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モブは主役になれますか? ⑳

 あっという間に連休が終わり、いつものように出勤の支度をする。一週間も休みがあったのに、ほとんど潤理とベッドですごした。外は暑いから、ともっともらしい理由をつけて彼の部屋にこもっていた。甘い時間は思い返すと照れくさいけれど、とても幸せな休日だった。唇を指でなぞり、潤理を思う。昨日まで一緒にいたのにもう寂しい。

 たぶん椎がそんな気持ちになることは潤理にはお見通しだったのだろう。タイミングよくスマートフォンの通知音が鳴った。

『今週末もうちに来ないか?』

 まだ一週間がはじまったばかりなのに。彼も浮かれているようだ。

『行きます』

 返信をしてシャツを着る。姿見で全身を確認してから部屋を出た。

 眩しい陽射しが照りつける。アスファルトが熱くて、靴越しでも熱気を感じる。一歩一歩を大事に歩く。蝉の鳴き声が聞こえ、聴覚からも夏を感じさせた。

 夏がすぎれば秋が来る。その次は冬、春と季節が巡る。そのすべてのときに自分の隣には潤理がいることが確信できる。

 変わらぬ日常、同じ風景。でも椎にはすべてが新鮮で美しい。自分の意識が変わるだけで、見えるものなにもかもが真新しく見える。

「一星主任、おはようございます」

「おはよう、森部」

 事務部につくとすでに潤理は出勤してデスクでメールをチェックしていた。顔だけ振り向いて微笑んでくれたことに心が浮き立つ。椎も通勤バッグを置き、パソコンを起動させた。

 今日も一日がはじまる。昨日と違うこの日には、なにが待っているのだろう。

 こんな気持ちで一日を迎える自分が信じられない。もう以前と比べる必要もないのだけれど、過去の自分には毎日が「いつもどおり」でしかなかった。代わり映えのない日常なんて、どこにあるのだろう。考え方が少し変わるだけで、毎日は新しさに溢れる。

 そんな感動に気がつかせてくれたのは潤理だ。彼が椎を変えてくれた。卑屈な椎の心を救い、気持ちを持ちあげてくれた。どんなに自分で変わろうとしても変われなかった椎が今、違う自分になっている。

「……?」

 視線を感じたので顔をあげると、潤理が椎を見て微笑んでいた。指先で自分の頭を指さし、後頭部の髪をひと筋引っ張って見せるのでどういう意味かと首をかしげる。

「なんですか?」

 潤理が優しく瞳を細めた。もう一度同じ位置の髪をひと筋引っ張って見せた潤理が、愛しさの溢れる眼差しを向けてきた。

「寝ぐせ」

「っ……⁉」

 慌てて自分の頭を手で押さえて椅子を立つ。恥ずかしすぎる。

「直してきます!」

 もっと早く教えてくれたらいいのに。笑いを押し殺している潤理を睨んでから部署を出る。

 寝ぐせがついていたって椎が主役なのは変わらない。そんな椎を潤理は好きでいてくれるのだ。

 窓の外を見る。たくさんの人がいて、すれ違うだけで終わる人もいる。そんな世界の中で潤理と出会えた奇跡を心底感謝した。

 眩しくて愛しい日々を、大切に積み重ねていきたい。彼の隣で。


(終)

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