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第20話―1

「……君、いつまでその中にいる気?」


 会長用のデスクに、小さなイーゼルが置かれている。アンドレアはイーゼルに立てかけているキャンバスに話しかけながら、胡乱げな表情でコーヒーを啜った。


「……そんな状態になってからもう一週間ね。ご飯とかちゃんと食べてるのかしら?」

 セシルの疑問にアンドレアは即答せず、キャンバスを両手で持ち上げる。


「さあね。でも夜中に君が出て来ていることは知っているよ。近隣の村や町から君と君のお友達の姿を夜に見たっていう情報があるし、討伐依頼までわんさか来ているんだから……」


 アンドレアは開封していない大量の封筒を乱雑に掴みつつデスク横のゴミ箱に投げ棄てる。


「君、悪いことしてるよね? こんなこと続けるようなら僕は君ごとキャンバスを破壊しなきゃならない」

「ちょっと、アンディ。そこまでしなくても……」


「僕は温情をかけたり特別扱いをしたりはしない。他者に迷惑をかけるようなら君も害獣や魔物風情と同類だよ」


 きっぱりと言い放ち、考えを変える気が微塵もなさそうなアンドレアに、セシルはため息をつく。


「アリスティアが夜中に町に出てる……。じゃ、俺がそのキャンバス預かっときます」

「……は?」


「生徒会室に置いてるんじゃアリスティアも好き勝手に出入りできるでしょう。だれかが見張ってれば出るに出られない。というわけで俺が見張ります。腹減ってそうだったら飯もやるし。俺ルシィさんによくしてもらってるし」


 ハリソンがソファから立ち上がり、アンドレアの持っているキャンバスを掴む。


「きっ、君ねえ、こんな事態に乗じて好感度稼ごうってんじゃないよ……! 見張りなら僕だってできるけど……⁉ っていうか僕が適任だよね、会長だし!」

「なんで? アンタアリスティアと揉めてんだろ?」


 心底不思議そうに目を丸めているハリソンに対して、アンドレアは眉根を寄せた。


「は? 誰がそんなこと」

「副会長が吹聴してた」


 ハリソンは躊躇う様子すら見せずにセシルを指差す。だが、セシルは視線をあらぬ方向にやってとぼけるように口笛を吹いた。


「……セシル? 後輩に余計なことを言ったそうだね?」

「その、違うのよ~、アンディがアリスと喧嘩してるからいまがチャンスだって教えただけでぇ~」

「それを余計だって言ってるんだよ……!」


 アンドレアが勢いよく席から立ち上がる。


「ま、まあちょっと、落ち着きなさいよふたりとも。そもそも人間がキャンバスに出入りできるなんて、ワタシたち初めて知ったじゃない? そういうところから整理していきたいんだけど、どうかしら?」


「……まあ、一理あるね」

 セシルの言葉に、アンドレアは再び席についた。


「それってアリスティアが魔物と意思疎通できるのと関係があったりするんですかね。それとも、俺たちが試したことがなかっただけで、人間でも普通に入れるとか」


「いや、触ってみても吸い込まれる感じはしなかった。あのとき確かアリスティアはルシィに抱えられていたから、魔物と一緒だったら入れるとかもありそうだけど……」

 アンドレアは顎をさすりつつ、アリスティアの入っているキャンバスを眺める。


「ちょっとお三方ー。アリスティアサンがキャンバスに入れた理由なんてちょっと考えればわかるでしょうよー」


 ソファに寝転んでいたナターシャが、体をゆらゆらさせながら立ち上がった。そんなナターシャの態度に、アンドレアはむすっと唇を尖らせ眉根を寄せる。


「……ナターシャはもうわかってるの?」

「まず、魔物がそもそもどうやって誕生したのか思い出してみてくださいよ。そして、魔道具のキャンバスがなにを根拠に魔物だと判断して、キャンバス内に入れているのか」


 気怠げに言うナターシャに、アンドレアは首を捻らせた。


「……魔法動物が、ペインを食べて魔物に変性したのが始まり……。キャンバスはそんなペインと魔法動物の結びつきを捉えて云々かんぬん……」


 アンドレアの呟きに、ナターシャは満足げに頷く。


「自分たちのような魔力を持っている人間も、ある意味では魔法動物と言えるっすよね?」

「……」


 三人はナターシャの言葉に黙りこくったままだが、ナターシャは気にせずに話を続ける。


「ただ、人間はペインを食べられない。でも、ペインを自分で生み出すことができるのは人間の最大の特徴っすよねー。まあ、細かいことを言えば、ペインそのものじゃなくて、ペインの材料となるネガティブな感情を、ですけど。通常、人間は生み出したペインを体外に出してますけど、アリスティアサンにはそれができなかったとしたら?」


「魔物そのものじゃないにしても、魔物に近い存在、と言えるか……」


 ハリソンがみなが言いづらそうにしていた言葉をはっきりと言い放った。ナターシャは再び頷く。


「みなさんご存知のようにアリスティアサンは明るい人っすけど、それは暗い感情をごまかしてるんでも取りつくろってるんでも、元々そういう感情を抱かないとかそういうんでもなくて。そういう感情全部を受け入れて、認めて、前を向いてきたんじゃないっすかね? いままではそうやって生きてきた、けどついに受け止めきれなくなった。だからキャンバスに入れてしまった。……いったいなにが原因なんすかねー?」


 ナターシャが細めた目をじわりじわりとアンドレアに向ける。


「なっ、なんだよ、ナターシャまで……」

「べっつに~? ただ、自分の仮説が正しいなら、いままでのアリスティアサンの魔物への態度も納得できるなー、と。魔力が少ないのも、ネガティブな感情ともれなく結びついて、体内の本来なら魔力があるはずの場所にペインが溜まっちゃってて、魔力が生産されにくい体質になっちゃったんでしょうねー。このまま放っておいたら本当に魔物化してもおかしくないですよー」


「……は……⁉ それ本当……⁉」

「いやだから、自分の仮説で――うぎゃっ、揺すぶんないでくださいっす!」


 ナターシャは両肩を強く揺さぶられ制止の声をかけるが、アンドレアは一向に揺さぶるのをやめない。ナターシャが床にへたり込んだところで、アンドレアはやっと我に返ったようにハッと目を丸めた。


「す、すまないナターシャ。でも僕は、そこまで魔物学なんかに精通しているわけではないし……。冷静に考えられない……」


「あら、魔物に詳しいひとならワタシ知ってるわよ」

「誰⁉」


 セシルの澄ました声に、アンドレアは勢いよくセシルを見る。セシルはアンドレアの反応を予想していたかのようにアンドレアと目があった瞬間に、唇に手を当ててウィンクをした。


「エ、ル、ヴィ、ス」


 その名を聞いた瞬間、アンドレアは咆哮した。


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