第3話―1 舞踏会
会場に入って、まず目に入るのは天上から吊り下げられた大きなシャンデリア。赤い炎が明々と煌めいていて眩しい。次に見たのは、あちこちに点在している食事が載っている円形のテーブル。所在なく視線をさまよわせていたあたしの様子に気づいたらしい給仕係らしきひとが、あたしに近づいてきてドリンクをくれた。
光沢のある大理石の床が、みんなが動き回るたび楽器みたいに色んな音を立てる。
「……そわそわしすぎだよ。恥ずかしいから周りを見回しすぎないでもらえる?」
「えー、うー、だってえ……!」
結局、あの勝負で勝ったのは会長だった。力で押し切るローレンをひょいひょいとかわしつつ、的確に体力を削る会長の戦法は見事だった。ただあまり正々堂々とした勝ち方ではなかったからと、次に任務があれば優先的にローレンに回す、という取り決めになったけれど。
会長はそわそわするあたしに呆れたようにため息をついたけど、会長はこういう場には慣れているみたいだった。やっぱり経験の差? 任務でたくさん来慣れているとかかな、なんて色々と予想してみる。
「……さて、パーティーが始まるまでにもう一度間取りを確認するよ。セシルとマミィの情報によると、一階が客間で、パーティー中は休憩室として用いられてる。二階に主催者・バーネットの書斎があって、魔物が保護されていると思われるのは三階……。詳しい部屋はわからなかったらしいけど、概ねそんな感じだ。いいね?」
地図やメモも見ずに、会長がすらすらと屋敷内の構造の説明をしてくれる。頭の中で何度か会長の言葉を繰り返してから、新たな疑問が湧き上がったあたしは勢いよく腕を上げた。
「はいはい! 今回の目的はなんですか!」
「……それ、行きの馬車でも説明したよね? はあ……、もういいよ。……今回の目的は、魔物の解放および殲滅。あと、たくさんのハンターがこの会場に来ているはずだから、彼らに出し抜かれないこと。これ、最優先事項!」
会長が両目を伏せて、びしりと指を立てる。
「ええっと、それじゃあ先に魔物を見つけたほうが勝ち……ってことですね!」
「そういうことさ。……さて、確認も済んだことだし君のクラスメイトに挨拶に行こうか」
そうだ、イヴリンちゃんを探さなければ。と思ってちらちらと会長に注意されない程度に視線を泳がす。しばらくすると、恐らく同年代のひとと会話している、一際派手なドレスを着たイヴリンちゃんを見つけた。
「あ、おーい、イヴリンちゃ――」
「バカ、主催者の娘を大声で呼び寄せるやつがいるか……! こっちから挨拶に行くんだよ……!」
「あれっ、違いました?」
慌てた様子の会長に体を張って制止され、ぶんぶんと振っていた手の動きをぴたりととめる。そして、会長に導かれるままにイヴリンちゃんの近くへ行く。ただ、イヴリンちゃんは談笑中だったから、少し離れたところで終わるのを待ってから声をかけた。
「イヴリンちゃん、ごきげんよう!」
「ごきげんようですわ、アリスティア様」
にこやかに微笑んで、イヴリンちゃんがドレスのスカート部分を軽く持ち上げて会釈する。
「イヴリン嬢、このたびはご招待いただきありがとうございます」
あたしの背後にいた会長が、あたしたちの挨拶が済んだのを見て体を前に進めてお辞儀をした。
「あ、あら、会長……⁉ 会長が来るとは思いもよりませんでしたわ~ッ。え、ええっと、舞踏会楽しんでくださいまし~! ……ちょっと! アリスティア様!」
「んっ? なに?」
イヴリンちゃんにつんつんと肘のあたりをつつかれながら会長からじわじわと引き離され、壁際の、あまりひとのいない場所に立たされる。
「会長が来るならそう言ってくださらないと困りますわ……!」
「んん? なんで?」
耳元にイヴリンちゃんの唇が寄せられて、そんなことを囁かれた。
「なんでって、アリスティア様知らないの……⁉ 会長は、アンドレア様は、このなにをするにおいても筒抜けな社交界においてなぜか素性が知られていない特異な方なの……! でも、確実に家柄はいいとされていて、みんなこぞってアンドレア様の情報を掴もうと躍起になっているの! そしてあわよくば、縁を結びたいと……! か、かくいうわたくしもそのひとり……、で……」
次第にイヴリンちゃんの頬が赤くなっていき、声も小さくなっていく。
「んー、よくわかんないけど、会長と仲良くなりたいってこと? 大丈夫、会長フツ~にいいひとだから! あ、あたしから話そっか? イヴリンちゃんが会長と話したがってるって――」
「ヤ~ッ! そんなこと言ってほしいわけないでしょう⁉」
「じゃあどうすれば……」
がちっと両腕を掴まれて、泣きつかれているみたいに下から顔を覗き込まれる。あたしは困って、イヴリンちゃんに尋ねた。
「と、とにかく、騒ぎにならないようにしてくださいまし……! 挨拶まわりはしなくていいから、壁際にいて!」
「はぁ~い」
今度は背中を押されて、会長のほうに向かってむりやり歩かされる。会長はずっとあたしたちの様子を遠くから見ていたみたいで、戻ってきたあたしを一瞥しては、背後にいるイヴリンちゃんに微笑みを向けた。
そして、その微笑みの直後。あちこちから小さな悲鳴――とはいえ悪い意味ではなさそうな、色めき立っている声が上がって。
――さっきのイヴリンちゃんの話、要は会長が色んな女の子からモテてる……ってこと?
それで、やっと気がついた。さっきも今も、色々な方向から大量の視線が向けられていたことに。