1. 幸寅といずみ
「言わなくてもいいんですか。幸寅様」
「何を?」
真っ青な空が広がる昼下がり。幸寅といずみは墓参りに来ていた。
真新しい墓には、花と線香。辺りにはくゆった煙と独特な香りが漂う。
「おまきさんの子の父は、幸寅様ではないんでしょう」
幸寅は答えない。代わりに、おまきの墓の隣を見遣った。そこに、彼女が愛した、亭主が眠っている。
あの、黒蛇騒ぎが収まって数日。幸寅はいずみを誘い、此処へ来た。何か感じ取っていたか、弟子は弟妹に断り、大人しくついてきてくれた。実の子らには、不満気な目を向けられたが。
「いつから気付いていたんだ?」
「…あの呪。彼女が口にした事と、中身がまるで違いました。この人は望んでいなかった、無理矢理、呪の媒体に利用されたんだと」
「そこまで感じ取っていながら、お前はぶん殴ったのかい。容赦ないねぇ」
「恥ずかしながら、気付いたのは祓った後です。相対していた時は、障りが出る前に止めようと必死でした」
この人も苦しいままだから。いずみは両方の墓に、手を合わせる。
だって不公平じゃない
“チガウ、チガウ”
私の子はもう居ないのに、その子は生きてるなんて
“私ノ子ハ、ドコ?私トアノ人ノ、大事ナ子”
その子がいなくなれば、一緒でしょ
“ヤメテ、チガウ、ヤメテ苦シイ”
そうしたら、私はまた戻れるでしょ
“助ケテ、助ケテ、アノ人ハドコ?私ノ子ハドコ?”
『ネェ、ソウデショ』
“私ノ子ヲ返シテ!!!”
彼女は子供を、ただ必死に探していただけ。子を望み、守りたいと。
「退魔師は、妖魔から国と民を守る絶対の正義」
いずみが顔を上げる。幸寅は周囲の墓に目を向けていた。
「そう言われてはいるが、退魔師も人間だ。他に無い力を少し持っているだけの、ただの人間。間に合わなかった命、取り零した命、目の前で散った命……数えだしたらキリがない」
おまきの夫も、散った命の一つ。
彼女の哀しみは深く、後を追おうと自死を繰り返した程。そんな彼女を止めたのは、腹に宿った小さな命。
まるであの人が生きろと、生きてこの子を産んでくれと言ってくれたようでと、おまきは泣いた。
生きる希望を取り戻した彼女に、幸寅は手を貸した。
安心して産めるよう家を与え、事情を知る世話人も雇った。彼女は感謝したものの、甘えてばかりじゃ駄目だと働き口を自分で見付け、毎日を楽しそうに。
「今更言ったとて、言い訳にもならんよ」
「……話してくれなければ、分からないじゃないですか」
「それはそうだな、人の心の内は分からない。だが話しても、」
相手が信じていなければ、その言葉は無意味だ。
幸寅は、心配気に見上げる弟子を見遣った。この子はまだ気付いていない。けれど遅かれ早かれ、あんなものを作ったのが誰か、勘付くだろう。
「幸寅様は……家族が、お嫌いですか?」
「嫌い、というより。分からない」
眉を顰める。それこそ、分からないと言いたげに。
「私は、家族というものが分からない。両親は、いろんな意味で無関心だった。私が継いだら、競うように愛人の元へ行って、それきりだからね」
困惑した様子で、いずみは見上げてくる。その内に、こてんと首を傾げた。
「何でもできるお人なのに、幸寅様にも分からない事があるんですねぇ」
「なんだい、そりゃ。私が人ではないみたいじゃないか」
「そうは言ってませんよ、安心したってだけです。イチと話したらどうですか?」
「何を?修行ならさせているし、あぁ、覚えが早いようだから…もう媒体無しで、」
「やめてください。あの子まだ五才ですよ」
笑顔から、途端に真顔になったいずみへ首を傾げた。自分がその歳の頃は、媒体無しで祓えるようになったと記憶している。ならば、一之進もできるのだろう。
しかし、いずみは真顔のまま、自身を指した。
「わたし、符を使って祓ってますよ。十三です」
「お前はそれが一番合うのだろう?なら、別に無しでなくともいい」
「その気遣い、イチと美虎に向けてください。……、…早紀恵様も、です」
ためらっていたが、いずみは真っ直ぐ見上げてくる。
今の今まで、早紀恵との状態には触れる事はなかった。いや、触れられなかったのだろう。自分は他所の子だから、と。
よく気遣う子だ。幸寅は笑う。
けれどこれに関しては、もう手遅れだ。
「私は、言ったんだよ」
おまきの事情も。
いずみに継がせる気は無い事も。
いずみ自身も、承知している事も。
「幸寅様?」
「戻ろうか。お前を独占してると、二人に睨まれそうだからね」
素直に頷き、先を歩く弟子を眺める。
家族というものが分からない。どういう形が、家族となるのか。
そんな人間だから、何を言っても信用されないのも、仕方無いかもしれない。けれど。
静かに並ぶ墓を見遣る。
「――すまなかった」
当然ながら、何も返ってはこない。ただ、風が吹く。
幸寅は拳を握り、その場を後にした。
「頼りない殿方ばかりで、呆れます」
いずみが戻り、先代である幸祐も戻ってきた。長く、仙堂美虎を縛っていた婚約も、恙無く解消さた。
これで、仙堂家が抱えていた大きな問題は綺麗に消え……ようやく平和になる、訳がない。
退魔で知られる仙堂家には、毎日のように妖魔案件が転がり込む。これくらい己等で対処しろと、胸倉掴みたくなる程小さなモノまであるのだから、当主である寅一の顔は、日を追うごとに輩感が増していく。
それを察知し、真門と三馬鹿も指示をし動き回っているのだが、中々片付かない。
そして、その隙間を縫うように、美虎への縁談が届くのだ。
兄が忙しさで発狂する前に、それらは美虎自身が回収。時間を作って何度か見合いもしてみたが、どうだ。全員見事に、仙堂家に縁付く事だけにこだわっていた。
「……わたしが見てもいいものかな?」
「構いませんわ。いずみ兄様がこれぞと感じた方に、お会いしようと思ってますから」
「まさかの責任重大案件……」
とはいえ、いずみ自身も解消に一役買ってしまったので、責任はある。真剣な顔で釣書と向かい合う兄をそっと覗き見、美虎は微笑んだ。
離れの時間は穏やかで、そこに大好きな兄が居る。それだけで、美虎の心は満たされていた。
縁側から見える、整えられた庭では座敷童子が元気に全力疾走。池からは河童が水しぶきを上げ飛び出る。少しどころではない、尋常ならざる光景が広がっているが、美虎にとっては些末である。
「あれから竹岡の方からは何もないのかい?」
「青い顔で、ご両親が謝りに来ましたわ。真尋さんは勘当されたとか…」
「……しばらく身の回りに気をつけなさい。逆恨みは恐いよ」
釣書とにらめっこしながらの、兄の優しい忠告に、美虎はにこりと笑う。
実は、もうあった。一仕事終えた帰りに、真尋と鉢合わせたのだ。相手は刃物を持っていたので、此方もそれ相応の対応をさせて頂いた。
結果はどうであったかは、無傷の美虎の姿で察するだろう。寅一はよくやったと頷き、真門もそれに倣い、三馬鹿は回収係を任された。
こわいこわいと魘され、起こしたら一目散に逃げたのでもう来ないだろう。との報告であった。
「そうそう、ご両親からは弟の方を薦められましたの。イチ兄様が追い投げ出しましたけど」
「追い投げ出したの。うん、イチはいいお兄さんだ」
竹岡家も他と同様、縁が欲しかっただけ。後は、力のある跡継ぎ。
血を繋げる。それが役目と理解はしているが、こうも家ばかりしか見ていない者と対話するのは、空虚な気分になる。お前にはそれしか価値が無いと言われているようで。
「これだけじゃ、美虎を任せられるか分からないな。ねぇ、美虎。これは急いで決めなくても、いいんじゃないかな」
「え、……で、ですが、イチ兄様をこれ以上煩わせる訳にも…」
「まぁ確かに。こう毎回、山のような釣書が届くのもね……。でもまだ、考えられないんだろう?だから、美虎から条件を出したらいいんじゃないかな。それなら、数は減らせるんじゃないかと思うよ」
目を丸くする美虎に、いずみは笑った。
「イチは煩わしいなんて思ってないよ。妹に幸せになって欲しいと願ってるんだ、妥協はしない筈だ」
「……いずみ、兄様も?」
「勿論。この人なら、と思う男でない限り、大切な妹を渡す気はないよ」
だから、急がなくてもいい。優しい声と、温かい手。美虎はホッと息を吐いた。
嬉しさが込み上げてくる。自然と笑顔になる。気持ちを汲んで、欲しい言葉をくれる。大丈夫だと自信も戻ってきた。美虎は、強く頷いた。
「兄様より強い人がいいと、そう宣言しますわ!!」
「えっ」
「いずみー、これから私と出掛けないか?」
「えっ、ちょ、幸祐様?!よく声かけられましたね?!」
……美虎の宣言の後、釣書攻撃はぱたりと止んだ。




