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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅳ章 闇に奸計狩るは梟、誇り高く舞うは鳩

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 4.娼婦の品位、鳩の真意 −1−


 家財道具はもちろんのこと、採光窓すらない、ただ石壁を四角く切り抜いただけの鉄格子で隔離されたその空間は――。

 実際に見聞きしたことが無かったとしても、入れられた人間に、それが牢獄だと否応なく認識させただろう。


 ……マールとサヴィナが閉じ込められたのは、そんな、この上なく牢らしい牢だった。


 数時間前、外に遊びに出ていたサヴィナの弟たちがそろそろ帰ってくるかという頃。

 夕食の用意をしていたところへ、突然押し入ってきた傭兵のような身なりの男たちに馬車に押し込められ――2人はここへ連れてこられたのだ。


 以来、ずっと2人には見張りが付いていたのだが……2人がしおらしくして特に抗う様子が見えないからか、他にすることがあるからなのか。

 今はその見張りも姿を見せず、押し黙った2人を、通路の松明が爆ぜる音とカビ臭い空気だけが包んでいた。


 やがて……1人静かに立ち上がったマールは、鉄格子の間から顔を覗かせて通路に完全に人気が無いのを確かめてから……。

 改めて、サヴィナの前にぺたんと座り込み――頭を下げる。


「ごめんなさい、サヴィナさん。あなたまで巻き込んでしまって」


 王女である自分を連れ出しに来たと男たちが告げたとき――ヘタな抵抗はせず、サヴィナのことを、自分の世話役なのでともに連れて行くようにと進言したのは、他ならないマール自身だった。

 サヴィナもとっさにその言動に合わせてくれたものの……こんな事態になって内心は穏やかではないだろうと、彼女はずっと憂えていたのだ。


 しかし、当のサヴィナは――怒りも悲しみもせず、一見していつもと変わらない調子で首を横に振った。


「謝ることじゃないわ。

 あの男たちにとっては本来なら用無しで、すぐにも殺されていたかも知れないわたしを助けるために、機転を利かせてくれたんでしょう?

 ……だからむしろ、こっちがお礼を言わなきゃいけないぐらい」


「でも……」


 マールは俯く。

 そもそも、自分が厚意に甘えてサヴィナのもとに厄介になったりしなければ、こんなことにはならなかったのだ――という、自責の念が拭えない。


「……こら」


 唐突にサヴィナが、ぺちんと軽くマールの頬を叩いた。

 そして、驚きに丸くなった青い目を、顔を両手で包んで真っ正面から見据える。


「今、自分が関わったせいだとか、つまんないこと考えたでしょ。

 ……マールちゃん、あんまりわたしを見くびらないでよ?

 もちろん厄介事が好きなんてわけじゃないけど……巻き込まれるのが嫌で、それも人のせいにするぐらいなら、初めから王族とか地回りみたいなややこしい出自の人間と付き合ってないわ。

 わたしたち下町の貧しい人間はね……とにかく、まず自分一人の力で生きていこうとしなきゃいけないし、それぐらいでなきゃ実際生きていけない。

 でもね、だからこそかな……他人との縁がどれだけ大事かっていうのも、良く分かってるのよ。どう頑張ったって、結局人間、一人で生きてるわけじゃないからね。

 だから、自分を責めるのはよしなさい。言ってしまえばそれは、わたしの覚悟を侮辱してるみたいなものなんだから。

 ……あなたなら、分かるでしょう?」


 実の妹を諭すように、真剣な思いを紡ぐサヴィナ。


 それを真っ直ぐに受け止めて、反省し、自らの浅慮を恥ずかしく思いながら……しかしマールは嬉しい、とも感じていた。

 サヴィナが言葉通りに、自分との縁を軽んじず、一個の人間として間違いを正そうとしてくれる、その姿勢に触れて。


「……分かります。ありがとう――サヴィナさん」


 だから、マールは謝るのではなく、礼を言った。

 その方が相応しいと感じるままに。


 ……果たしてサヴィナは、そんな想いもまとめて酌み取ったのだろう。

 よし、といかにも年上ぶった頷きを返し、パッと両手を離してマールの顔を解放した。


 まさかこんな風に言ってもらえるとは思わなかったマールは、一つ肩の荷が下りたような気にもなる。

 しかしこの状況下である、当然心配事が無くなったわけではない。

 いやむしろ、こうしてより好感を抱いたからこそ、さらに不安が膨らむ問題があった。


 ……それは、サヴィナ自身の処遇の問題だ。

 本来であれば用が無いはずの彼女は、相手の気の向くまま、もしくはマールを利用するため、どんな目にも遭わされる可能性があり――。

 そしてそれは、あるいはすんなりと殺されていた方がマシだった、というほどに苛烈なものかも知れないからだ。


 それを考えると、やはり表情は晴れない。

 ヘタに口に出せば、当事者のサヴィナを必要以上に不安がらせるだろうからと、せめて余計なことは言わないでおこうとするマールだが……。

 サヴィナはそんなマールの、思いやりというよりむしろ悪あがきに近い気持ちも察したのだろう、逆に励まそうとするように、苦笑交じりに今度はマールの手を取った。


「……まあ、ねえ。

 どいつもこいつも、いかにも女に不自由しそうな品の無い奴らだったから、これ幸いとタダで相手をさせられるかも知れないけど――うん、まあ、仕事の延長みたいなものよ。

 ……だから、大丈夫」


「サヴィナさん……」


 サヴィナの扱いについて、女としての価値を見出すというのは、一番に考えられることだった。

 そして、娼婦という仕事の実際を当然知る由もないマールだが、同じ女として、だからといってそんな簡単に割り切れるものでもないだろうと、つい心配の色を深めてしまう。

 もしこれが、マールだけでなく自分自身をも励ますための空元気だとしたら、むしろそれに乗っからなくてはならないのに――とも思いながら。


 しかしサヴィナは、柔らかく微笑んで、もう一度「大丈夫」と繰り返した。


 その確かな口調と表情、そして握った手から伝わる力強さは……それが空元気などでなく事実として信じていることなのだと、マールに訴えかけていた。




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