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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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23/28

3. 天狗の試練




目の前に現れたは、農村で見るような茅葺屋根の家。

見た目は古く、若干傾いてもいるような様子であるが、ガタンと音を立て開いた木戸の向こうは立派な玄関口。ずんと長い廊下が、三人を奥へと誘う。

外の見た目と中の間取りがおかしい。しかし、両脇に立つ幸祐と美虎は平然としているので、此処はそういう所なのだろう。いずみは促されるまま、草履を脱ぐ。

見下ろした三和土も、床にも壁にも、ぼんやりと明るい天井にも穢れ一つ無い。居心地が悪そうに、奥へと引っ込むマガツモノの動きを感じた。


 「澄んでますね。此処の空気は」


 「体調に変わりはないか?いずみ」


 「わたしは、なんとも」


 「なら、先に行ってもらおう。お前を試したいそうだ」


 「試す?……真っ直ぐ進めば良いのですか?」


誰が、など問うまでもなく。いずみは廊下の先を見据えた。奥にある、気配に向かっていけばいいのだろう。一歩踏み出し、符を天井に向かって投げつける。

いずみはそのまま、何事もなく進んでいく。付いていく形になった幸祐と美虎が見上げたそこには、大量の石を入れたカゴが吊られていた。符で動きが止められている。


 「相変わらずですこと」


天狗が試すのは、毎度の事だ。寅一も美虎も、訪ねるたびに似たような試練を与えられた。

かち、と音がすると無数の矢が迫ってくる。廊下いっぱいに飛んでくるそれらを結界で弾き、通り抜けてきた数本を全て落とす。いずみの手には、いつの間にやら小太刀が握られていた。符で作ったのだろう。

幻術の中に本物を入れてくるやり方も、相変わらず。幼かった頃は初手では見破れず、二人して逃げ回っていた苦い思い出が蘇ったものの、美虎は容易く破っていく兄の姿を目に焼き付ける事に集中した。

兄が戦う姿を目にするのは、初めてなのだ。結局、共に出る事は叶わなかったから。

かち、と音が鳴るたびに、家の中とは思えない罠が発動される。


 「これはまた、私の時より更に酷いな」


 「酷いの一言でいいんでしょうか…」


鉄球が壁から出てきたかと思えば、がこんがこんと床が消え落とし穴だらけとなり、文字通り足の踏み場も無い。底が全く見えない辺り、一体何処へ繋がっているのやら。足場を作り、ひょいひょいと空中を飛ぶいずみに続き、美虎も幸祐もそれを辿る。

休む間もなく、無数の丸太が轟音を立てて迫りくる。


 「――解、」


ぱん、と乾いた音と共に全ての丸太が消えた。幻術だ。


 「足場代わりとしていたら、落ちてましたわね」


どぉんどぉんと頭上から音が響き、何かが降ってくる。足元に跳ねたのは、礫。

ぞわと粟立つ殺気を向けられ、いずみは結界を強化する。と同時に、四方から礫の嵐。風が、礫が暴れまわり、全てを引き裂いていく。


 「…あーあー、」


同じく結界強化し、広がっていく惨状を見ていた幸祐は呟く。


 「結界内とはいえ、初代の家をこんなに荒らしていいのか?」


ぴた、と嵐が止んだ。嘘のように。

束の間の沈黙の後、奥から鈍い音が。それは段々近付き大きくなり、


 「岩、」


 「岩だな」


 「ぴったり丁度の大きさですわね」


限界すれすれ、巨大な岩が転がってくる。振り返ってみれば、来た道は消え壁に変わっていた。逃げ道は無い。押し返すしかないが、よくよく視ればただの岩ではなく、恐ろしく強化された、言ってみれば天狗岩。いずみの顔が引きつった、その時。


 「これは、やり過ぎだ」


笑みを張り付けた幸祐が、あっさりと蹴り返す。罅が入った岩は勢いよく奥へと戻り、破壊音と誰かの悲鳴が響き渡った。

……静寂が広がる。罠だらけであった物騒な気配は消え、廊下に据えられた行灯が、案内するように灯り始める。


 「認められたようだ、行こうか」


 「…いや、わたしでなく、幸祐様が認めさせたのでは……?」


 「細かい事は気にするな。要は相手さえしてやれば満足なんだ、向こうは」


 「ええ、兄様は充分に立ち回りましたわ。迷い無く罠を破っていくあの勇姿……!私はこの目にしかと焼き付けました!」


 「大袈裟だよ、美虎……」


輝いた目を向けてくる妹にとりあえず礼を言い、符に目を落とした。

あの天狗岩を跳ね除けるには、力が足りない。何度も人ならざる者と対峙してきたが、天狗……妖魔とは違う、更に格上の存在とは戦った事はないのだ。


 「……」


いずみはそっと溜息を吐く。やはり自分はまだ、幸祐の足元にも及ばないらしい。

これでは力になりたくとも、足手纏いが精々だ。十年という年月は、大きかった。







 「……とか思ってんだろうなぁ兄さんは!!」


寅一は顔を覆ったまま叫ぶ。同期であった真門は、複雑な表情だ。

三馬鹿は、何もない所に浮かぶ映像に、すげーすげーと夢中になっている。


 「相変わらずスゲーっすね、千里眼でしたっけ」


 「触んな、ぶれる」


顔を上げた寅一の目。瞳孔が縦に細くなっており、普段のそれとは違う。天狗の目だ。

兄の行方が分からず、やきもきしていた寅一に天狗からの突然の連絡が。


 『久々に幸坊が来たと思ったら、マガツモノを連れてきおったんだが?』


……と。寅一は直ぐ様、千里眼発動。今に至るまで、兄の活躍を余す所無く見ていた。

因みに、幸坊とは幸祐である。天狗から見れば誰もが坊に見えるようで、寅一を一坊、美虎を美虎坊と呼ぶ。何度言っても改善されないので、諦めた。

寅一が天狗の力を使えるのは、一部には知られている。マガツモノ騒動の折に、目の当たりにした者も多い。こうなってしまえば隠すこともなかろうと、囁かれる噂はそのままだ。

今の今まで公にする事もなかった、仙堂家に居る天狗の存在。裏を返せば、その力を使わねばならぬ程、マガツモノが脅威だったという事で。


 「つまり俺の兄さんめちゃ強いって事だ」


 「そうなの?!マガツモノじゃなくて??!」


 「兄さんが器だからこそのアレだろうが。そして兄さんだからこそ抑えられてんだよ」


 「寅一様、お兄さんへの信頼が厚いっすね!」


 「美虎様も負けてねーけど、こういうの何て言うんだっけ??」


今で言うブラコンである。

兄妹は惜しみなく、隠す事なく兄大好きを前面に押し出していた。


 「……いずみ様は、比べる対象を間違っていますね。先代様は元より、天狗の試練なんて常人では対処しきれないというのに」


だからこそ、同期の中でも群を抜いていたのかもしれないが。真門は溜息つきつき、恥ずかしながらと映像を見上げた。


 「私は最初の礫雨の仕掛けに、気付けないかもしれません」


 「俺もですね。避けられても、次が矢の嵐だし。あれ生きて帰れるんすか?」


 「落とし穴までが、ギリ……てかあれ落とし穴?床全部抜けてたけど??」


 「あのー……見間違いじゃなければ、あの人天狗の幻術解いてませんでした?」


恐る恐ると手を挙げた鹿沼の指摘に、場が静かになる。

寅一は、天狗の元へ向かう一行の様子を見るので忙しい。流石に巻き戻しなんてできないだろう。三馬鹿は真門の近くへ寄る。


 「真門様、実際……いずみさん?の力ってどんくらいなんですか」


 「正確には分かりかねますが、先代様の下で寅一様とどっこいどっこいで美虎様の上、かと」


 「も、もう少し分かりやすく……」


 「十年前は、じきに先代様と並ぶと期待されていました」


 「お、おう、も、もう少し……」


三馬鹿はもう震えている。真門は思案するように視線を巡らせた。


 「貴方方三人が、それぞれ十名居たとしましょう」


 「お?……合わせて三十?」


 「束になっても敵いません」


 「三十も居るのに?!俺ら三十人なのに??!」


 「天狗の試練を無傷で越えている様を見ていたのに、相手になるとでも?」


何気に真門は酷かった。

真面目な顔で告げられた事実に、三馬鹿は恐れ戦き、仙堂家どんだけだよと呟かずにはおれなかった。










 「よくぞ我が試練を乗り越えた!!」


 「……」


 「幸坊!美虎坊!よぉう来たな!!そしてマガツモノよ!中々どうして、幸坊が認めただけはあるのぅ!!!」


 「……」


 「特別に名乗ろうではないか!儂は大天狗、青天坊(せいてんぼう)なり!!この名をしかと心に刻むが良い!!!」


……いずみはそっと二人を窺う。無だ。

二人は無表情で、高らかに笑う天狗を見ている。こうして並ぶと、やはり親子だなと頷き、視線を戻した。

声だけ聞けば、盛大に出迎えているように感じるが、実際の姿は上座に寝転んだままだ。


 「どうした!積もる話もあろう!ささ、そこへ座れぃ!!」


声は元気なものだが、実際の姿はやる気すら感じられない。あの体勢でよく、腹から声を出せるものだ。

いずみは今一度、二人を見た。無だった。

よくある事なのだと悟った。

千里眼を通して、寅一も同じ顔をしているとは露知らず、いずみはこの謎の時間が過ぎるのを静かに待つのだった。






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