第19話―3
「――なんか勘違いしてるみたいだけど――」
生徒会室から、男のセシル先輩の声がする。ということはいまはハリソン先輩やナターシャ先輩はいないのか。……ちょっと気まずい。
なるべく音を立てないようにドアを開ける。ふたりはちらりとあたしのほうを見たけど、気にせず会話を続けるようだった。
「……ふん。セシルって案外頭お花畑だよね」
「ちょっとくらい話聞いてくれてもよくない? なあ、アリスもそう思うよな!」
「えっ、あ、は、はい」
突然話を振られ、席につく前だったあたしは思いっきり肩を跳ねさせて、それからこくこくと頷く。
「……そんなにいい親なら、最初から僕を治療係なんかに任命してほしくなかったな」
会長が、ため息混じりに呟く。その手元はずっと書類仕事をしていた。
「まあ、そりゃあ最初は……いいわけできない非道な親だったけど。後々になって後悔したんだよ。人間ってほら、変化しないなんて有り得ないだろ。思ってるよりも複雑な存在なわけ。闇属性を穢れなんて言ったのは、体よくアンディを普通の家庭に入れるためにわざとそういうふうに扱うしかなかったんじゃない?」
「全部セシルの推測でしかない話、どうもありがとう」
ふん、と鼻を鳴らして会長が笑う。
「……はあ、オマエなあ……。親父と仲直りしろとは言わないけどさ、オマエ親のことも、きょうだいのことも、嫌ってるわけじゃないじゃん。だからそんなに傷ついてるってのもわかるよ。家族には戻れないかもしれないけど……、どうにか一緒に食事する仲くらいにはなれない?」
「だから、なにが目当てなわけ? セシル。やっぱりだれかからお金でももらってるんでしょ? 哀れなアンドレアに餌をちらつかせて王宮に呼び戻して、期待してるところでまた突き放したらどんな反応するか見たいとかって思ってるやつにでもさ!」
会長がペンの先でびしりとセシル先輩を指差した。その勢いのよさで、ペンからぽとりとインクが落ちる。しかし、セシル先輩は動じていない様子だった。淡々と真実でも告げるように、堂々としている。
「もらってない」
「……聞きたくない」
会長が静かにセシル先輩を突き放した。
「もらってないよ、アンディ。ただみんながオマエに会いたがってるのはたしかなんだ。みんなオマエに似て不器用なだけでさ……」
そう呟くセシル先輩に、会長は書類の束を押しつける。
「駄弁ってないでたまには副会長の仕事をしたらどう?」
「……へーい……」
セシル先輩は肩を落として書類を受け取ったのち、女の人の姿になる。
「アリス、ごめんなさいねー。こんな辛気臭い話聞かせて。……それに、きょう来てくれてありがとう」
この切り替わりように驚いてしまうけれど、セシル先輩はもちろん、会長も慣れたものなのだろう。
「あっ、いや、あたしは大丈夫です……!」
「ちーっす」
ドアが開く。疲れた様子のハリソン先輩とナターシャ先輩がやってきた。
「ホームルームが長引いたんすー。自分は悪くないんでー」
「はいはい。気にしてないから大丈夫よ」
セシル先輩はふたりに着席を促す。そして、先ほど会長から受け取った書類の束をふたつにわけ、はい、と笑顔でふたりの前に置いた。
「よろしくね~~!」
「「は⁉」」
驚くふたりを前に、セシル先輩はいつもの調子で紅茶の用意を始める。あたしはその三人の様子を眺めてくすくすと笑いながら、鞄を開けた。
「……あれ?」
キャンバスの中にルシィの姿がない。
「どうした?」
あたしの様子がおかしいことにいち早く気がついたハリソン先輩が、あたしの背後にやってきた。
「あ……、えっと、ルシィがいなくて……。契約とかしてないから、勝手に出て行っちゃうんだと思います。あたし、ちょっと探してきますね!」
きのうからルシィの様子がおかしいとは思っていたけど、また勝手に出て行ってしまうとは思わなかった。みんなの制止を振り切って、生徒会室を飛び出す。
「ルシィ! ルシィ、どこ……⁉」
生徒会室のある階には姿がなく、あたしは急いで階段を駆け下りる。すると、そのすぐ先に大きな影があった。
生徒たちがその影を見るやいなや、叫んで逃げていく。しかし、ルシィはその生徒を追いかけ、大きな手で掴んでしまった。
「ちょっと、だめだよルシィ……! みんなこと怖がらせないで、ね……⁉」
ルシィは冷静な瞳であたしを見下ろす。ルシィの手の中で暴れていた生徒は、次第にくったりと脱力してしまった。
「なにしてるの、ルシィ⁉」
力の抜けた生徒を廊下の床に横たえて、ルシィは手の中にあるもの――ペインを口の中に放り投げる。そうするとまた、ルシィの体が一段と大きくなった。
「ルシィ……?」
ルシィの背後に、倒れているたくさんの生徒がいた。
「……ねえ、どうしちゃったの、ルシィ……? ルシィはいつの間に、みんなのこと傷つけるようになっちゃったの?」
あたしがそう問いかけると、ルシィはしおらしい様子になって、あたしに額を擦りつける。ゆるしをこうている、みたいな態度だった。
「なんで、こんなことしちゃったの?」
見つめ合うとそれだけでルシィの言いたいことがすべてわかった。そうやっていままで生きてきたの。
「……つらい、の? 苦しいの? ……そっか……」
やっぱりジェラルドさんの言うとおり、あたしの願望は矛盾していたのかもしれない。倒れている生徒たちよりうんとずっと、あたしはルシィのことが心配だから。
「うん、ずっと一緒にいるって約束したもんね。あたしは、ぜったいぜったい、ルシィの味方だよ。だからって、大丈夫かはわからないけど……。きっと、大丈夫になるよ」
あたしは持ってきていたキャンバスを、ルシィの前に掲げた。
▼ △ ▼
アリスティアがなかなか生徒会室に戻ってこない。そのことを心配に思ったアンドレアとハリソンの言葉で、四人は生徒会室を出て階段を駆け下りる。
そこにルシィとアリスティアの姿があり、四人が安堵したのも束の間。
「きっと、大丈夫になるよ」
キャンバスを掲げたアリスティアは、巨大化したルシィに抱えられ、そのまま――キャンバスの中へ、姿を消してしまった。
キャンバスが落ちた大きな音が廊下に響く。
アンドレアは焦燥を露わにして、落ちたキャンバスに駆け寄った。
「大変だ……! アリスティアがキャンバスの中に囚われてる……!」
その言葉で、ほかの三人もキャンバスの周りを取り囲む。キャンバスには確かに、ルシィとアリスティアの姿が描かれていた。




