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4. 美虎と寅一といずみ




仙堂家に連なる者達は皆、退魔の技を心得ている。

元々それを生業とする家に生まれたから、という者も居れば、親兄弟を妖魔に喰われ、復讐を胸にその道に入ったという者も居る。他にも色々と、人によって事情が異なり千差万別だ。

寄る辺を亡くした者らにとって、仙堂家は大事な我が家。そして、そこの当主である寅一と、妹の美虎は絶対的な存在である。尊敬、心酔している者も多い。

故に、妖魔の首を膝に乗せられたまま、顔面蒼白になっている老齢の男に同情する者は少なかった。


 「これで満足でしょうか。そちらのご依頼通り、討って差し上げましたが、これでもまだ何か?」


にこにこと笑う美虎、返り血がついたままだ。

その姿も恐ろしいのか、今度こそ大人しくなった当主は、ひたすら首を遠ざけようと体を動かす。気絶しないのは、なけなしの意地か。


 「本来はここまでする必要はない、大人しいカワタロウでしたのよ。だから、結界強化だけをお願いしたのです。ここまで狂暴化したのは、あそこに転がっていた方々の仕業でしょうが……当主である貴方が止めなかった結果です」


転がり落ちそうになった首を取り、また戻す。


 「しっかり弔ってくれませんと。妖魔とはいえ、元は水の神と云われた存在ですよ」


それでは、と美虎は一礼してその場を離れた。ばたんと倒れる音と、家人の慌てる声。

美虎はふんと鼻を鳴らし、振り向く事無く屋敷から出た。駆け寄ってきた仲間にてぬぐいを渡され、礼を言う。


 「あ、あの、それから、大変なのです、寅一様が………」


 「イチ兄様が?どうしたの」


今は、寅一は何があろうと外には出ない筈だ。座敷牢に厳重に閉じ込めてはいるが、何が起こるか分からない。抑えられるのは、寅一しか居ないのだ。


 『もしもの時は、俺が背負う』


そう言った兄の、覚悟の表情を思い出し、美虎は目を伏せる。

全てが元通り。そんな都合の良い御伽話にはならないと解ってはいるが、願わずにはいられない。


 「と、寅一様がっ、アレを外に出してしまったそうですっ……!」


 「アレとは何のことかしら?無礼よ。あの人は私の兄様だと言ったでしょう。……出した?何故、いえ、行った方が早いわね。此処は任せるわ」


美虎は内容を理解する前に、ほとんど反射的に窘めた。その眼光は鋭い。

しかしすぐに切り替えると、止める声も聞かず家へと走り出したのだった。







 『一体、何度気絶したら満足するのだ。脆弱にも程があろう』


 「……」


誰のせいだと思っているのか。先程から感知されないのをいい事に、『呪』は勝手ばかりだ。抑え込めたのなら、静かにさせられそうなものだが。自身のことなれど、いずみは未だどうやったのか分かっていなかった。


 「大丈夫か、兄さん。ごめん、配慮が足りてなかった…」


 「聞いておられるのですか、寅一様!」


目が覚めた時、布団に寝かされており。そして何故か、此方に背を向けて座る寅一が目に入った。

何事かと思えば、離れには人が集まっていた。騒ぎを聞きつけたのだろう、全員が武器を手に、いつでも戦えるよう構えている。その中の一人、凛とした態度の女性が、眉を上げ寅一に詰め寄っていた。当主に真っ向から意見できる、数少ない人のようだ。

が、その彼女も、いずみと目が合った途端、青褪めたのだが。

畏怖、怒り、嫌悪。

それらの感情が、離れに溢れていた。寅一は、いずみを守るようにその場から動かない。


 「何故マガツモノを出したのです!それはまだ、安全と分かったのではないのですよ!!」


 『ほ、怯えておるの。何もせずとも恐れさせる……我最強』


得意気な『呪』に、静かにしてくれと心で訴えていると、ピリ、と空気が変わる。


 「マガツモノでも、況してやそれでもねぇ。真門(まかど)、この人は俺の兄だと言った筈だ」


 「……っどうして分かるのです?十年ですよ!普通の人間が耐えられる訳が無い!生きているとは到底思えません!!成り代わっていると考えるのが普通でしょう!!」


 「もし、中身が違っているなら。俺には分かる」


俺が受ける筈の呪いだったからな。

寅一は涼しい顔で言い切った。真門と呼ばれた女性の表情が変わる。

どうやら彼女だけでなく、此処に居る全員が事情を承知しているようだ。五年間も追っていたというから、寅一自身が全て隠さず話したのだろう。


 「それに、ここまで殺気を向けられても、何も起こそうとはしてないだろ」


いずみは静かに、布団の上で正座している。時折周囲に視線を巡らせるが、それだけだ。

しかし、目が合った数人は、嫌悪感を露わに睨みつける。そう簡単に信じられない。例え当主が無害だと断じても。


 「……」


そうだろうな、といずみはそっと息を吐いた。彼らの立場であれば、自分だってそう思う。

ここは大人しく牢に帰るべきだが、壊されているのでは意味が無い。かと言って、出て行くと言えば更に騒ぎになるだけだ。何もせず、大人しくしている他無い。いずみは成り行きを見守る。

寅一は断言したが、本当に分かるのだろうか。


 『分かっておるぞ。何故かは我も知らん。我がオモテに出ておった時の顔つきとは、えーらい違いだからの』


『呪』は、苦々しい声音だった。寅一が苦手、というのは本心らしい。


 『……苦手がもう一人来おった』


 「…?」


ばたばたばたと、騒がしい。それは此方にどんどん近付いてくる。幾人か止めに入っているようだが、悲鳴に変わる。少し前にも似たような事があったなと、いずみは寅一を見上げた。

すぱぁぁん、と襖が開けられる。


 「イチ兄様!!」


 「よぉ。早かったな、美虎。ちゃんと片付けたのか?」


寅一と同じ色を持つ美少女が、肩で息をしながら立っていた。

もう、驚かないぞ。とはいずみ。寅一がこうなら、美虎だって成長しているに決まっている。彼女は七歳だったので、現在十七歳だ。


 「当然です。兄様の顔に泥を塗るような真似はしませんわ。それより話は聞きました、理由を訊いてもよろしいです……か…、」


寅一に隠れるように座っていたいずみに、美虎はようやく気付いた。


 「……いずみ兄様!!!」


 『ほれみろ。コイツも見抜きおるのだ』


喜色満面とはこの事か。きりりとした顔だったのが、年相応かそれとも幼くなったかと首を傾げてしまう、美虎の花咲く笑顔。こんな時だが、見惚れる者多数。

寅一は笑った。


 「お前も分かったか。兄さんだろ?」


 「ええ、間違いありませんわ!!この優し気で落ち着いた雰囲気、温かく包み込んでくれるような空気、とても他の者は真似できませんし、させもしません!!」


 「だよなぁ。マガツモノも真似出来まいよ。したら消スけどな」


消スの部分、本気だな。いずみは、『呪』が奥へ引っ込んでいくのを感じた。盾代わりにされた気分である。美虎はいずみの隣に腰を下ろす。何人かが悲鳴を上げた。


 「兄様、私は美虎です。あなたの妹の…」


 「美虎様っ…不用意に近付いてはいけません!」


堂々巡りだ。真門、という女性の心配も分かる。兄妹が判っても、彼女達には違いなど判らない。纏う空気が違うと言うが、それだけで納得できないだろう。どうしたものか。


 「真門。お前らも、全員下がれ」


 「寅一様っ?!」


 「この件は、俺に任せろと言った筈だ。相手が本当にマガツモノであれば、お前らが束になっても敵わん。それは分かっているだろう」


寅一は当主の顔で、下がれ、と命じた。


 「突き回って刺激して、痛い目見るのは大体やった方だ。素人じゃないだろう、此処に居る全員。言いたい事は分かるよな」


寝た子を起こすな。寅一はそう言っているのだ。

真門は、それでも兄妹を見返していたが、結局根負けし離れから出て行った。剣呑な気配が消え、兄妹といずみだけになり……ようやく静かになる。


 「……」


……と、いう事はだ。いずみは無表情で頭を動かす。

寅一は、『呪』の存在に気付いているか、若しくはそう推測を立てている。可能ならばだんまりでいこうと考えていたが、兄妹相手ではのらりくらりも難しそうだ。これは、早々に話す羽目になりそうである。

一人考えあぐねるいずみの視界に、黒いモヤが入ってきた。妖魔の残滓だ。美虎と一緒に入ってきたのだろう。これくらいなら放っておいても害は無いが、引っ掛かりを覚え、すいと手を伸ばし優しく捕まえた。


 「……河童。………、静かに暮らしていたのに、棲み処を、人に奪われた……」


エンコウ、ガラッパ、カワタロウ。呼び名は色々あるが、河童が一番通じやすいだろう。彼等が住むは、水が綺麗な場所だ。治水の役目も担ってくれる、水の神のような一面も持つ。悪戯に狩っていい妖魔ではない。

……と、認識していたが、十年経った今は変わったのだろうか。

中には狂暴、且つ性悪な河童も居るが、手の中に居るのは違う。


 「斬ったのか」


 「止む無く。説得に時間を割いていたら、犠牲が増えます」


簡潔な妹の説明に、寅一は頷きながら、紙の人型をいずみに渡した。それに残滓を移すと、かりそめの体ができる。手のひらに乗る程の、小さな河童が見上げていた。


 「……これでいい、癒えるまでそれで。勝手な事をして、申し訳ありません」


頭を下げるいずみに、くわー、と水かきを振る河童。怒ってはいないようだ。しかし、改めて周りをぐるりと見渡し、自分を斬った美虎に気付くと、身を震わせていずみの後ろに隠れてしまった。


 「兄さんだな」


 「兄様ですわ」


兄妹は、揃って満面の笑みを浮かべていた。

……兄は、幼い頃も、こうして見せてくれた。


 『悪い妖魔ばかりではないんだ。人間の都合で、妖魔に堕とされた存在だってある』


兄は、退魔を生業としていても、敬意を払うべき存在には礼を尽くしていた。

その姿勢は、兄妹にも根付いている。


 「こうしてはいられません、身を清めてきます。兄様待っていてくださいね、話したい事がたくさんありますの!」


 「うん?」


 「俺も。あ、此処は兄さん専用の部屋だから、好きに使ってな。煩わしいだろうから、誰も入らないよう命じとく。茶、用意するかぁ。菓子あったかな……」


 「うんん?」


……いずみとしては、一人静かに考えたかったのだが。

どうやら兄妹は、まだ休ませてくれないようである。


 「えー………」


ぽんぽん、と河童が慰めるように膝を叩いた。






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