第10.5話 閑話・会長観察日記
「ちょっと、そこの君」
会長の凛とした声が廊下に響く。会長が声をかけた女の子は、会長に呼びとめられているとはまるで気がついていない様子だ。そのまま歩いて行ってしまうけれど、会長は足早に追いかけて、その女の子の前へ出た。
「君、そんなに大量のノートを持って平気?」
女の子がぴたりと足をとめて、抱えているノートの影からにょきっと顔を出す。女の子を見下ろす会長は優しげな笑みを浮かべていた。
「えっ……、会長?」
「足元がふらついているし、前も見えていないでしょう。貸して?」
会長が、女の子から強引に半分以上ノートを奪って、女の子と同じ方向を向いた。それから、女の子にどこに行くのかを尋ねて、当たり前みたいに歩様を合わせて歩き出す。
「おぉ……」
あたしはその様子を物陰から眺めて、感嘆のため息を零した。
▼ △ ▼
「君、昨日休んでいたよね。ほら、これ、昨日の授業のノート」
会長が、会長のクラスメイトに六冊のノートを差し出す。
「あ……、ありがとう会長!」
「礼には及ばないよ。返すのはいつでもいいからね」
会長は人当たりのいい笑顔を振りまいて、クラスメイトのそばから離れた。
「かいちょ~、次の授業の課題、難しくてまだできてないんだけど~……」
「僕でよければ教えるよ」
ほかのクラスメイトにそんなふうに話しかけられて、会長は颯爽とそのクラスメイトの元へ駆けつける。
誰も彼もが、クラスメイトに勉強を教えている会長を一心に見つめている。そして、クラスメイトの「わかった!」という声に会長が曲げていた上半身を起こせば、頃合いを見計らっていた会長のほかのクラスメイトたちが一斉に会長に声をかけた。
「会長! あのね、放課後話したいことがあって……」
「かいちょー、こんどふたりで行きたい店があるんだけどー」
「会長くんって-、どんな食べ物が好きとかある~?」
――会長って、ホントにホントに、とんでもなくモテてる……!
あたしは図らずも会長のモテ具合をこの目で確かめることとなってしまい、はわわと口と手を震わせる。
「ちょ、ちょっと待って。みんな一斉に喋らないでもらえるかな……」
困惑がありありと伝わる会長の声に、こんどはみな一斉に「私が先!」だのと言い始めて、会長はその戦いを遠巻きに眺めながらよりいっそう困惑を深めている様子だった。
「アンディ、なかなか食堂に来ないから迎えに来たわよ――って、アリ――」
不意に、ふらりとセシル先輩の声があたしの背後から聞こえてきて、あたしは弾かれたように振り返る。
「セシル先輩、しーっ、しーっ!」
セシル先輩のぷるぷるの唇に勢いよくあたしの両手を押しつければ、セシル先輩はあたしの手の中でなにやらもごもごと喋っていたけれど、あたしの切羽詰まっている雰囲気を感じ取ってくれたのか、もうなにも喋らないと言わんばかりにこくこくと頷いた。
あたしはセシル先輩から手を離す。
「ワタシアンディに用があるから、アリスは隠れてなさいな」
セシル先輩の助言に頷きを返しつつ、そういえば昼時であったことを思い出したあたしは、いちどこの場を離れてお昼ご飯を食べに行くことにした。
▼ △ ▼
「会長、わたし、会長のことが――」
切羽詰まった女の子の声に、あたしはハッと目を丸めて勢いよくふたりの影から遠ざかる。
さすがに、さすがにそんなプライバシー的なことを盗み聞きする気はないんです! アリスティアは……!
心の中でいいわけじみた言葉を並べつつ、走ったことにより荒くなった呼吸を立ち止まって整える。
学園の中庭には大きな噴水があって、確かここで告白成功すればそのカップルは末永く幸せになれる~みたいなジンクスがあった気がするのだ。会長に声をかけた女の子はそのジンクスとこれまでここで告白をしてきた先輩方に力を借りたくてこの場所を選んだのだと思う。
ところで、会長は普段生徒会室ではあまり笑っているイメージがないんだけど、生徒会室以外で見る会長は、むしろいつも微笑みを絶やさないイメージだ。生徒会室以外は作り笑いを浮かべているとすると、会長なりに色々考えて辿り着いた手法なのかな、とも思う。
「……アリスティア」
「ひょえ⁉」
聞こえるはずのない、会長があたしを呼ぶ声。あたしは飛び上がってギギギと振り返った。
「か、会長……! ぐ、偶然ですね~こんなところで会うなんて! あたしいま、ルシィとお散歩してたところで~っ」
「まだなにも聞いてないけど。それに、ルシィの姿が見えないんだけど?」
「あ、う、あはは~……っ」
かすかにだけど怒気を滲ませる会長に、あたしは苦笑いを浮かべつつ後ずさる。
「君、きょう一日ずっと僕につけていたみたいだけど」
「き、気づいてたんですか」
「君、あれで存在感を消せてるとでも思ってたの……? まあ、それはともかくとして……。どういうつもりだったかだけ聞いてあげよう」
会長はあたしが後ずさったぶんだけ、ううん、それ以上の距離を詰めてきて、あたしを見下ろした。なにか言いたげだけど、あたしの返事を待ち望んでいるというような顔。
「……えーっとぉ。あたし、会長のこともーっと知りたいな~……って思って……?」
背中には冷や汗が流れているし、あたしの顔はたぶん真っ青だけれども、あたしがそう言った途端、会長は首からおでこまでみるみるうちに赤くなっていった。
「……そ、そうかい」
「は、はい!」
「……満足するような結果は得られたの」
「あ、はい、それなりに!」
うん、そう、それならいいんだけど。なんて言いつつ会長が両目を伏せながら何度も頷く。どうやら怒られるわけではなさそう。ビバ怒られ回避!
「じゃ、じゃあそういうわけなんで、それじゃ!」
「あ、ちょ、アリスティア……!」
会長に呼びとめられているけれど、とにかくいまはこの場から逃げたい。どうせこれから生徒会室で会うんだけど、それでもだ! まだ色々、いいわけを考える時間がほしい……!
「あたしが会長を追いかけてたの、クラスの子たちから会長の情報仕入れてきてって頼まれたからだって、いまの会話からじゃ気づかれなかった、よね……?」
走りながら、ぽつりと呟く。気づかれるようなことは言っていないと思うけれど、会長鋭いだろうし、もしバレてしまっていたらクラスの子たちに申し訳ないな、なんて思いながら、あたしは校舎へと戻った。
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男はアリスティアが走り去る後ろ姿をひととおり眺めたのち、目を丸めているアンドレアに視線を戻した。男はその顔に微笑みを浮かべると、そばに立つ魔物の頭を撫でた。
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