エピソード37:一時的休戦
戦場は一瞬で静まらなかった。
まるで息を詰めて──ゆっくりと、減速した。
煙はまだ不均等な柱を成し、谷を横切り長い灰色の幕を引く。火と水が激突した大地が蒸気を上げ、ロクジョウの魔術の結晶化した血痕が陽光に暗く輝く。空は緊張で埋め尽くされていた──上空高く旋回するドラゴナイト、ホルモリアのトンボ型飛行隊が編隊を保ち、両軍とも次の号令を待つ。この地が火の海に沈むか、ついに沈黙するかを決める一言を。
その中心近くで、ロクジョウは血翼を広げたまま静止浮遊。呼吸は安定制御されていたが、オーラの歪みは隠せない。五鱗衆は鎮圧か殲滅。ストーヴィルは敗北。ドラゴは姿消し、王国は揺らぐ。戦の尺度あらば、ここで一気に決着をつける時──。
だがロクジョウは手を挙げた。
攻撃ではなく。
命令のために。
「ヴェン。マーベル」魔力で空気超え声届く。「今だ」
ヴェンは即応した。
疲労極限、魔力枯渇寸前でも、地に足を踏ん張り両掌を押し当てる。指が土に沈む──液体のように。ルーンが閃く、古の幾何学、計算されたもの。大地が呼応する。
戦場に深く低い轟音が響き渡った。
崖から河、森端から平野へ──一直線に石が隆起。壁が急速に立ち上がる──攻城魔術超え、ドラゴナイト反応超え。圧縮土、石、晶脈岩盤の層。粗野でも荒々しくもなく。精密。設計。毎メートルに内支柱と魔錨強化。
マーベルが並走、水奔流を壁基に沿わせ生きた濠のごとく走らせる。
「ただの壁じゃねえ」マーベル呟き、手空織る。「メッセージだ」
指鳴らし。
水が上涌ぎ、即凍結──石面を這い上がり。氷が隙封じ弱点埋め、歪鏡のごとく戦場映す透明光沢。内に緩流──圧力帯で火偏向飛行乱れ運動衝撃吸収。
ドラゴナイト火矢が先制。
炎弾連射が新生障壁に激突──砕くどころか拡散、熱が魔氷石に無害吸収。壁は微動だにせず。
ホルモリア兵進撃途凍りつく。
ドラゴナイト空中停止、翼不確か羽ばたき。
戦場が鮮明に二分された。
沈黙が広がる──危険去りし故じゃなく、次が読めぬ故に。
ヴェンが壁基に凭れ、胸激しく上下。魔力還流中、固定。「壁持つ」声張り詰め。「俺意識ある限り」
マーベル隣滑止、水鎧溶け足元溜まる。「これが一時停止ボタンだ。読めるといいな」
ロクジョウゆっくり降下、二軍間に単身着地。
翼無し。武器抜かず。
ただ俺。
背後ホ軍ざわめく、不安の呟き波。壁向こう、ドラゴナイト唸り、一部憤怒咆哮、他生の不信睨み。先優位喪失。精鋭捕縛敗北。勝利寸前で敵進撃止──それが連続攻撃より彼らを惑わす。
ロクジョウ声上げ、血魔増幅──恐怖非明瞭に調律。
「この戦いはここで止まる」
言葉が響く──叫び非強制、運ばれる。
ドラゴナイト指揮官爪壁叩き火花。「壁一本で戦争終わると思うか、血使いめ! 焼き尽くす!」
ロクジョウ視線逸らさず。
「思うな」冷静。「お前らが予定外に失ったものを。続けりゃ払えぬ代償を」
ドラゴナイト陣に緊張波。
「お前らがホルモリア侵攻、民間襲撃、制御不能兵器放ち──それでも俺たちを折れなんだ」
微転じ、後方戦場指す──屹立壁、再編ホ陣、突撃非傷手当の治療師。
「続けりゃ勝つ。俺たちがな。傲慢じゃなく、評価だ」
間。
「だが殲滅勝利は統治価値無しを築かぬ」
ヴェン目閉じ再火撃吸収壁強化。
マーベル腕組「間違ってねえ」と呟き。
ロクジョウ壁正対、血魔表層通す。ゆっくり円形開口──覗く幅、渡れぬ。
「指導者を寄越せ。誰も来ずとも。いずれにせよ、今日結果変わる」
ドラゴ側混沌爆発。
攻撃要求他躊躇。五鱗喪失確信揺らし、ストーヴィル敗神話崩壊。ドラゴ不在屈辱捕走説──服従命じ得ず。
ついに老獪ドラゴナイト進み出る。傷だらけ鱗鈍いが、重みある。
「停戦言うか。軍待機、魔牢精鋭囲う。欺瞞非信じる理由無し」
ロクジョウ視線等しく。
「ここで嘘得無し故」応「死にゃ壁無用」
ドラゴ黙す。
背後ウルモリカ、ホルモロア、高位指導者伴い近づく。沈黙自体抑制の合図。
ロクジョウ継ぐ。「暫定停戦。降伏非隷属。停止だ」
一指。「殺戮止む」
二指。「傷者回収」
三指。「語る──戦争発端、誰得、再発防ぎ方」
指揮官顎固く。「拒否すりゃ?」
ロクジョウ目暗く──怒非確信。
「壁崩す。戦再開──次休無し」
脅威静か。
それで足り。
時伸長。
ついドラゴ首傾。「聞く」
戦場に息過る。
安堵非。
可能性。
ヴェン壁半自律化微能量吸収で微沈。マーベル肩支「落ち着け。上出来だ」
ヴェン疲労頷「生還。十分」
両軍武器緩──完全非、但し程。治療師開地横断。火血満ちた空冷め始む。
ロクジョウ壁離れウルモリカへ。
「迅速動かねば腐る。一任じゃ不信蔓延」
ウルモリカ頷「導く。一緒に」
上空雲間陽光──細く躊躇射線、傷大地触る。
戦争未終。
但し始まって初、止まった。
時に──それが最大の勝利だ。




