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御岳信仰伝 ー分かつ御柱の行方ー  作者: ちとせ鶫
序章 分かつ御柱の街

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第2話 東組と西組

東と西。

この町では、それがただの方角ではなく、人の立ち位置そのものになっています。

誰も理由を知らないまま、慣習だけが受け継がれていく。

今回は、直継がその「当たり前」に少しだけ違和感を持ち始める回です。

「また揉めてる」


 隣の席の坂口が言った。

 廊下の窓の外、校庭の隅で東組の生徒数人が西組の生徒と向き合っている。

 声は聞こえないが、肩の張り方でわかる。


 あれは、言い争いだ。

 そこだけ陽炎が立ったように、空間の密度が歪に狂っていた。

 互いの足元に引かれた見えない国境線を境に、

 二つの色が、けっして交わることなく睨み合っている。


「なんで」

「さあ。朝光祭の飾りつけの件らしい。

 今年も東の灯を廊下に出すか出さないかって」


 坂口は東御岳の出身で、だから東組にいる。

 直継も東組だ。


 御岳中等学校のクラス分けは至ってシンプルだった。

 東御岳出身者は一年A組、

 西御岳出身者は一年B組。

 中間区の生徒は人数が少ないため、どちらかに割り振られる。

 割り振りの基準は誰も明確に説明しないが、

 たいていは家系か、顔立ちか、「雰囲気」で決まる、と誰かが言っていた。


「東の灯を廊下に出すのがそんなに問題なの」

「西の子たちはそれを嫌がる。西の灯が同じ廊下に並ぶのが嫌なんだろ。

 東西の灯を並べることを避ける慣習があるから」

「なんで」

「さあ。昔からそうなんだよ」


 坂口は当たり前のように言った。

 この町では、「昔からそうだから」は理由として通用する。

 直継には生まれてからずっとそれが当然だったから、普段は気にならない。

 でも今朝、橋の上で川が止まるのを見てから——見た気がしてから——

 何かが少しだけ引っかかっている。


「東の灯と西の灯が並んでいけない理由って、誰か知ってる?」


 坂口がちょっと変な顔をした。

「知らん。でも先生もそう言うし、親もそう言うし、そういうもんだろ」


 そういうもんだろ。

 この町では、その言葉がすべてを収束させる。

 万能の免罪符のごとく、どんな不条理も、

 その一言でただの「日常」へと仕分けられてしまう。


 直継は廊下の向こうの言い争いをもう一度見た。

 東組の生徒が一歩前に出て、西組の生徒が一歩引かない。

 その間に、中間区出身でどちらにも属さない生徒が何人か、

 距離を置いて立っている。「どっちつかず」と呼ばれる子たちだ。

 陰口ではなく、ほとんど事実として言われる言葉だった。


 その立ち位置は、誰に教わるでもなく、

 コップに注がれた水と油が静かに分離していくように、

 初めからきれいに決まっていた。

 この町では、その分離した層をかき混ぜようとする者など、

 ただの一人も存在しない。


 体育祭は東西別、

 文化祭は東西別、

 委員会も実質東西で固まる。

 東西が混ざる活動は、この学校にはほとんどなかった。


 唯一の例外が、郷土史編纂部だ、と直継は聞いたことがある。

 廊下の言い争いは、教師が出てきてなんとなく収まった。

 双方がばらばらに教室へ戻っていく。

 

 西組の生徒たちとすれ違うとき、目が合わないように視線を逸らした。

 相手もそうしていた。別に敵意があるわけではない。

 ただ、そうするのが自然なのだ、この学校では。


 直継は窓の外の川を見た。今は普通に流れている。

 けれど、今朝のあの波紋なき鏡面だけが、

 世界の時間の余白に取り残されたように、まだ胸の奥で凪いでいた。

 あの子が誰なのか、まだわからない。

東西の対立は、この物語の中で「激しい争い」として描きたいわけではありません。

もっと静かで、もっと生活に染み込んだものとして存在しています。

だからこそ、誰も理由を説明できない。

そして直継だけが、少しずつその不自然さに気づき始めています。

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