05話 火種
「僕、剣を習うことにしたんだ」
ハイゼルバーグ城での日々が残り僅かとなったころ。
レミュエルはしかつめらしい顔をして私に言いました。
レミュエルが最近ずっと何かを考えているようだったのは、これだったのだろうかと思いました。
「やっぱり男は強くなくちゃ」
「私たちには護衛がいるから、レミュエルが頑張らなくても大丈夫だと思うのだけれど?」
「何があるか解らないだろう。いざというときにちゃんと戦えるように、強くなりたいんだ」
盗賊に遭遇したことで、レミュエルはそんなことを考えるようになったのでしょうか。
まあ、貴族の子弟が剣術を習うことはよくあることです。
代々武人の家系の子弟は幼いころから剣術を習っていると聞きますから。
「怪我をしないように気を付けてね」
レミュエルは決意の表情で、やる気に満ちている様子でしたので、一応応援しました。
レミュエルが剣を習っても、意味がないと思いましたが。
何故なら、いずれ公爵になるレミュエルは護衛に守られる側だからです。
もし、万が一にも、公爵が戦うことがあるとしたら、司令官として戦うことになるので、必要なのは剣術ではなく兵法です。
貴人の護衛に抜擢される者たちは、武術に長けた者たちです。
ひょろひょろのレミュエルに武術の才があるとは思えませんでしたので、護衛の武官たちよりレミュエルが強くなることはないでしょう。
護衛が勝てないような強い相手には、どのみちレミュエルは太刀打ちできません。
それなら最初から全て護衛に任せておけば良いのです。
少し考えれば無駄なことだと解るのに。
やっぱりレミュエルはお馬鹿さんですね。
「強くなって、僕がちゃんとコーデリアを守るよ」
でも、そんなお馬鹿な言葉が、居心地が良く思えてしまうのは何故でしょうか。
「大事な家族はちゃんと守れるようになりたいから。僕、剣術を頑張るよ」
……その気持ちは解ります。
私もレミュエルも母を亡くしています。
家族を失う喪失感を、私もレミュエルも知っています。
私が母を亡くしたのは、物心がつくかつかないかの二歳のときでしたので、母については、おぼろげな断片的な記憶しかないのですが。
レミュエルがお母様を亡くしたのは五歳の時です。
私よりも、レミュエルのほうが、家族を失った喪失感は大きく鮮明なものなのでしょう。
「私もレミュエルが心配よ。危ないことはしないでね」
「大丈夫だよ。僕は男だから」
◆
「盗賊を殲滅できないのですか?」
私はハイゼルバーグ公爵に、二人で話せる時間をもらいました。
そして提案をしました。
「軍を出して、森や山を大々的に捜査して、盗賊を全て狩り出すことはできないのでしょうか」
レミュエルが突然、剣を習うと言い出したのは、盗賊に遭遇したことが切っ掛けに違いありません。
ならば。
レミュエルの安全を守るなら、レミュエルが剣で戦うであろう相手、すなわち盗賊を、前もって殲滅してしまえば良いと思いました。
治安が良ければ、レミュエルが剣を手にする必要はないのです。
「盗賊が根城にしそうな場所の捜査は行っております。しかし捕らえても捕らえても、きりがないのですよ」
公爵はそう言い、肩を窄めました。
「盗賊の大半は外国人です。隣国からの流民です。国境の警備は強化していますが、国境に柵があるわけではないので、どこかから侵入して来るのです」
ハイゼルバーグ領にある国境の向こう側はグーラ帝国です。
かつてはシドリア王国でしたが。
シドリアは三年前にグーラ帝国に侵略され、今は帝国領です。
「帝国はシドリアの統治に失敗したのですか?」
私がそう尋ねると、ハイゼルバーグ公爵は少し驚いたような顔をしました。
「コーデリア殿下は……今年、何歳におなりか?」
「十二歳です。レミュエルと同い年です。ご存知でしょう?」
「あ、そうでした。……政治を学んでいらっしゃるのですか?」
「いいえ。ですが歴史と地理の講師が、最近の情勢を教えてくれます。歴史も地理も教本は一通り学び終えましたので」
「……なるほど。……国王陛下や王妃殿下が、コーデリア殿下に脅威を感じられるわけだ……」
ハイゼルバーグ公爵は独り言のようにそう呟き、うんうんと頷くと、私の質問に答えました。
「おっしゃるとおり、帝国はシドリアの統治に失敗したのです。飢えた民が流出しております」
「統治できないなら解放すれば良いのに。帝国は何故、無駄な侵略をしたのでしょうか」
「戦争をして勝って、領地を増やしたことが、軍を率いた皇子の手柄になるからです。帝国の皇帝は高齢で、余命僅かと言われています。それで、帝国では今、皇子たちが後継者争いをしているのです。シドリアを解放したら、侵攻を主張した皇子は政策の失敗を認めることになるので、後継者争いに不利になります。だからそのままなのです」
「皇太子が即位しないのですか?」
「皇太子を不服に思うものたちが争っているのですよ。なにしろ……」
ハイゼルバーグ公爵は皮肉っぽく笑いました。
「帝国の皇帝には、何人もの皇妃がおりますから」
グーラ帝国の皇帝は一夫多妻制なので、皇妃が複数人います。
「皇子たちはそれぞれ別の皇妃から生まれています。ですから、皇妃たちの実家が、皇帝の外戚の座を取り合って争っているのです」
「争いの種となるのに、皇帝はどうして何人もの妃を娶ったのでしょうか」
「妃を娶れば、妃の実家が後ろ盾となります。何人もの妃を娶って、いくつもの後ろ盾を得れば、皇帝は手っ取り早く足元を固められるのです。帝国の領土は広く、地方領主の力が強いですから」
「そういうことですか……」
大国の皇帝は難儀なものだなと、私は他人事のように思いました。
まさか自分が、その皇帝の妃になる未来があるなどと知らずに。
「コーデリア殿下、レミュエルは、その……」
公爵は少し言い難そうにしながら、私に探りを入れました。
「殿下のお話のお相手として教養が足りず、申し訳ありません。もしレミュエルが無理を言って、殿下のお勉強の邪魔をするようであれば、私にご相談ください。私がレミュエルに言い聞かせますので」
「レミュエルはいつも楽しいことを提案してくれるので、私も楽しんでいます。ハイゼルバーグに来ることができて本当に良かったです。感謝しています」
私は笑顔で答えましたが、公爵は少し疑わしそうに私を見ました。
「……殿下のご厚情に感謝いたします。不肖の息子は学問が不得手で、お恥ずかしい限りです」
レミュエルがお馬鹿さんなことは、よぉく知っていましてよ?
「安心してくださいな。私がレミュエルと結婚したら、私がレミュエルの苦手な分野を支えます」
ハイゼルバーグに来て、実際に現地を見て、色々な課題が見えました。
農業、商業、街道の整備と治安、水運の可能性。
私は学びたいこと、調べたいことが増えました。
私はお勉強が得意ですから。
片っ端から全て学んでみせますとも。
だからレミュエルがお馬鹿さんでも問題はないのです。
だってレミュエルは、お勉強が得意な私と結婚するのですもの。
そのときの私はまだレミュエルと結婚する未来を少しも疑っていませんでした。
呑気だったと思います。
帝国の不穏な情勢を知り、未来を予測する手がかりを得ていたというのに。




