04話 転遷
「盗賊だ……!」
森の中を通る街道の途中。
私たちは盗賊に襲撃されました。
最初は何が起こったのか解りませんでした。
急に停止した馬車。
外から聞こえてくる怒号。
馬の嘶き。
剣と剣が激しくぶつかりあう金属音。
馬車に同乗していたハイゼルバーグ家の従者も私の乳母も緊張した表情で身を固くしていました。
護衛たちが戦っている喧騒と剣戟の音が、外から押し寄せて来ます。
「……!」
レミュエルが蒼ざめた顔で私の手をぎゅっと握りしめました。
「ぼ、僕は、男だから……」
レミュエルの震えが、つないだ手から伝わって来ました。
「僕が、コーデリアを守るから……」
「大丈夫よ、レミュエル。護衛の兵士たちは強いもの」
「僕は男だから……男だから……」
レミュエルは何を言っているのだろうと思いました。
私を守ろうとしてくれる、その気持ちは嬉しいですが。
私は王族ですので護衛は精鋭部隊です。
護衛たちが倒されるほど強い相手なら、子供のレミュエルが敵うわけがありません。
護衛が倒された時点で私たちは終わりなのです。
そうなったらレミュエルにも私にもどうすることもできません。
そんなことも解らないなんて、レミュエルはやっぱりお馬鹿さんですね。
「僕が、コーデリアを守るから……」
レミュエルは震える声でそう唱えながら、私の手を強く握りしめました。
「……」
私もレミュエルの手を、そっと握り返しました。
ああ、悪くない……。
そう思いました。
もしも、万が一、ここで死ぬのだとしても。
このまま世界が終わってしまうのだとしても。
手と手を繋いだまま。
レミュエルと一緒なら……。
それに、天国にはお母様がいらっしゃいますもの。
◆
お忍び旅行なので護衛たちは平服でしたが、中身は王国軍の精鋭で、指揮官は兵法を学んだ将校です。
それに加え、ハイゼルバーグ公爵家から案内役も兼ねて派遣されている現地の状況に明るい私兵。
統制された軍人の部隊の前に、野良の盗賊たちはほどなくして制圧されました。
盗賊たちは全員捕らえられました。
と、聞きました。
怪我人などのことは、子供の私たちには伝えられませんでした。
ましてや死人がいたかどうかなど。
窓の外を見ないようにと言われ、馬車の窓のカーテンを閉じたままで、私たちの馬車はその場を離れました。
◆
私たちがその日の宿に到着したのは、日がとっぷりと暮れて夜に沈んだころでした。
馬車から降りると、星空に月が浮かんでいました。
こんな夜に、野外にいるなんて初めてのことです。
緑の匂いを含んだ、ひんやりとした夜風が吹き抜けて行きます。
「……」
レミュエルは神妙な顔で、ずっと何かを考えている様子でした。
「レミュエル、月が出ているわ」
「……本当だ……」
蒼ざめた月光の中で、レミュエルは少しだけ笑いました。
私たちは同じ月を見上げました。
「お二人ともお疲れになったでしょう。さあさあ、中へ入りましょう」
乳母や従者たちが私たちを宿へと急かしました。
夜に後ろ髪を引かれて私が振り返ると、月が私たちの背中を見つめていました。
◆
その後は予定通りに、私たちは無事にハイゼルバーグ公爵の城に到着しました。
ハイゼルバーグ城は、いくつもの尖塔がある古めかしい石造りの城でした。
王宮と同じくらい大規模な建築です。
「案内するよ」
レミュエルが城の中を案内してくれました。
絵画が飾られ、甲冑が並ぶ廊下。
シャンデリアがぶら下がる煌びやかな広間。
古めかしい部屋、異国の調度品で飾られた部屋。
隠し部屋がある蔵書室。
遠くの森や村まで見える物見の塔。
「これが僕のお母様の肖像画」
壁に飾られている美しい婦人の肖像画を指してレミュエルが言いました。
その婦人は美貌で、レミュエルによく似ていました。
生き生きとした表情が描かれている肖像画で、頭の中に花が咲いていそうな、どこか間抜けでふわふわとした雰囲気もレミュエルに似ていました。
なるほど、レミュエルはお母様似だったのですね。
ハイゼルバーグ公爵が、男爵家の娘だったレミュエルのお母様と身分差を反対されながらもご結婚なさった理由が解った気がしました。
ええ、私には解ります。
私もハイゼルバーグ公爵も、同じ穴の狢ですものね。
「……」
「レミュエル?」
ぼんやりと肖像画を見つめて、黙りこくってしまったレミュエルに、私は声を掛けました。
盗賊に遭遇してから、レミュエルは時たま考えるような顔をして、ぼんやりすることがありました。
まあ、もともと、ぼんやりさんでしたけれど。
「あ……、ごめん、何?」
「疲れたの?」
「疲れてないよ」
けろりとした顔でレミュエルは微笑みました。
「明日は庭の池を見せてあげるよ。コーデリアの庭の池より大きいよ」
「やっぱり池があるのね」
「あるよ。魚もいるよ」
◆
ハイゼルバーグに滞在して、私はレミュエルと一緒に領地のあちこちを見学しました。
商店が並び、活気に満ち溢れる街。
麦畑や果樹園、そこで働く人々。
森、湖、河原。
夏草が生い茂る古代神殿の遺跡。
ハイゼルバーグの領地は海にも面していましたので、海岸への小旅行もしました。
「海って広いのね」
「そうだよ。海だもん」
私とレミュエルは同じものを見て、違うことを考えていました。
「この海の向こうにキュテリアの国があるのよね」
「そうなの?」
「そうよ」
「あ、カニだ!」
「触ったら危ないわ!」
「大丈夫。ほら、捕まえた」
視点は違いましたが、共に過ごし、共に笑いました。
これからもこんな風に、共に時間を過ごすのだろうと信じて疑わなかった日々。
ですが少しずつ、私たちの道は離れ始めていました。
世界の形が変わり始めていたと言ったほうが正確かもしれません。
私たちの道は世界の上にあり、世界の形が変われば、その変わった世界の形に合わせて、道もまた形が変わるのです。
その現象を、あるいは、運命と呼ぶのかもしれません。
世界は形を変え始め、私とレミュエルが歩んでいた道は、少しずつ、二つに分かれ始めました。




