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第10話―3

 保健室はどことなく薬品と植物の匂いがする。手当てを終えれば、保健室の先生がカーテンを開けてベッドまで導いてくれた。きょうは安静にしてろってことらしくて、授業に出られないのは残念だけど、校舎中が静まり返っている授業中にひとりで保健室のベッドで眠っているのは、それはそれでわくわくする。


「……アリスティア、入るよ」

 数秒前に先生が開けたばかりのカーテンがまた開かれて、あたしは眩しさに一瞬目を細めながら頷く。


「エンヴィに落とされた僕を身一つでキャッチしに行こうだなんて、本当無謀なこと考えるよね。筋金入りの馬鹿だよねぇ本当」


「そう思われるのはいいんですけどあんまり言われると怪我にズキズキ響きますぅー」

「いいや言わせてもらうよ。今後もこういうことしたらただじゃおかないから。馬鹿はこうでも言わないと学習しないのはわかってるんだよ」


 会長があたしの眠るベッドとは隣のベッドにゆらりと腰かけて、太腿に両肘をのせる。


 会長の言い分はわかるから、あたしは特に反論しなかった。そんなあたしの様子を見て、会長はどこか満足したように息を吐き出す。


「……それにしても。エンヴィをキャンバスに入れられた点については、よかったねと言ってあげよう」

「はい! でもあたしとはあんまり仲良くしてくれなさそうだから、会長、時々エンヴィと遊んであげてくれますか?」


 エンヴィ会長に懐いてるみたいだったし! と思って提案をしたんだけど、会長は露骨に嫌そうな顔をして仰け反った。やっぱりだめか。


「もう魔力を吸われるのはこりごりなんだけど……?」

「あ、そうだ会長、魔力吸われて平気なんです?」


「……こういうことは慣れてるから、べつに……。平気ではないけど、他のひとが吸われるよりダメージは少ない、って言っておく」

「よくわかんないですけど、会長が大丈夫って言うなら大丈夫ってことにしておきます!」


 あたしの返答に、会長は呆れたように眉根を寄せつつ、けれどももう慣れたとでも言わんばかりに微笑みを浮かべた。


「……ところで。だれかからエンヴィの生態について聞いたりした……?」

「いえ? 特には。表皮が厚くてハリソン先輩の銃弾が効かない~とかだけですねー」


 あと会長の発する感情に釣られて来たんだろう、みたいな話も聞いたけど、そんなの会長だって理解しているだろうし、改めて言うことでもないはずだ。


「……そう、ならいいんだけどね……」

 会長は両目を伏せて安堵している様子だった。なにかあたしが知ったら不都合な情報でもあったのかな?


「あ、あたしもところでの話があるんですけどっ。会長ってばいっつもあたしの前に落っこちてきますよね!」

「は? ……ああ……、出会ったときの話……? あれは、僕の意思で窓から降りただけなんだけど……」

 会長はあたしの言い回しが気に入らなかったのか、口角を引きつらせている。


「わかってますよう。でも、えへへ、なんか流れ星みたいですねって言いたくて!」

「……は?」

「あれ、いっぱい『は?』をもらってしまいますね、この話題。でも、その~、会長の髪ってきんきらだし」


 それがサラサラと風を浴びて揺れていると、どうも流星のように見えなくもないのだ。


「……僕が、星だって? ……そう言い表すなら君のほうが相応しい」

「うん?」


「星というか、明るいもの。絶望に身を委ねられる暗い夜を邪魔する鬱陶しいほどの光。……僕をいつだって平穏から遠ざけてしまうもの」

「え、えっとぉ……?」


 それってつまり、会長にとって不都合な存在ってことじゃん?

 面と向かってそんなことを言われてしまって、さすがのあたしもたじろぐ。


「……けれどその平穏とはまるで程遠い空気の中に留まることを望んでいる僕もいて、正直、戸惑ってる」

 会長が上半身を曲げて、あたしの顔を覗き込んでいる。会長の声はしんと静まり返っていて、どこか囁くようだったけれど、ふたりしかいない保健室ではやけに響いて聞こえた。


「アリスティア、君は、何者でもない、有り触れた、どこにでもいるようなただのポーンだと思ってた」

「え、ぽーん? なんの話?」


「……でも違う。ポーンはナイトにだって、ルークにだって、ビショップにだって、クイーンにだってなれるんだった。ゲーム上では使いようによっては強い駒だと存じてはいたけれど、それを除けばさっき言ったような偏見があったんだ。……驚くべきことに、君の存在が僕がポーンへの認識を改めるきっかけになった」

「ゲーム? なんのゲーム? さっきからなんの話ですか……⁉」


「白亜会のポーンでありナイトでありビショップでありルークである君。……いまからは僕だけのクイーンになってくれてもいいと思うんだけど、どう?」

 会長が、布団の上に放り出されているあたしの両手を挟み込むようにして持ちながら、やけに熱っぽい視線を投げてくる。


「あ、あのう、どうと言われましても……、さっきからなんの話をしているのか、さっぱり……」

「……は」


 会長があんぐりと口を開けて、目を丸めた。あたしがちんぷんかんぷんだって顔していたの、会長気づいてなかったのかな? 顔だけじゃなくて、口にも出してたんだけど!


「クイーンとナイト? の意味はかろうじてわかるんですけどねっ、女王さまと夜? でしょ?」

「……ナイトは、騎士のほうだよ……」

「あ、あれっ? 騎士もナイトなの?」

「綴りが違うからね……」

 会長の声が呆れたようにため息混じりになっている。


「ほえ~。でも、そういう単語がなんで一緒に並ぶのかよくわかんなくて~?」

「……もういい。やっぱり僕の早計だったみたいだ。なにもかもがね……!」


「ソーケーってあたしが生徒会に入ったときも言ってたー!」

「そのときから連綿と、僕の早計は続いているんだよ……!」

 会長が勢いよく立ち上がって、悔しそうに、恨めしそうにあたしを見下ろした。


 次第に、保健室の外から人の声が聞こえてきた。

「……あ、授業、終わっちゃったみたいですよ」

 チャイムが鳴ってたこと、気がつかなかったな。きょうの授業はこれでおしまいだったはずだ。


「……だね。サボったことになってしまったかな」

 会長が無表情で呟く。

「えへへ、会長ってば不良だ~」

「うるさいな。……君、寮に戻る?」

「そうですねえ……。……いててっ!」


 起き上がろうとすれば、体中にできた打ち身みたいなのがずきずきと痛んで、強制的にベッドに戻らされた。


「……君の怪我がマシになるまで一緒に保健室にいる。……それか! 僕がおぶって帰ろうか⁉」

 なぜか必死な様子の会長が、ずいとあたしに顔を近づけてくる。


「その二択しかないの?」

「ない。ないない。有り得ない」

 会長が小刻みに首を横に振っているのが面白くて。


「えー、じゃあ、せっかくなんでおぶってもらいます!」

「なにがせっかくなのかわからないけど、……了解」

 会長が提案したことなのに、会長は渋々みたいな感じで頷いた。それが面白くて笑っていれば、会長はまた不機嫌そうな顔になる。



 会長におぶられている間、会長の背後であたしは色んな話をした。会長が魔力を吸われた以外は無事でよかったとか、エンヴィと仲良くなれたらいいなあ、とか。会長はその間ずっと無言だったけれど、あたしの話に耳を傾けてくれていたのはなんとなくわかった。


 そうだ、会長には言わなかったけど、会長とももっと仲良くなりたいって、あたしは思ってるんだよ。


【第一章・完】

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