だとか、汚いだとか、そういった言い訳を心の中ですることにより、負けたことを正当化しようとする行為すら許さない。


実のところ、恐ろしく凶悪な理由により、天使は正々堂々と戦おうとしているのである。


「……よし、そろそろだな」

言いながら、亜生は本校舎の時計を見ていた。


時間は11時59分。


すると、


「ああ、そうだ」


唐突、

天使が口を開く。


「神からの命令をひとつ忘れていた。貴様を倒すにあたっては、戦いに興を添えろ……とのお申し付けだ。ひとつ、私も趣向を凝らしてやろうじゃないか」


言ったかと思うや、


ざっと、その場を一陣の風が吹いた途端、


視界を点々と、

舞い散る。


夜空から、雨のように降り注ぐ。

無数の、青い三つ葉の小さな若草。


シャムロック・シャワー。


「この力は元々、神の三位一体を表す神聖な力。悪魔に堕ちた貴様が持つべき力ではない。これにて、この戦いも少しくは清められようぞ」


高らかに、

尊大に、


天使はそう言葉を放った。


が、


クックッと、

笑いを噛み殺す音を口から漏らし、


「いいじゃあねえの。花吹雪ならぬ草吹雪っていうのもなかなか風流だ。特に、この蒼い月には良く似合うぜ」


不思議なほど、リラックスした調子で太知は言う。


「しかしさ……ちょいと気になるんだが……」

「……何がだ?」

「てめえ、もしかしてその……無草……明光ってのの姿のまんまで戦う気じゃないよな?」

「愚問だな。そこの汚らわしい悪魔と違い、私は自らの姿を貴様ら人間如きの目に晒して汚すほど愚かではない。人間には人間の姿で十分。貴様らには私の本当の姿を見る資格など始めから無いのだ」


わざとらしく、

少し離れて立つ亜生に、聞こえよがしの口を天使は吐く。


亜生は、

見えるような反応こそしなかったものの、心中では穏やかでないだろうことを太知は読み取っていた。


自分を卑しめる天使の言葉が気にかかったのではない。

それくらいは亜生の性質から分かる。


そうでなく、

明光の姿で戦われることが、亜生には苦痛なのだろう。


もう殺されたといえ……いや、それだけに、生前を明光を思い出して亜生は苦しむのだ。


それを分かっていて、やっている。


正確には天使がでなく、その裏で糸を引いている神なる下衆に操られ、そうしている。


瞬間、


太知は今までと変わらない笑みの中に、何やら言い知れぬ冷たい感情を込めるや、一言、


「そうかよ……」

言って、瞬時、


空気が変わる。


緊張し、張り詰めた空気に。


それとほぼ同時、

突然、夜の闇を切り裂いて、本校舎から鐘の音が鳴り響いた。


不可思議な音色。


甲高く、澄んだその音は紛れも無く鐘の鳴る音だったが、どこかしら……、


そう、

それはひどく、


人工的な音の響きを感じさせる。


理由は、ノイズ。


鐘の音の中へ不規則に、何かマイクとスピーカーを近づけた時の、ハウリングに似たノイズが小さく、混ざり込んでいた。


だが、

そんな違和感など気にもせず、


または、

知っているからこそ気にしないのか、


亜生は鳴り続ける鐘の音を聞きつつ、向かい合って立つ太知と天使に声を上げる。


「時は来た。ゲームが始まる。双方、戦いに臨む準備は終えたか?」


普段の亜生とは似ても似つかない。


何やら荘厳ささえ感じさせる声で質問が発せられると、


天使は、ただ静かにうなずき、

太知は、ただ両目をゆっくりと閉じ、再び開く。


「ならば戦え。自らの欲するまま、勝利をその手に!」


鳴り響く鐘の音。

響き渡る亜生の声。


雲ひとつ無い闇色の夜空に、大きく、淡く輝く蒼い月。

それに照らし出されて頭上を舞う、幾枚もの三つ葉の若草。


転瞬、


「……汝、蒼ざめた月の光のもと、悪魔と踊ること無かれ……」


ひときわ落ち着いた口調で、いつぞやのように天使が奇妙な文句を口にする。


と、


「へええ、それが神様とかいうやつの思し召しってわけか? だったら俺は……」


話しつつも太知は低く、姿勢を落とし、膝に力を溜めたと見えた。


刹那、


「悪魔の団体さんと……仲良くジェンカでも踊ってやるよ!」


語尾はもはや絶叫に近い声を轟かせるや、蒼白く月に照らされたその身を獣の如く馳せ、


矢の如く、


跳んだ。


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