プロローグ
とある村、とある一軒家の中で、独りの少年が床に伏せている。頬は痩け、手首は細く、血色も悪い。少年がそうなった原因は、至って単純に、ただの飢えだった。
その飢えも、空前絶後の大飢饉などが起こったからではなく、つい先日、とある事件によって、少年の両親が天に召され、少年が生きる努力を諦めたからだった。
この世界、このご時世に、天涯孤独なんてものはよくある話だ。肉親がいなくとも、周囲の人間に頼れば哀れみから仕事と、それに応じた報酬、食事を与えられる。哀れまれるのが嫌なら、森で野草や獣を獲って来れば良い。この世界は独りで生きられる程に、自然と野生は在るのだから。
だから、両親が死んで以降の少年の行動は甘え以外の何物でもなかった。天涯孤独になる前から、無気力で、無表情で、何を考えているのか理解できない穀潰しと言うのが、村の人間の、少年に対する評価だった。
初めは彼を哀れむ者も二・三人はいたが、少年の家を訪れ、耳元で大声を出しても眠り続ける始末から完全に見捨てられた。いわゆる村八分。少年は有事の際以外、誰からも関わられない、空気と同等の存在なのだ。この村においては。
なぜこんな性格に育ったのか、その原因を問われれば、生まれついての性質だと答えざるをえない。生まれつき、少年は自分から努力と言う物をしなかった。何をするにしても他人に強要されなければ行動を起こさない、そんな人間だった。
それでも、両親が生きている間は最低限の生きる努力をこなしていた。それが、両親が死んでからは飢餓感を感じても、尿意、便意をもよおしても動かず、床に伏せ続けている。
何故なら、養われなければ生きられる気がこれっぽっちも、小指の甘皮たりとも、雀の額程もしないから。かと言って、放っておけば死ぬ体をわざわざ殺す事も煩わしい。
だから、心だけを殺して、淡々と己の身体に死が訪れるその時を、少年は待っていた。
そして、その時は、訪れる。
突如、大きな揺れが村を襲った。地震かと、家の中にいた村人達は慌てて外に出る。誰かが、広場に集まる様に誘導すると、それが次第に伝播し、村人総勢43人が広場に集まる。
果たして、それは地震ではなかった。揺れが、村人の心を這いずり、舐め回し、不安を煽る。そして、地の底から、異形が姿を表した。
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暫く、気を失っていた。少年は、いよいよ死が迎えに来たのか、と微笑を浮かべる。これで、全てを羨む事から解き放たれる。何もかもが煩わしい世界から離れられる。
結局、生まれてから死ぬまで、努力と言うものをしなかった。だが、それで良いのだ。苦労してまで、頂に至ってどうなる?どうせ死ぬのだ。終わりがあるのに、努力するなど、滑稽で仕方ない。
しかし、だからこそ嫉妬するのだろう。だからこそ眩しいのだろう。空に浮かぶ、今も光を投げ放つ太陽の様に。思わず、陽の光が眩しくて目を細める。
ふと、違和感に気付く。なぜ、天上が在るはずの場所に太陽が見えるのだと、疑問が浮かぶ。しかし、疑問の答えに至る事なく、その疑問はより大きな衝撃によって上塗りされた。
「それが、願いか?」
日の光が、何かに遮られた。蛇の様なシルエットが、少年に覆いかぶさったからだ。言葉を発したそれの顔を、少年が拝む事は叶わなかった。影になっているのか、それとも蛇の内包する深淵が具現したのか、少年が現実を拒絶した結果なのかは定かでは無いが。ともかく、少年には何も考える余裕がないのは確かである。
漆黒の顔の中央に浮かぶ一つ目、その赤い瞳が少年を惹きつけて、離さないからであった。全てを見通すその瞳が、少年に死を感じさせる。衝動に似た死の感情が、死を望んでいたはずの少年に叫びを上げさせる。餓死寸前で在るはずの、力なきその身体から発せられる筈のない、獣の様な咆哮。
それを聞いて、蛇は嬉しそうに瞳を細める。そうだ、それで良いと、言葉を発せずに思念を少年に伝える。
喜色に笑んだ瞳から、一滴、赤い涙が垂れる。その雫は、未だ叫び続ける少年の額に垂れ、そこから全身へと流れてゆく。
喜べ、それがお前の求めていたモノだ。怠惰と、強欲の中で、永久を生きる業。それを抱えうるだけの素質が、お前には在るのだ。
沈みゆく少年の意識を、強引に引き止めながら蛇は笑う。
終わりが欲しければ、私を殺して見せろ。
蛇は、笑う。




