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モブは主役になれますか? ⑦

「なあ、椎」

「はい?」

「やっぱり俺は苦手か?」

「そうですね」

 心配そうに椎を見ていた潤理の表情がぴくりと歪んだ。

「『そうですね』じゃない。フォローしろ」

 また呆れられたが、どうフォローしろと言うのか。以前ほどではなくなっているけれど、潤理が苦手なことは事実だ。

「俺が相手じゃなかったら、振られてたかもしれないぞ」

「潤理さんは振らないんですか?」

 潤理こそ振りそうだが。

 そんな椎の考えを読んだように、潤理の表情が険しくなった。一応「すみません」と謝っておく。

「振るわけないだろ。椎がまだちゃんと主役になってないからな」

 つまり、椎がきちんと主役になったら離れていくということだ。そうか、と納得しながら、なぜか魚の小骨のように喉に引っかかる。きっと、こういう時間がなんだかんだで楽しいからそんな感覚があるのだろう。

 そのあとは無茶なことを言われず、和やかな食事の時間となった。デザートのレモンシャーベットまですべておいしくて、「あーん」以外は大満足なひとときだった。

 店を出るといっそう風がひんやりしていた。寒いほどではないが、春の夜風らしい涼しさだ。

「おいしかったです」

「俺が出すって言ったのに」

「何度もおごってもらうわけにはいきません」

 ここは割り勘で済ませてもらった。そのほうがすっきりした気持ちになれる、と言うと潤理は「仕方がないな」と苦笑していた。

「さて。どうする?」

「帰るんじゃないんですか?」

「まだ時間あるだろ。どこ行きたい?」

「え……」

 どこと言われても、こんな時間からどこに行けると言うのか。椎は解散して帰宅し、早々に寝るつもりだった。

「どこと言われても」

「軽く飲むか」

「えっ」

 またなにか仕掛けられるだろうか、と考えると早く帰りたい。でもそう簡単に帰してくれるはずなどなく、居酒屋などが連なる通りにあるバーに連れていかれた。

「バーですか」

 敷居が高くて椎は尻込みする。潤理が気遣うような視線を向けてきたから、正直に気持ちを答えた。

「入ったことがないので作法がわかりません」

「作法なんてない。気軽に飲めばいい」

 潤理は慣れている様子で、店の入り口でチケットを買っていた。すすめられたカウンター席のスツールに腰掛ける。

 五つほどのカウンター席と十席ないくらいのテーブル席は控えめだが暖かみのある照明の光に包まれている。以前連れていってくれた居酒屋同様、ここも大人の店だ。週末ではないのに席がほとんど埋まっている。

「なに飲む?」

「強くないものなら」

「ビールは飲めるか?」

「はい」

 じゃあそれで、と潤理がビールをふたつバーテンダーに注文してチケットを渡す。

「あれはなんですか?」

「ここはワンコインバーなんだ。なにを飲んでも食べても五百円。入り口で買ったチケットでオーダーと交換」

「へえ」

 そんなところがあるのか、と驚いた。一般的なバーほど肩肘を張らなくていいような雰囲気にほっとできた。気持ちよく飲んでいたらとんでもない金額になっていたということがないのも安心できる。

「椎はなんでも珍しそうにするな」

「だって珍しいです」

 会社の近くにこんなにたくさんのお店があることも知らなかった。

 乾杯してビールをひと口飲んだ潤理が意味深な表情をする。

「そんな反応ばかりするから、ついいろいろ教えたくなる」

「え……」

 耳もとで囁かれ、心臓が跳ねあがった。なにを教えられるのか想像したら顔から火が出そうになり、慌てて相手と距離を取る。

「い、いけません。不純です」

「なにを想像してるんだ?」

 からかうような瞳に、さらに頬が熱くなった。あんなことやこんなことを想像したなんて言えない。椎はモブでも想像力はラスボス級だ。

 主役は大変だ。熱い頬を隠すように俯き、火照る頬を手で押さえた。本質がモブな椎には刺激が強すぎるし、簡単にもてあそばれる。

「潤理さんは慣れてますね」

「そりゃ、それなりに恋愛経験あるからな」

「あるんですか」

 あるに決まっているが、浮いた噂も聞いたことがなかったので意外だった。噂がないのは潤理もゲイだからだろうけれど、それでもなんとなくそういったこととは遠い位置にいるように感じた。

「嫉妬したか?」

 試すような瞳を向けられ、首を横に振る。

「しません」

 嫉妬なんて身に余ることをするはずがない。

 そんな椎を、潤理はまたいつもの呆れたような目で見ている。

「なんだか、椎は俺を誰かに奪われても奪い返さなそうだな」

「誰かって?」

「わからないけど。そういうときには奪い返せよ?」

「自信がないです」

 潤理を奪われるというより、それが正しい形ではないかと思うと奪い返すなんて絶対にできない。これまでが過分だったのだと諦めるのが自分にできる精いっぱいだ。

 なんとはなしにグラスの縁を指でなぞる。

 潤理はそうなったら、きっとその人のところに行く。それが正しい形だ。自分でそう納得しているはずなのに、心がすうすうする答えだった。違和感は心を小さく揺らした。

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