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03話 分岐点

「王様の家族は離宮に遊びに行くのに、コーデリアだけまた置いてけぼりでお留守番なの?」


 十二歳の春の終わり。

 いつものように王宮に遊びに来ていたレミュエルは、少し不服そうな顔で言いました。


「ええ、そうよ」


 国王一家は毎年、夏になると避暑地の離宮へ出かけます。

 私は誘われないので夏でもいつでも王宮にいます。


「王宮に一人でいるのは寂しいでしょ?」

「一人ではないわ。乳母も女官もいるもの」


 私の日常生活にはもともと父がいませんでした。

 継母やその子らは言わずもがな。

 父と新しい家族は、私の日常にはもともと存在していませんので、離れて寂しいということはありません。

 離れているのが日常でしたので。


「乳母や女官は家族とは違うよ」

「たしかに家族ではないけれど……」


 私とレミュエルには、早くに母を亡くしたという共通点がありました。


 そのせいなのか、父親に溺愛されているレミュエルは、家族と疎遠な私に同情的でした。

 私にとっては『知らない人』である家族と疎遠なことは当たり前の日常だったので、いらぬ心配だったのですが。


「結婚したら僕たち家族になるんだから。ハイゼルバーグに遊びにおいでよ。僕と一緒に行こう」


 まだ結婚していないので、理屈が通っていない気もします。

 ですが……。


「そうね。行ってみようかしら……?」


 王宮から出たことがない私は、外の世界に興味を持ちました。


 私は外遊びにはあまり興味がなく、部屋で本を読んでいることが好きでした。

 本や、講師の教えで、知識は持っていました。

 ですが、知っていても、自分の目で見たことがないものは数多くありました。


 レミュエルにハイゼルバーグに誘われたとき、私の中に、街や村や畑や森などを実際に見てみたいという気持ちが起こりました。


「ほんと?! 来てくれる?! そしたら毎日一緒に遊べるね!」

「ええ、でも、国王陛下が許可してくださるかしら?」

「大丈夫だよ。僕がお父様に頼むから!」


 後にして思うに、このときが、私が王女としての立場を自覚するに至る転機でした。

 レミュエルは私を外に連れ出して、私の国を見せてくれたのです。


 私は生まれながらの王女でしたが、レミュエルに連れ出されるまでは王宮の一画の狭い世界しか知らず、自分の国を見たことがありませんでした。


 私はレミュエルと掛けがえのない時間を過ごし、自分の国を自分の目で見て、自分の国を知ることになりました。



 ◆



 私はその夏、レミュエルと一緒に、ハイゼルバーグ公爵の領地へ遊びに行くことになりました。

 ただしお忍びで。


 ハイゼルバーグ公爵が、私の父である国王に話をつけてくれたのですが、お忍びでなら許可すると条件が付けられたのです。


「コーデリア殿下を除け者にしていることを、国王陛下は外に知られたくないのですわ」


「王家のお馬車で行けば、コーデリア殿下だけが別行動をしていることが明らかになってしまいますものね」


「王妃様は、意地悪な継母だという噂が立っていますから。気にされているのでしょう」


 私の境遇に同情しているらしい乳母や女官たちは、お忍びの理由について辛辣に推測を述べました。


 私ももう十二歳になっていましたので。

 乳母や女官たちは大人の事情について、私にも少しずつ話すようになっていました。


「王妃様はお優しいと思うわ」


 私もおしゃべりに参加しました。


「私と仲が良いことを装いたいなら、私を連れ回せば良いのに。王妃様はそういうことはなさらないもの」


「殿下、それは優しさではありませんわ」

「王妃様は、コーデリア殿下とご自分のお子様たちが比べられることを恐れていらっしゃるのです。並ばせたくないのですよ」

「王妃様がコーデリア殿下とレミュエル様とのご婚約を後押ししたのも、レミュエル様に悪評があったからですもの」


「そうなの? でも私、レミュエルと婚約できて良かったわ」


「レミュエル様とのご婚約は本当に良うございましたね」

「レミュエル様はお可愛らしくてお優しくて、悪い噂とは大違い」

「王妃様の意地悪が、裏目に出ましたわね」



 ◆



「お父様はご用ができてしまって、先に領地に行ってるんだ。僕がコーデリアを連れて行くよ」


 お忍びでハイゼルバーグ公爵の領地に出発する日。

 レミュエルが王宮まで私を迎えに来てくれました。


 レミュエルは私たちと一緒の馬車に乗って行くだけで、実際に私たちを連れて行ってくれるのは従者たちなのですけれど。


 私たちは紋章の無い馬車に乗り、護衛に守られて出発しました。

 護衛たちは制服ではなく、民間の雇われ護衛のように皆がばらばらの平服でした。


 私たちや世話係たちを乗せた何台かの馬車と、それを守る平服の護衛たちの一隊は、裕福な商人が旅行しているように見えたことでしょう。


 私は生まれて初めて王宮から出ました。

 そしてこれが、私とレミュエルの道が分かれた分岐点となりました。


「王都は人が大勢いるのね!」

「そうだよ。王都だもん」


 馬車の窓から、私は初めて王宮の外の世界を見ました。

 初めて見る世界に興奮する私に、レミュエルは先輩らしく説明してくれます。


「あれが全部、麦なの?!」

「そうだよ。麦畑だもん」


 初めて見る畑作地。

 初めて見る村々。

 そこで生活する人々。


「今日はこの村で宿泊するの?!」

「そうだよ」

「お外を見て回れるかしら?!」

「行こう、行こう」


 レミュエルは私と手を繋いで、冒険に付き合ってくれます。


「子供がいるわ!」

「話しかけてみる?」


 私とレミュエルは、村の子供たちとは明らかに身なりが違いました。

 しかも私たちの後ろには世話係や護衛が付いて来ています。


 私たちが話しかけると、大人も子供もビクビクしていました。

 ですが中には、気さくに話してくれる者もいました。


「お、お嬢様、お坊ちゃま、こんにちわ。おいらに何か用ですか?」

「何をしているの?」

「豆を剥いていますです」


 自然の森や川。


「水が流れているわ!」

「そうだよ。川だもん。魚もいるよ」

「殿下、レミュエル様、そろそろ出立しますよ。あまり長居しますと次の宿泊地に到着するまでに日が暮れてしまいます」


 そして、街道の盗賊団。


「敵襲!」

「殿下、レミュエル様! 馬車の扉は絶対に開けないでください! 窓から離れて!」


 なんと。

 私たちは盗賊に襲われてしまいました。


 そしてこの体験が、後にレミュエルが英雄への道を歩んでしまった分岐点だったように思います。

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