第二節 予定とは
予定とは予定であって予定でしかなく、それは予め定められていただけであり、未来が確定されているわけではない不安定な概念なのである。
「「きmあ@f#oa@wd"i#praどう思う?!!!!!」」
いきなりどう読んでいいのか分からないセリフを読ませてしまい、大変恐縮である。
あろうことか、左ちゃんと翼が同時に違うセリフを俺に投げかけてきたのだ。
実に漫画的・アニメ的・映像的な演出ではあるが、それを原稿用紙の上でどのように表現していいものか、俺には全く想像がつかないのである。
兎に角、その手段を持ち合わせない俺は、次の様に処理することにした。
——二人は俺の方を振り向くと同時に、俺に次の様に意見した。
「君はどう思う?」
「あなたは分かるわよね、ベン?」
二人の言葉は重なり合い、原型を留めぬ奇妙な不協和音となり、俺の鼓膜に不快な振動をもたらした。
とりあえずこれで体裁は整ったであろう。
まったく、第三者目線で二人を観察するという予定を立てた二秒後に俺を巻き込んでくるのだから、予定というのは実に当てにならないものである。
「今日はいったい何について揉めてるんだ? それを教えてくれないと答えようがないぞ」
俺がそう返すと、まず最初に左ちゃんが口を開いた。
「そんなの決まってるじゃない。多様性よ!」
何がどう「決まっている」のか、俺には皆目見当がつかないのだが、細かいツッコミはやがて大きな波を生んで俺を飲み込み、終わりのない無慈悲な津波となって俺を襲うだろうということを、いい加減学習していた俺は、なんの口答えをすることもなく淡々とこう返した。
「つまり、多様性を受け入れるべきか、そうでないかという議論なわけだな?」
翼につくわけでもなく左ちゃんにつくわけでもなく、実に中立でいて、尚且つ話題に深く干渉しない模範解答のような返答である。
「その通りよ! つまりね、人は皆多様なんだから、それを尊重するのが当然なの。なのに翼くんったら、『多様性は必要ない』とか『必要なのは法と規律だ』とか言うのよ。どう思う?」
どう思うもこう思うもない。そりゃ法と規律は大事に決まっている。なんといってもここは法治国家だ。さらに言えば法の支配を世界に啓発する立場の国だ。
もし、この世界から規律を排除したら世の中はめちゃくちゃになるだろうし、法の支配を否定すればたちまち社会は無法地帯と化するだろう。それらを捨ててまで守るべき多様性などないであろうというのが素直な俺の意見なのだが、たいして頭のよろしくないこの俺が浅はかな知識と思考で中途半端に逆らったところで、どうせ恥をかくだけだろうし、ここで左ちゃんを刺激することは蜂の巣を棒で突っつくのと同義であろうと考えた俺は、自分の役割を放棄して、そのまま翼にバトンタッチすることにした。
「で、翼はどう思うんだ?」
「左はやたらと多様性を重んじろと言うが、そうやって声を大にする奴ほど多様性を重んじていない。それが全てだ」
何が全てなのかまったく分からないのは、俺だけであろうか。
いったいこの原稿用紙二行分程度のセリフのどこに、『全て』を示す節があったのか、ごくごく平均的知能の俺には到底理解することができなかった。
「お前達の話はいつも急すぎて分からん。トピックの全体像を把握したい。このまま討論を続けてくれ」
兎に角、俺は一旦身を引いて二人に討論を続けさせることにした。
そっちの方が地の文も節約でき、実にラノベらしい会話だらけの安上がりなページが仕上がるではないか。
読者の皆さんにしてみても地の文だらけの小説より、会話だらけのラノベの方がよっぽど読みやすいだろうし、語り部的にも楽ができるわけで、まさに一石二鳥である。
「翼くんは、同性婚は絶対ダメとか言うけれど、同性愛者にだって結婚する権利はあるのよ。同じ人間だもの。性的嗜好が違うというだけで基本的人権を否定することは許されないわ」
「その権利を行使するためには、異性を好きになる努力をしないといけないということだ。権利や自由とは制限されるものであり、無制限に与えれば混沌を招くだけだ」
「なによそれ! 彼らは同性しか好きになれないの! そういう性的嗜好なの!」
「だが現行の日本国憲法では『婚姻は両性の同意に基づく』とされている。つまり異性間でしか成立しないということだ。それは結婚の権利条件が異性愛にしかないということを意味している。左の言う権利とは、現状の日本国においては限定的なものであり、憲法により制限されているものなんだ。人は誰とでも結婚できる権利なんて持ってはいない。同性愛者だって結婚がしたければ異性を愛せる様に治療を受ければいい。実に公平ではないか」
話が長げーよ、論文かと思ったわ!
「何よ治療って! そもそも同性愛は病気じゃありません!」
「論点をずらすな。話を元に戻すと、そもそも左は僕が同性愛者を認められないということが不満なんだろ?」
「そうね。愛にはいろんな形があるわ。男が男を好きになろうが、女が女を好きになろうが、そんなの普通よ。人間とは多様なの。人はそれぞれ違うのよ。皆同じ物差しでは測れないの。いい加減に多様性を受け入れなさい」
俺はこのとき悟った。『論点をずらすな』と言った翼本人が論点を意図的にずらし、左ちゃんを嵌めるトラップを仕掛けていたということに!
翼は『基本的人権』から『結婚をする権利』に話をすり替え、そのまま『憲法の条文』へ話を誘導し、『憲法論』に持ち込むことで左ちゃんを論理で黙らせ、『同性愛者には治療が必要だ』と過激なこと言って左ちゃんを煽り激昂させ、感情的になった左ちゃんが感情論でへ反論する。
——あえて論点をずらさせた。その上で『論点をずらすな』と相手を指摘し、自分の土俵に誘導する。それが証拠に、翼は『話を元に戻す』と言っておきながら当初の『同性婚という制度』の話から『同性愛を認められない』というところに話をずらしている。
誘導の手口は分かったが、ここからいったいどのように展開するのか……実に見ものである。
「ダウトだ」
——なに!? いきなりかよ!!
「ダウト? 何が嘘なのよ!」
「左よ……君、いま多様性を受け入れろと言っただろ?」
「えぇ、言ったわ。あなたが頑なに拒まずに多様性を受け入れていれば全てが丸く収まるのよ」
「じゃあ、聞くが『同性愛者を受け入れられない』という僕の価値観や意見・考えも、多様な価値観のうちの一つではないだろうか?」
「う……」
左ちゃんは言葉を詰まらせていた。
見事なまでに翼のトラップにハマってしまったのだ。
「それを否定し、自分の価値観を押し付けるというのは、それこそ多様性の否定ではないのか?」
「う……、うるさいわよ……」
「多様性を主張する君が、一番多様性を理解していなかったみたいだな」
「そ、そんなこと……」
「——はい、僕の勝ち」
「んんんんん〜〜〜!!!!!!!!」
左ちゃんはこれまた分かりやすく、まるで4コマ漫画やギャグ漫画のキャラクターのように、ハンカチを噛んでくやしがっていた。
それはそうと、実に高校生らしからぬ会話劇である。
俺が予定していた『ラノベらしい軽快かつ読みやすい会話の応酬』は見事に裏切られ、『これ会話? もはや地の文じゃね?』と思わせるほどに真っ黒な、文字だらけのページが出来上がってしまった。
——やはり、予定とは予定であって予定でしかなく、それは予め定めていただけであり、決して未来が確定されているわけではない不安定な概念なのである。




