忙しない配達業
「いらっしゃいませー」
イブリルの抹殺を終え、翌日、報酬の金がきちんと入ってきた。隣でマリスが現金を数える中、夏美は接客をする。
「ちゃんと指定した金額が入ってきてるな」
「あんまり店の中で報酬の金確認するのはやめた方がいいですよ?」
「構わん、どうせ客なんかお得意様以外来ないだろう」
今やってきたのも常連の客で、腕利きの冒険者が、店のポーションを買っていく。
「いつもありがとうございます、カルロスさん」
「あぁ嬢ちゃん達の作るポーションはよく効くからな、この前なんか腕がちぎれた仲間にこれをかけたらよく効いた」
「当然だ、私が丹精込めて作ったポーションだからな、そこら辺の既製品とは出来栄えが違う」
「なんでこのポーションの良さが分からないのかねぇ、皆は揃ってドラッグストアに走るし」
「あっちの方が色々安くて安定して買えますからね、こんな小さな店なんかより、客足が出るんだと思います」
カルロスという冒険者は、ポーションと栄養ドリンクを買うと、「また来る」と言い残し、去っていった。
「よし、これだけあれば暫くは暮らしてけるな、夏美、今夜は回転寿司でも行くか?」
「ダメですよ師匠、折角の資金が手に入ったんですから、貯金ですよ貯金」
クロがケットシーの姿でカウンターで寝転ぶ中、二人は店で客の来ない時間を過ごす。そうしていると、店の中にまた一人、誰かが入ってきた。
「いらっしゃいま……ヘレナちゃん、来てくれたんだ」
「こんにちは、夏美さん、マリスさん」
「よく来たな、今日も仕事は入ってるぞ」
夏美たちと挨拶を交わすヘレナ……ヘレナ・クラークモントは、私服で店の中に入ってきたが、当たり前のように店の奥に行くと着替え、帽子を被った店員の服装へと変えてきた。見た感じは普通の店員だが、よく見ると、スカートからふさふさの尻尾が見えている。普通の人間ではないようだ。
「今日の仕事はなんでしょうか?」
「今日は二番街のオフィスへ栄養ドリンクの配達が入ってる。デスマーチをしているサラリーマンへの贈り物だ」
「分かりました」
ヘレナはすぐに鞄を手に取ると、工房から栄養ドリンクを持ってきてはカバンに詰め込んだ。
「オフィスの場所は記しておいたから、後はそこまで運べばいい」
「他は誰かは行かないんですか? この量、鞄一つじゃ収まりきりませんよ」
鞄の中にはぎっしりと栄養ドリンクが詰まっていたが、それでも全て運ぶには至らない量だった。
「私は行かないぞ、昨日一仕事して疲れてるんだ、店でゆっくりさせてくれ」
「夏美さんは?」
「ごめん、私も別方向で配達があるの、ヘレナちゃん一人でいける?」
「……仕方がありませんね」
もう一つのカバンに栄養ドリンクを詰め込むと、カバンを二つ体制で持ち、ヘレナは店を出ようとする。
「じゃあ、行ってきます」
「はいはい、寄り道せずに帰ってくるんだぞ」
そうしてヘレナは外に出ると、都市の街を駆け出した。その足取りは軽く、跳ねるように人をかき分けては止まらずに進んでいく。すると目の前を大きなトラックが止まった。
「とうっ!」
ヘレナは空中へと飛び上がり横断歩道用の信号を片手で掴むと、トラックの上へと乗り移り、さらにトラックの上からその先のビルのベランダへと飛び移る。
ベランダの柵の上をバランスを崩さずに駆け抜けると、地面へと飛び降り、そのまま二番街のオフィスへと駆け抜けて行くのだった。
ーーー
オフィスに着いたヘレナ、早速注文されていた栄養ドリンクを手渡すと報酬の金をもらう。
「ありがとう! いやーいつも助かってるよ。今皆仕事が忙しくてかなり参っていたところなんだ!」
「礼には及びません、私はあくまで配達人で、薬師ではないので」
「でもいつも走って配達しに来てるんだろう? 道中大変だったろうし、これ、お礼にあげるよ」
そうして出されたのは甘いチョコレートだった。ありがたく受け取っておくと、ヘレナは帽子を被り直す。
なぜ走って配達をしているのか、まず三番街と二番街は隣で近く、ヘレナが疾走すればそこまで時間がかからずに着く距離だからだ。後は、基本的に資金難でバスや駅などの交通機関などは使えず、徒歩か杖での飛行による移動しか頼れる手段がないことだ。
「配達員のお嬢さん、可愛いんだから帽子を外せばいいのに」
「それは……色々事情が混み合ってますので」
ヘレナは頑なに帽子を外そうとしない。その中に何があるのかまでは語りたくはないからだ。
オフィスでの仕事を終え、ヘレナは帰り道につく。甘いチョコレートを口で溶かしながら食べて歩く。
(今日も何事もなく配達を終えられましたね)
ヘレナのする配達業は楽じゃない。走ることもそうだが、交通事故やトラブルに巻き込まれないように注意しながら配達しなければならない。場合によっては一日に複数件を回ることだってある。先ほどの夏美のように分担して配達に回ることだってある。それくらい経営は切迫してるのだ。
(せめてバイトが後もう一人いてくれたら……いや無理ですよね……お金が足りないですし)
そうして嘆いていると……。
「あっ風船が…!」
子供が風船を飛ばしてしまう。風船が高く舞い上がって行くが、木に引っかかってしまう。それを見たヘレナはほうっと息をつくと、ダッシュで勢いをつけて飛び上がり、木の上にある風船を取っては降りてきた。
その時、うっかり帽子が取れてしまう。すると中から可愛い二つの獣耳が見えてきた。狐ほど尖っていないが、猫や犬よりは大きい耳……狼の耳だろう。帽子が落ちたのを見ると、慌てて取っては被り直す。だが子供に見られてしまった。
亜人……この都市では、比較的一般の種族だが、かつては亜人反対デモなどが行われていた存在だ。この都市では様々な種族が暮らす。だが、そういった種族があっても、認められない風潮もあった。
ヘレナは子供に振り返り、帽子を深々と下ろしながら風船を渡す。
「ありがとう、狼のおねぇちゃん!」
「どういたしまして、もう風船を飛ばさないでね」
まだ、亜人である事に感謝される事には慣れる気はしない。けれど、少しだけ、心がほっこりとした気がして、彼女は微笑み、子供を見送った。
「……寄り道は行けませんでしたね」
ゆっくりしているわけにはいかない、そう思って異世界間通信機器『Eフォン』を見ると、着信が入っていた。するとそこにはこう書かれていた。
【配達帰りにスーパーでセールしてるの見つけちゃった! お弁当買っておくから、ヘレナちゃんも受け取りに来てね】
「往復するのも大変なんですけどね」
そう苦笑いすると、ヘレナは店へとまたまっすぐ駆け出すのだった。




