3.雪は黒く空より
自分たちとは別にやってもらうことがある――そう言いおいて、レオはアスパルを呼び、考えを伝える。
「今から……そうだな、3時間後。深夜0時に、街道を見回っている警備隊の数人を神殿の正面に向かわせろ。
何やら急ぎの様子で駆け込んでいく馬車を見たという通報を受けたが、何か問題でも起こったのか――と。
神殿側の人間は門前で、何も無いの一点張りで通すだろうが……〈聖柱祭〉を前にして、皇国の残党の動きを警戒しているとかもっともらしい理由を付けて、しばらく押し問答させるんだ。
武器は使わず、口論だけで良い。相手が激して腕力に訴えようとするようなら、無理せずさっさと退いて構わない。ただそれだけでいい。
……出来るな?」
僅かな時間考えたあと、アスパルは頷く。
「時間的には厳しいですが……信頼出来る者によく言い含め、伝令に立てれば、何とか。
しかし……それだけで良いのですか?」
「充分だ。あとは例年通りに〈聖柱祭〉の準備をしていろ――何事もなかったように、平静を保ってな。
それはそれで難しいことだろうが、国の一大祭事を蔑ろにするような失態を犯したら、それこそ僕たちの努力も水の泡になる」
「……仰せの通りです。
では、こちらはこちらで、本来行うべきことを滞りなく進めておきます」
「任せる。……ああ、それから――」
指示も出し、早速行動に移ろうとしていたレオだったが……。
たっぷりの皮肉を込めた眼差しで、ちらりと、一度だけ肩越しに父王を振り返った。
「そこの年寄りが、粋がって今夜みたいな無茶をしないよう……監視もしっかりな」
「さて、2人が閉じ込められてるのはどの辺りだと思う?」
「そうだな……」
物見塔の頂上から、遠眼鏡を覗いたまま……レオは思考を巡らせる。
過去、外敵の侵入を防ぐのに大いに役立ったことから、〈聖盾の丘〉という名を冠する険峻な丘陵地帯にそびえるディアリス神殿――。
敷地内には、参拝のための本殿以外に、参拝者や客人が使うらしい宿舎や、神官の居住棟らしい大きな建物を備え、それらが、その造り自体に宗教的な意味を持たせたような、独特の造りの庭園と回廊によって結ばれている。
「本殿や宿舎は、後から建て増しされた新しい建物だ。
その上、今日は適当な理由を付けて締め出したとしても、普段はバシリア家とは関係の無いただの参拝者も利用するわけだから……万が一そうした人間の目に付く可能性もあるとなると、わざわざそんなところに、牢として使うような部屋を設けているとは考えにくい。
そうなると……やっぱり本命はあの居住棟か。
もとからあった城砦跡を利用した堅牢な造りだし、それだけに、人を閉じ込めるような場所には事欠かないだろう。
無関係の人間が近寄ることもないから、秘匿性も高いしな」
「もっともな意見だが、その裏をかいて本殿で神サマの足下にでも括り付けられてる――って可能性もあるぜ?」
「1日だけ拘束してればいい、ってのならそれでもいいかも知れないが。
あっさり殺したりせず、わざわざ連れ去ったってことは、〈聖柱祭〉の無断欠席以外に何か用があるってことだろう?
それがどれだけ長引く類のものかは分からないが、参拝者だっていつまでも締め出してるわけにはいかないんだ……腰を落ち着けて差し向かいで話が出来る場所を確保しようとするんじゃないか?」
「……ふむ、よしよし。
いつぞやと違って、今回はキッチリ冷静でいるみたいだな。安心したぜ」
ニヤリと含みをもたせた笑みを向けるロウガを、一瞬だけ遠眼鏡から外した眼で一睨みして……レオはすぐさま、神殿の監視に戻る。
「……一応、一つの踏ん切りはつけたからな……」
「あん? 何か言ったか?」
微かに呟いた独り言に反応したロウガに、レオは抑揚の無い声で「別に」と返す。
そうしながら彼は……神殿正門への山道を上っていく警備隊の一団があるのを見つけた。
「――来たぞ、ロウガ。僕らも準備しよう」
「よしきた。
……そら、こっち、お前の分な」
ロウガがそう言って床の上から持ち上げたのは――。
羽を広げた蝙蝠を思わせる、黒く塗られた紙と木枠で出来た大きな凧だった。
「あそこまでだと、滑空距離に大して余裕は無いぞ。
着陸する場所の見当もつけたか?」
凧の1つをレオに渡し、塔の際まで行ったロウガは、レオにそんな問いを投げかけながら……凧に繋がる長い縄の端を遙か下方へ投げ落とす。
「東側、居住棟に接して大きな池があるだろう? あそこだ。
凧をすぐ沈められるし、場所がら生活用水にも使っているはずだから、侵入路もある」
闇の中を指差してレオが答えると、ロウガも確認したらしく頷いた。
「妥当なとこだな。
……じゃあ、首尾よく2人を助けたとして、どう逃げる?」
「北側に厩舎があった。
時間も無いんだ、それを使おう」
レオの言わんとしていることをすぐに悟ったロウガは、愉しげに片頬を吊り上げた。
「王子サマの乗馬技術で大丈夫かねえ?」
「心配するな、じゃじゃ馬の相手ならお前より慣れてる」
「ふふん、結構結構」
言って、ロウガは鋭く指笛を吹く。
――塔の下で待ち構えている仲間への合図だ。
その仲間たちの役目は、再度の合図を受け次第、凧に繋がる縄を括り付けた馬に鞭を入れて、丘を駆け下らせるというものだった。
そうして風を受けて凧が揚力を得たところで――レオたち自身も飛び出し、時機を見計らって縄を切り離すのだ。
「……さて……あとは時を待つだけ、だな」
凧を背負い、いつでも飛び出せるようにしながら……。
真面目とも不真面目ともつかない声色で、ロウガはそう呟いた。




