第4話―4
俯いているライラちゃんに、あたしは改めて向き直る。そして、ゆっくりとジェラシィに近づいた。
「……ジェラシィ、いままで苦しかったよね、つらかったよね。自分の気持ちをごまかしたりせずに、あたしにまっすぐに伝えてくれてありがとう」
ひとをうまく慰める方法は知らないけど、魔物との関わり方なら、あたしは十二分にわかっている。あたしは擦り寄ってくるジェラシィの顔を、腕を伸ばしてめいっぱい抱き締めた。
「っジェラシィを宥めて取り入る気……⁉」
「えっと……、そんなつもりはないよ。ただ、あなたの気持ちを、どうにか穏やかにしたかったから」
「それならなんで、ジェラシィに……!」
「あなたと仲のいい魔物は、あなた自身の気持ちそのものだから。あなたのつらい、くるしいって気持ちを食べてすくすく成長した、あなた自身の感情の化身だから」
ジェラシィがくうんくうんと、あたしの言葉を肯定するように鳴いている。
「でも……、ライラちゃんはあたしの慰めなんて要らないよね。それよりもっと、あたしの顔も見たくない? おんなじクラスだから、それはちょっと難しいけど……。できるだけ、ライラちゃんの視界に入らないようにするよ。挨拶も、ちょっとさみしいけどしないでおくね。それで、ライラちゃんの心がすこしでも穏やかになってくれたらいいな」
名残惜しい気持ちを抱きつつ、ジェラシィから手を離して後ずさる。ライラちゃんにむりをさせてまで、あたしは友達をつくる気はないんだ。
「あと、あたしね、できることならライラちゃんにショムの席を譲ってあげたいんだけど……。夢があるんだ。その夢は生徒会でなら叶えられそうな気がするから、やっぱり譲ることはできない……かな」
ごめんね、と謝って頬をかく。
「……っ違うの……!」
ライラちゃんが突然、先ほどまでとは全然違うような、悲痛な声で叫んだ。振り絞るような声に、あたしの決心が揺さぶられる心地がする。
「ちがうの、ぜんぜん、アリスティアさんのことが嫌いとか、そういうんじゃないの……! 散々ひどいこと言っておいてってあなたは思うだろうけど、ちがうんだ……!」
「そう、なの?」
思わぬライラちゃんの言葉に、あたしはぽっかりと口を開く。
「勉強ばっかりでいっつも気が立ってて、親を怒らせないようにって神経質になっている私は、せっかく話しかけてくれる子がいてもひどい対応しかできなくて、小さい頃から私、ずっとひとりだった……! あなたにもそういう態度しかとれなかったのに、アリスティアさんは毎回、私に対して他のクラスメイトと同じように接してくれるから、本当はうれしくてしょうがなかったの……!」
ライラちゃんが力なく地面に座り込む。近寄っていいものかわからなくて、あたしはちらりとジェラシィを見た。ジェラシィは鼻先であたしの背中を押して、ライラちゃんのそばに行かせる。
「でも、でも私、全然素直になれなくてっ。いつも素直で明るいアリスティアさんを見ていると惨めな気持ちになるの……! 私もああいう風になりたいっていうあなたへの憧れが、いつしかなんでああなれないんだっていう焦燥に変わって、いつの間にかこんなに苦しいのはあなたのせいだっていう気持ちにすり替わってた……! あなたへ嫉妬している事実を、認めたくなかったからだと思う……っ」
ライラちゃんの涙が、地面にいくつもシミをつくった。
「わかってるの、生徒会に入れないのはあなたがいてもいなくても関係ないんだって、本当はちゃんとわかってる……! あなたに当たって、ごめんなさい……。ただこの気持ちを、あなたに知ってほしくて……」
涙に濡れた目でライラちゃんがあたしを見上げている。
「うーん……、そっか! まあ、そういうこともあるよね」
あたしはライラちゃんの横に腰を下ろした。そして、覗き込むようにしてライラちゃんの表情を見る。
「それじゃあ、あたしはまたいつもどおりライラちゃんに挨拶していい……ってこと?」
「う、うん」
少しだけ泣き止んだライラちゃんが、鼻を啜りながら小さく、けれど何度も頷く。
「よかった! あなたと話せなくなるのは少し寂しいから」
「っそ、そうなんだ……」
覗き込んだライラちゃんの顔が、なぜだかぽっと赤くなる。
「……明日は、私から挨拶していい、かな……」
「ん? うん、もちろん!」
そんな口約束を交わして、ライラちゃんは魔道具のキャンバスにジェラシィを戻す。大地を震わす大きな魔物から一枚の絵になったジェラシィの表面を撫でて、あたしは寮に戻るというライラちゃんに大きく手を振って別れを告げた。
さて、あたしも生徒会室に戻ろうかな。暮れていく遠くにある太陽をぼんやりと眺めながら歩き出せば、なにやら校舎の影にひとがいるのが見えた。
「……もう済んだの」
「あれっ、会長。なんの話です?」
校舎の壁に背を預けて腕を組んでいる会長は、俯いていることと影の中にいることもあいまって表情が読めない。
「……ナターシャから聞いた。クラスメイトに喧嘩を売られたんだろ、君」
「べつに喧嘩ではないですけど」
会長の真意がわからなくて困惑するあたしは、頬をかきながら会長の次の言葉を待つ。
「また僕は出遅れた……」
会長はそう言って体を起こすと、肩を落としてあたしに背を向けてゆっくりと歩き出してしまった。
「ええ、ちょっと、会長! あたしのこと心配して見に来てくれたんです?」
「ちがう」
あたしは慌てて駆け出して、会長の背中を追いかける。違うなんて言いつつ、会長があたしの追いつけるスピードで歩いてくれていることはわかっている。
「ご心配ありがとうございます、会長!」




