第10話―2
「やっぱり、アンディ狙いだったってわけねー……」
なんとか魔法でエンヴィを誘き寄せて、顔を窓から出させることには成功したけど、会長がエンヴィに捕まっている(巻きつかれている?)から、あたしたちは下手に動けない。
校舎から移動してきたセシル先輩があたしの横でぽつりとそう呟くから、あたしはふっとセシル先輩を見上げた。
「やっぱりってどういうことです?」
ハリソン先輩から、エンヴィは会長狙いかもしれないという話は聞いていたけれど、なぜ会長が狙われているのかはわからない。そのことについて知りたかったあたしは、訳知り顔のセシル先輩に詳しい話を聞いてみることにした。
「いやぁね、なんとなく、エンヴィはアンディの発する感情でできたペインに釣られてやってきたんじゃないかー、って推測してたのよね」
苦笑とニヤニヤが半分ずつくらいの表情を浮かべて、セシル先輩があたしを見下ろしつつ顎をさすっている。
「会長、なんか嫌な気分になったのかな……?」
「うん、そうね、ワタシかナターシャでもいればもう少しマシだったかもしれないわね……。いや、まあ、ナターシャはなにもしないか……」
セシル先輩の言い分的には、あたしやハリソン先輩といるときに会長は嫌な気分になってしまったってこと? だとしたら申し訳ないな……。
「あ、とにかくアリスのせいではないわよ。アンディが弱っちいせいだから、うん」
「……ヘビが会長を解放するのを待ってるのは埒が明かない。俺が狙撃するから、ナターシャ、会長が落ちてきたら回収しろ」
「ちょっとー、風属性使いが荒いっすよー」
腕を組んで舌打ちをしたハリソン先輩が、背中に回していた狙撃銃をサッと手に持って遠くのほうへ歩き出す。ナターシャ先輩もそう文句を言いつつ再びホウキに跨がった。
「あ、ちょっとふたりとも、勝手な行動は――ったく、本当に協調性がないんだから~……」
セシル先輩が呆れたようにため息混じりに呟いて、腕を組む。
「にしても会長、ご無事ですかね」
「さあね。いまごろ魔力でも吸われてそうだけど」
「え……っ、魔力が吸われるって、それ平気なんです……?」
「うーん……、ま、寝たら治るわよ」
「そんな、まるで体力みたいに……! 魔力と体力は違うと思うんですけど……⁉」
セシル先輩とそんな風に会話をしていると、遠くのほうから発砲音が聞こえてきて。ハリソン先輩が狙撃したのだとわかるけれど、エンヴィは音の鳴ったほうに一瞬だけ顔を向けただけで、それ以外の反応はなにも示さなかった。
『……当たったのに効いてないんだけど。腹立つ。なぐさめて』
「うーん、表皮が厚くてあんまり効かないのかもね~。あと、アリス以外にも聞こえてるからいい加減にしなさいね、ハリー」
セシル先輩にもハリソン先輩の愚痴が聞こえていたらしく、のんびりとセシル先輩が呟いた。
ハリソン先輩の攻撃が効かなくてほっとしたあたしもいるけれど、会長を助けたい気持ちももちろんある。暴れそうな気配はないからある程度考える余裕があるし、あたしは頭を悩ませてみるけれど、悠長にしている場合ではないのも事実だった。
いちど気持ちを落ち着かせるために、胸元に手を当てすーはーと深呼吸をする。すると、肌に一瞬冷たいものが触れて、そういえば小瓶を首から提げていたんだったと思い出した。服の内側に入れていたそれを取り出せば、不意にエンヴィの大きな顔があたしに近づいてきて、あたしは思わず一歩後ずさる。
「え、エンヴィ……?」
つんつん、とエンヴィが鼻先であたしの持っている小瓶をつつく。それから、爬虫類特有の眼差しが、あたしを貫いた。あたしは、そこからエンヴィの意図に気がついて、ブンブンと首を横に振る。
「こ、これは……。だめだめだめっ! 会長の魔力が宿ってるものがほしいんだろうけど、これはあげられないの……!」
「……え。『会長の魔力が宿ってるもの』……?」
「ハッ! や、えっとその、ちが……ッ。……ちがうわけじゃないけどっ、とにかく違うんです! エンヴィも、これはあげられないから……!」
あたしの横で、セシル先輩が信じられないものを見るみたいにあたしに向かって目を丸めているから、あたしは慌てて弁明をする。
会長にもらった闇色の粒を、魔力が保管できる魔法がかかった瓶に入れて保存しただけなの。吸い込まれそうな黒は見ていると落ち着くから。ルシィのまとっている空気にどことなく似ているから。あの日ちょっとだけ、会長との距離が縮まった気がして、それがうれしくてそのことを忘れないようにしたかっただけなの。本当にただそれだけなの……!
心の中で色々を釈明をするけど、そのどれも口にすることを考えるとなんとなく頬が赤くなる。
『……アリスティア……、僕の魔法、保管してた、わけ……?』
ふと、息も絶え絶えな会長の声が耳元に流れ込んできて、あたしの体温はさらに二度ほど上がった気がした。
「そ、そうですけどそれがなにかっ、会長があたしにくれたものなんだしあたしがなにしてもいいですよね……⁉」
『……ふ、まだなにも言ってないのに焦っちゃって。……ただ、君も僕とおんなじことするんだなって、思っただけだよ……』
「え? ちょっと、会長?」
会長の語気が弱まって、気づけばエンヴィの顔があたしから離れている。そうして、会長の体をぎゅうぎゅうと締め上げていたエンヴィの拘束が弱まって――会長の体はふわりと宙に浮いた。




