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モブは主役になれますか? ⑪

 週が明け、土曜日は緊張したけれど楽しかった、と考えながら出勤する。事務部につくと潤理はすでにデスクにいた。

「おはようございます」

「おはよう」

 潤理がパソコンのモニターを見ながらマウスを動かす。その手に自然と視線が留まり、指で口もとを拭われたことを思い出した。

 これから仕事なのに、頬が火照って頭の中が潤理一色になってしまった。慌てて頭を振って煩悩を追い出す。

「なにやってるんだ?」

「い、いえ。ちょっと」

 本当のことなど言えないのでごまかして、椎もデスクについた。

 仕事がはじまると不思議なほどいつも以上に頑張れて、仕事が溜まらない。振られる仕事がすんなり理解できてすべてがスムーズに進む。販促時の外注依頼データを数年分さかのぼるのもまったく苦ではなかった。

「調子よさそうだな」

 潤理が椎の背後に立って、パソコンのモニターを覗き込む。

「今日の森部さん、絶好調みたいですよ」

 隣のデスクの社員の言葉に、そんなふうに褒められるのは慣れていない椎は恥ずかしくなった。いつもは目立たず、みんなに埋もれている自分なのに、本当に不思議だ。

「張りきりすぎるなよ」

 潤理に肩を軽く叩かれ、なぜか呼応するように心が弾んだ。嬉しいのにせつない、この気持ちはなんだろう。


 昼休みになり、ランチに出ようとしたら潤理に呼び止められた。

「どうしました?」

「行くぞ」

「え……、あ」

 ブルーのランチバッグを持った潤理が視線で外を示してから部署を出ていくので、椎も追いかけた。少し歩いたところで彼がゆったりとした歩調になり、椎も隣に並ぶ。

「弁当作った」

「はい?」

「だから、弁当作った」

 潤理が手にしているランチバッグを揺らして見せる。椎は信じられない気持ちでバッグを見つめてから潤理の顔へと視線をあげた。どこか不機嫌そうだ。

「主任がですか?」

「そうだ。外行くぞ」

 エレベーターで一階におりてエントランスを出る。いつもの定食屋を素通りして少し離れたところにある公園に行った。

「味は保証する」

 ランチバッグからお弁当箱をふたつ取り出した潤理が、ひとつを椎に差し出す。表情にはまだ不機嫌そうな色を見せている。どうしたのだろう。

「ありがとうございます」

 さっそく蓋を開けると、中は茶色いものばかりで彩りが悪い。

「おいしそうです」

「本音を言え」

「主任にも苦手なことがあるんですね」

「当たり前だ」

 いろいろな角度から見ていると、潤理が「どこから見ても茶色いぞ」とぼやいた。そんなつもりではなく、ただ嬉しくて見ていただけなのだが、彼の目にはそう映らなかったようだ。

「でも、おいしそうなのも本当です」

 さっそく豚の生姜焼きをひと口食べると、ちょうどいい味つけでご飯にぴったりだ。野菜の焼きびたしに、れんこんのきんびらとつくね、どれもおいしくて箸が進む。

「さっきの言葉を取り消します。主任はなんでもできるんですね。全部おいしいです」

「それならよかった」

 ほっとしたように潤理は息を吐き出した。椎の顔をじっと見て様子を窺っていた不機嫌さがほどける。彼なりに緊張していたのかもしれない。悪いとは思ったが、おかしくなってしまった。

 椎が次々口に入れておいしさにうっとりとしていると、小ぶりなサイズのマグボトルを渡された。

「お茶だ。そんなにがっつかなくても取らない」

「だっておいしいから」

 細かい部分まで気遣いのできる素敵な人だ。改めて彼のすごさを知る。

 あっという間にお弁当箱を空にした椎に、潤理はとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

「ごちそうさまです。すごくおいしくてお腹いっぱいです」

「よかった。味は保証するって言ったけど、味つけの濃さとか心配だったんだ」

「味つけもちょうどよかったです。明日は俺が作ってきますね」

 潤理が驚いたように目を見開いてから破顔する。

「無理するなよ」

「無理じゃないです。俺も潤理さんに食べてもらいたいから」

「そうか」

 穏やかな微笑みをずっと見ていたい。潤理がいつも椎を見つめてくれるように、自分も彼を見つめたい。




 翌朝、早起きをしてお弁当を作った。お弁当箱は昨日潤理が椎の分を作ってくれたものを預かってきて、昨日のうちに洗っておいた。

 彩りに気をつけておかずを用意する。焼きプチトマトに卵焼き、アスパラの肉巻き、ミニハンバーグなど、お弁当箱に詰めていった。

 同じお弁当を椎用にも作り、ランチバッグに入れる。早く潤理に食べてもらいたくて心が浮き立った。

 出社して挨拶をすると、デスクにいた潤理が顔だけ振り返った。ランチバッグを軽く揺らして見せたら、柔らかい笑顔が返ってきた。

 早く昼休みになってほしくてずっと落ちつかない。それでも仕事がはかどるので、椎自身が驚いてしまう。たとえ指導でも、恋愛は仕事にいい影響を与えるのかもしれない。そんなふうに理解したら、頬がぽうっと熱くなった。

「朝からずっとそわそわしてたな」

「すみません」

「仕事に影響が出ないのが不思議だ」

 昨日と同じ公園のベンチで潤理が苦笑する。

「それが、すごく仕事がはかどるんです。いろんなことがぱっと理解できるというか」

「そうか」

 潤理がお弁当箱を開け、一瞬驚いたような顔をしてから柔らかな笑顔になった。

「椎は料理上手なんだな」

「そんなことないです」

「俺の茶色い弁当とは大違いだ。うまそう」

 想像した以上に喜んでくれて、全部おいしいと言ってくれた。胸が高鳴る笑顔を、ずっと見ていたい。いつまでも潤理の隣にいたい。

 願えば叶うだろうか。

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