第18話―1
会長が背中に両腕を回して、窓を眺めていた。会長はたびたびそういうふうにして、帰寮する生徒たちを見下ろしていることが多い。あたしは抱えていた鞄を肩から下ろしつつ、会長に近寄る。
「なんか素敵なものでもありました?」
「……生徒の笑顔、とかそういうキザったらしいことを言えば君は満足する?」
「ふへへ、なんですかその言い方」
窓の外を眺めていた目が、こんどはあたしに向けられた。無表情だけど、冷たいわけではない。警戒心が感じられなくて、安心してくれているとわかるまなざし。会長からそういうふうに見つめられると、最近なんだか、ふわふわした気持ちになる。
「……ねえ、あの、さあ……。僕、白亜会が当選したら、君に言おうと思っていたことがあって……」
「なんです?」
会長の手が、ゆっくりとあたしの顔のほうに伸びてくる。
「アンディー! エルヴィスから預かったものがあるのー!」
バンッ、と勢いよく生徒会室のドアが開いたかと思えば。意気揚々としたセシル先輩の声が耳に飛び込んできた。
「……ん? なんか邪魔しちゃった?」
あたしに向かって伸ばしかけられていた会長の手を見て、セシル先輩が不思議そうに首を傾げた。
会長は勢いよく手を下ろしてそのまま首の後ろをかきつつ、「なんだよエルヴィスから預かったものって⁉」と怒り気味に尋ねる。
「えーっと、はいこれ、エルヴィスの直筆の手紙。この週末実家に帰省されたら渡されてね~」
のんびりと呟きながら、セシル先輩が鞄から一通の封筒を取り出し、会長に手渡した。
「はあ……? この期に及んでなにごと……? 最近やたらとエルヴィスの名前を聞かされて、気分が悪いんだけど……」
会長はデスクの椅子を引いて腰かけたのち、引き出しから慣れた感じでペーパーナイフを取り出す。
「……ちょっと、アリスティア。緊張するから一緒に読んで。……というか君が読み上げて」
ペーパーナイフで封を切って取り出した中の便箋を、会長が粗雑にあたしに渡してきた。
「へ? いいんです? キミツジコーとかないんですか?」
「部外者の僕に機密事項を与えるほどエルヴィスも馬鹿じゃないでしょ、……たぶん」
「馬鹿ではないけど脳天気ではあるかしらね~」
セシル先輩の苦笑いに見守られつつ、ふたつ折りされている便箋を広げる。手紙の内容は二、三枚にも渡っているみたいだった。
「ええっと、なになに~……? 『拝啓、親愛なる僕の弟アンドレアへ。こうして手紙を遣るのはお前が高校に入学したばかりの頃以来になるのかな』」
――堅い挨拶はこれくらいにして、早速本題に入るね。どうやら、僕の護衛のひとりであるジェラルドが、君に迷惑をかけたようだね。ジェラルドが僕に謝罪に来たよ。謝罪すべきは僕ではなくアンドレアだと言っておいたけど、僕からも謝っておくよ。ごめんね、アンドレア。
「か~~~! く~~~! 腹立つゥ~~~!」
一息ついて便箋から顔を上げれば、会長は歯を食い縛ってその場で地団駄を踏んでいた。
「アンディ、どうどう、落ち着きなさい。ジェラルドが自分からエルヴィスに自分の所業を伝えたなんて意外よね、ねえ?」
宥めつつ意識を逸らせるセシル先輩の高等テクに、あたしは思わずほうほうと頷く。
「えっと、手紙に戻りますね! 『あんまりしんみりさせたくないから、この話はここまで。君が生徒会長として頑張っていて、そして学園生活を謳歌できているようで、僕は兄としてとても喜ばしく、そして君を誇らしく思っています。けれど同時に、君の近況を聞けるのが君本人の口からではなく、セシルからの口伝えなのが、少し寂しくもある。手紙でのやりとりもいいけど、久しぶりに顔を見て話したいな』」
「うげぇっ、僕がエルヴィスとまともに顔を合わせられるとでも本気で思っているのか……⁉」
「『最近、後輩の女の子と仲良くなったんだって? セシルから聞きました。君と仲良くしてくれるひととは、僕もぜひ挨拶がしたい。アンドレアをよろしくねって、これまでまともに兄らしいことができていない僕に、兄らしいことをさせてほしいな』……だそうです」
あとはエルヴィスさんの近況報告とか、お城での様子がつらつらと書いているようだったので、あたしは便箋を元どおりに折り畳む。
「はぁ、はあ、はあ……っ。動悸がしてきた……。エルヴィスがアリスティアに会いたいだって……? ウッ、目眩もしてきた……」
「あら? 手紙には『後輩の女の子』~としか書いてないけど~?」
セシル先輩がニヤニヤと目を細めながら顎をさする。
「おちょくるなセシル! いつ僕がナターシャと仲良くなった⁉ お前がわざわざエルヴィスに報告するのはアリスティアのことしかないだろ⁉」
ビシビシと会長がセシル先輩を指差しているのを眺めつつ、便箋を封筒の中にしまおうとしたけど、なぜかどこかにつっかかってうまく戻せず。封筒の中を見てみれば、なにやら厚紙みたいなのが見えた。




