第三十話 ホワイトボディーガード
エリックは決して弱くはないんです。ただ僕が滅茶苦茶やってるせいで、強さが感じられないだけなんです。自分の引き出しの浅さが恨めしい…
エリック・アンダーソンは、イライラしながら街を歩いていた。せっかく参加した強化合宿。なのに、得られるものが何もなかったからである。自分が知っている中で力を得た、成長したのはレスティーだけ。だが、自分は何もなし。ビャクオウの能力をフル活用すれば、メイカーだって倒せた。ダゴンとヒュドラさえ簡単な策に引っ掛かり、何の手応えも感じることなく倒せてしまった。つまり、全力を出すほどの相手がいなかったのだ。
(こんなことでは…)
木林影斗やミレイヌを倒すことはできない。もっともっと強い相手と戦う必要がある。もっともっと、腕を磨く必要がある。どうすればそれができるかを、エリックはイライラしながら考えていた。街を歩いているのは気晴らしのためだ。こうでもしないと落ち着かない。そこへ、
「エリック!」
自分を呼ぶ声が聞こえたので、振り向いた。見ると、ゲイルとアンジェ、それから狩谷と空子が駆け寄ってくるのが見える。
「あなた達ですか。」
エリックは不機嫌そうに言った。ちなみに狩谷と空子は夏休みの終わりが近いから残り、レスティーは闇影武装を修得できたことを報告するため実家に帰っている。
「どうしたのこんな所で?」
アンジェはエリックがいる理由を尋ねた。
「…特に何もありませんよ。第一、私がどこで何をしていようと、あなた達には関係ないじゃないですか。」
「そうだな。ただ目に入ったから声を掛けただけだ」
「それだけですか?だったらもう行って下さい。今はあなた達と一緒にいたくありません」
ゲイルが自分がエリックに声を掛けた理由を言うと、エリックは顔を背けて歩き出す。
「…あいついつも以上に素っ気なねぇなぁ…」
「ゲイル、もういい加減エリックと関わるのはやめましょ?なんかトラブルに巻き込まれそうで怖いし。」
狩谷は相変わらず社交性ゼロなエリックに呆れ、空子はエリックと関係を持とうとするゲイルに、手を引くよう言った。
「…」
ゲイルは答えず、黙ってエリックを見送っている。
「まったく、どうしてこうも彼らと鉢合わせるのでしょうか…」
文句を言いながら歩くエリック。その時、
エリックに一人の少女がぶつかってきた。
それを受け止めるエリック。が、これは少女が転倒しないように助けるため、ではなく、ただ単にぶつかられた時の衝撃を和らげるためだ。無理矢理跳ね返すより受け止めた方が、衝撃は小さい。少女を受け止めたエリックは早急に少女を離し、また歩き出そうとする。しかし、ぶつかってきた少女はエリックの背後に隠れ、その白いコートにしがみついた。
「何ですかあなたは?服が汚れるので離れて下さ」
「追われてるの!話を合わせて!」
「…は?」
エリックが全部言い終わる前に少女が言い、また少女が言ったことの意味を聞き返す前に、黒服の男達がやって来て二人を取り囲んだ。
「捜しましたよ皐さん。」
間もなくして、一人の少年が来る。見た目はエリックと同じくらいの歳で、どことなく嫌な、金持ちのボンボンのような感じのする少年だ。エリックが気付かれないように後ろを見てみると、皐と呼ばれた少女も年齢は変わらないといったように見えた。
「すいませんねそちらの方。彼女、僕の婚約者なんですが昔から少々やんちゃが過ぎまして、捜してたんです。」
エリックに話し掛ける少年。すると、
「残念だけど喪無さん。私もうこの方とお付き合いしてるの」
皐はエリックの左腕にしがみつき、身を乗り出して喪無というらしい少年に言い返した。
「何だって?」
言われたことが信じられないといった感じで聞き返す喪無。
「ですから、私はもうこの方とお付き合いしていると言ったんです。あなたとは付き合えません」
「…」
同じことを皐に言われて、喪無は何かを考えるように黙る。数秒後、
「…いくら何でも、そんな話は信用できないよ。どう考えてもウソだろう?」
「…」
案の定ウソだということがバレて、今度は皐が黙った。
(なるほど、そういうことですか)
一方エリックは、自分がどういう状況に巻き込まれているのかを理解した。皐という少女はこの喪無という男から逃げており、当然戻りたくない。そして、逃げ切るための手段としてエリックを利用している。恋人ということにして。
(やれやれ…)
自分は恋人でも何でもないと言って皐を返せば、この問題は解決する。しかし、ただ返したのではエリックにとって何の利益にもならないし、いい思いをするのは喪無一人だけ。実はエリックから見て、喪無は気に入らない存在だ。何が気に入らないかというと、目と態度だ。目の前のエリックをゴミか何かとしてしか見ていないという思考が、彼の視線からひしひしと伝わってきた。態度なんかはエリックそっくりだ。この二つが気に入らない。磁石のS極とN極の同じ極をくっ付けようとすると反発するような感じで、エリックは今ものすごい不快感を味わっていた。そこで彼は考える。利益を取りつつ喪無の鼻をあかしてやるには、どんな方法を取ればいいかを。それは以外と簡単に見つかった。本当に簡単だ。
「ウソではありませんよ。」
ウソを本当にしてしまえばいい。
「私は少し前から彼女とお付き合いしている、エリック・アンダーソンと申します。以後、お見知り置きを。」
笑顔で挨拶するエリック。表情の変化は得意だ。
「お、おいおい。無理してそんなウソに付き合うことはないんだよ?」
「いえいえとんでもありません。ウソなんかじゃなく、私達は本当に愛し合っているんですよ。ねぇ皐さん?」
「え、えぇ…」
今すぐ喪無を八つ裂きにしたいという殺人衝動を抑えつつ、演技をするエリック。そんな心中を察したのか、皐は少し戸惑いながらもちゃんと演技に付き合ってくれる。
その頃、この光景を見ていたゲイル達は、口を開けて唖然としていた。状況をずっと見ていた彼らは、エリックのアレが演技であると見抜いていたのだが、いくら演技とはいえよくもまぁエリックの口からあんな言葉が自然に出てくるものだと驚いていたのだ。
「これ、どうなるんだろう…」
アンジェは率直な疑問を呟いたが、そんなことがわかるはずはない。全て、喪無の出方次第だ。
「…ふん。じゃあ君は彼女の趣味を知っているのかい?好きな食べ物や、嫌いな遊びとかも、全部!答えられなきゃ愛し合っているとは言えないぞ!」
質問する喪無。皐は質問の内容に焦っていた。エリックとは今会ったばかりで、互いのことなど知るはずもない。こっそり教えようにも、黒服達が見張っているのでできない。どうしようかと焦る。すると、
「知りません。」
エリックはそう答えた。終わった、と絶望する皐。
「ほら見ろ!やっぱりウソだったじゃないか!」
勝ち誇る喪無。が、
「それで?」
勝負はまだ着いていなかった。
「…え?」
「彼女の趣味を知らないだけで、どうして恋人ではないと言えるんですか?」
逆に質問するエリック。
「そ、それは、恋人なら知ってて当たり前だからに決まっているじゃないか!」
「なぜ当たり前なのです?昨日知り合ったばかりの恋人が、互いの全てを理解できると思いますか?一時間前、一分前に恋人になった二人が?恋とはいつするものかわかりません。いつ恋人になるかなんて、誰にもわかりません。恋人になった直後に割り込んでこられては、そんな質問に答えられるはずありませんよねぇ?」
「うっ…」
エリックからの質問攻めに、喪無は言葉が詰まってしまう。しかし、諦め悪く喪無は挑んだ。
「で、でも僕達は婚約者同士なんだ!僕の方が早い!」
「それは双方の同意の上で、ですか?互いの同意を得ていなければ、立場だけ決まっていても意味がありませんよ。式はまだなのでしょう?彼女は式に出たがっていないのでしょう?」
「…そ、そうだ…」
「なら合意を得ている分、私の方が早いですよね?」
「う、ううっ…!!」
喪無は完全に焦っている。
「あなたは私を邪魔者だと思っているかもしれませんが、私からすればあなたの方が邪魔です。あなたに私達の愛を阻む権利はないのですから、さっさと失せなさい。」
「くっ…くぅぅ…!!」
とどめを刺された。逆上した喪無は黒服達に命じて無理矢理にでも皐を奪おうと考えたが、ここではさすがに人目が多すぎる。なので、
「…お前達!帰るぞ!」
仕方なく引き上げていった。
「…ふぅ…」
敵が退却したのを確認したエリックは、一息つく。そこへ、ゲイル達が駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「何だ、まだいたんですか。」
ゲイルの気遣いに、エリックは素っ気なく返す。
「あの、あなたのご友人ですか?」
「同僚であるだけです。友人などと…」
「し、失礼しました!」
皐はエリックの機嫌を損ねてしまったと思い、謝った。
「先ほどは助けて頂いて、ありがとうございました。」
「構いませんよ。それより、今の方とあなたとの関係を教えてもらいたいのですが…」
「…そうですね…あんなことになったら、もう無関係ではありませんし…」
皐はエリックの要求通り、自分と喪無の関係を話した。
彼女の名前は、嵐山皐。嵐山財閥という財閥の社長の一人娘だ。嵐山財閥は鬼宝院グループほど大きな企業ではないが、それなりに名が知られている。現在はさらなる企業の拡大を目指して様々な手段を画策中であり、そのための一つとして、喪無財団との政略結婚を行おうとしていた。先ほど尻尾を巻いて逃げていった男はその喪無財団の一人息子、喪無厄である。
「私も最初は仕方ないことと思って承諾しました。でもいざ会ってみると…」
厄は皐にとって生理的に無理な人種であることが明らかとなり、父に結婚の約束を取り消してもらうよう言った。父も娘の願いは尊重しようという思いがあったのか、皐の言葉を聞き入れ、喪無財団に結婚についての決め事を取り消してもらうよう申請し、喪無財団の社長も承諾したので、この話はなかったことになるはず、だった。
ところが厄は皐のことをとても気に入ったらしく、両者の社長の婚約解消を断固拒否。以来ストーカーのごとく付きまとい、無理矢理にでも皐と結婚しようとしているのだという。
「うわ…」
「最低ね、それ…」
アンジェと空子の女性陣は厄の気持ち悪さに生理的嫌悪を覚え、
「引くわ~…マジ引くわ~そいつ…」
狩谷は顔色を悪くし、ゲイルは無言で顔をしかめていた。今まだ彼女は未成年だから結婚までこぎつけていないが、成年になったらどんなことになるか…。
「何か、喪無さんを諦めさせる方法があればいいんだけど…」
厄は陰湿で執念深く、欲しいと思ったものはどんな手段を使ってでも必ず手に入れる性格だそうで、皐もそんな彼を諦めさせる方法をずっと考えてきた。今回の恋人作戦さえ、実は前に使った作戦なのである。しかし厄は諦めることなく、皐が付き合っていた男性を皐から引き離してしまった。今回もそうするだろう。と、
「…でしたら、いい方法があります。」
発言するエリック。彼がその前に小さく口の端を吊り上げたのは、誰も気付かなかった。
「あるのか?話を聞いてる限りじゃ、相当しつこそうなやつだけどよ。」
エリックの作戦が気になって尋ねる狩谷。エリックは皐に言った。
「あなたが自分にとって絶対に手の届かない存在だと認識すれば、いくらしつこかろうと諦めるしかありません。」
「…そうですね。しかしどうすれば…」
「簡単です。ボディーガードを雇えばいいんですよ」
強力なボディーガードを雇って守らせれば、まず手が出せない。だが、
「…その方法は前にも試しました。でも、駄目だったんです。」
皐は以前に、十数人単位でボディーガードを雇って自分を守らせた。それらのボディーガードは全て厄の策略で何かトラウマを植え付けられ、やはり辞めさせられてしまったのだ。
「並みのボディーガードならそうなるでしょう。しかし、私は違います。」
「?どう違うんですか?」
「私はヘブンズエデンの訓練生なんです。」
「!」
驚き両手で口を覆う皐。ヘブンズエデンが人知を超えた実力者達の溜まり場だということは知っているし、もしそこの訓練生をボディーガードとして雇えたら…。
「物は相談ですが、私を雇ってみてはいかがで?」
そう思ったところに、エリックは相談を持ち掛けた。
「お願いします!」
皐は頭を下げる。
「ちょっと待って!」
「だったら私達も!」
それを聞いた空子とアンジェは、自分達も雇ってくれるよう頼むが、
「私一人で十分です。」
エリックは一蹴する。
「け、けどよ…!!」
「エリックの実力は訓練生の中でも指折り付きだ。こいつを雇えば何も心配はない」
「お、おい!」
狩谷はエリックを止めようとしたが、なぜかゲイルがエリックを評価し、わざと雇い易いよう推薦した。
「そういうことです。では、早速詳しい話をしに行きましょうか。立ち話もなんですし、そこの喫茶店ででも。」
「はい。」
エリックと皐はボディーガードとして正式な契約を結ぶべく、話ができる場所へと移動する。
「…おいゲイル!どういうつもりだよ!?」
それを見送ってから、狩谷はゲイルに詰め寄った。
「どうもこうもない。実際あいつの実力は確かだし、喪無厄はまだエリックを恋人だと勘違いしている。ボディーガードとして雇うなら、あいつ以上の適任はいない。」
「そうかもしれないけど…!!」
「お前、俺達が入学した時、あいつがしたことを忘れたのか!?」
「…」
空子と狩谷に言われて、ゲイルは思い出す。
それは、ゲイル達がヘブンズエデンに入学した日。入学式が終わって、各クラスで生徒と教師の自己紹介が行われていた時のことだった。一人一人が席を立って自己紹介し、エリックの番になって彼が立った時、笑った者がいた。エリックは髪も肌も服も真っ白で、とても目立つ。あまりにも目立ちすぎるその外見が逆におかしくなり、笑ってしまったのだ。次の瞬間、エリックは支給されたばかりのホワイトスイーパーを取り、その訓練生を撃った。当然だがヘブンズエデンでは、支給される武器の種類や数、届けられる日を自由に選ぶことができる。エリックの場合は入学式の日の、入学式が始まる前から届くよう申請しており、だから他の訓練生よりも早く武器を持っていたのだ。撃たれた訓練生はまだ武器を支給されておらず、それから始まったエリックの猛攻を抵抗できないまま受け続け、殺されかけた。防砲服だけは着ていたこととメイリンによる制止が速かったおかげで訓練生は助かったが、エリックはそのクラスにいる者全てに強烈なインパクトを叩き込んだのである。
「忘れるはずがない。自分を侮辱する者、自分に刃向かう者には決して容赦しないというあいつの性格を、明確に認識した瞬間だった。」
「だったら不安になんねーのかよ!?あいつに任せて、死体の山ができたりなんかしないかって!さっきもエリックが黒服連中を皆殺しにしねぇか、ハラハラして見てたんだぜ!」
狩谷はエリックの戦闘能力は信頼していたが、人間性は全く信頼していない。入学日の時の経験もあって、エリックには人目がどうとかそういうことは全く関係ないということがわかったのだ。つまり、あの時点でもう厄や取り巻きの黒服達を殺していてもおかしくはなかった。だが、ゲイルは言う。
「そうだな。だが、奴も傭兵であることに変わりはない。雇い主が相手を殺すなと命令すれば、それに従うしかない。自分の傭兵としての信用を落とすことは、避けたいだろうからな。」
「じゃあ、あの皐っていう人が、エリックに人殺しをしないよう命令するのを、信じるしかないっていうの?」
「それしかない。もう俺達にどうこうできる話じゃないからな」
ゲイルは皐の、雇い主としての人格に賭けた。アンジェは少し心配だったが、ゲイルが言うならと、この問題は終わりにした。
「ったく、あいつはよく面倒を起こすよなぁ…」
げんなりする狩谷。
「もうあたし達に関わらないで!って言えたらどんなに楽かしら…」
空子は自分の中の素直な気持ちを呟くが、それをエリックには言えない。言ったら間違いなく殺される。本当に、ゲイルは厄介な相手と関係を持ってしまったのだった。
*
その後、皐はエリックを正式にボディーガードとして採用した。
「でも、できる限り人は殺さないで下さい。」
「なぜです?彼はずっと前から邪魔だったんでしょう?ならこの際始末すれば…」
「それでもです。怪我人や死人が出ずに済むなら、それに越したことはありません。確かに喪無さんについてはもううんざりですが、殺すほどではないんです。」
「…わかりました。では一人も死なせることなく、あなたのボディーガードをやり切ってみせましょう。」
エリックは承諾した。
(…まぁ、予想通りでしたね)
また誰にも気付かれないよう、小さくほくそ笑む。
彼の目的は皐のボディーガードとして接触し、依頼金をもらうこと。それなりの企業の娘なので、かなりの報酬を約束できた。あとは今までこなしてきた数多の任務のように、やり通すだけだ。
(とはいえ、あまり長く付き合うのも考えものです。今日一日でケリを着けたいところですね)
自分をボディーガードとして雇わせることから、人殺しをしないよう命令されることまで、全て計画通り。しかし、まだ計画は終わっていない。すぐに終わる任務なら、すぐに終わらせるのがエリックのポリシーだ。
「ところで、この問題は一刻も早く片付けたいんですよね?実は一日で…いや、今すぐ片付ける方法があるんです。」
「本当ですか!?」
「はい。ただし、少々リスキーな策です。あなたも危険に巻き込んでしまうのですが…それでも聞きますか?」
普通だったら、こんな話は絶対に呑んでもらえない。普通だったら、だが。
「…聞かせて下さい。」
そう、今の皐は普通の状態ではない。厄によって、精神的にかなり追い詰められている状態だ。人間という生き物はどんな小さな苦痛からも、すぐに逃れたくなる。心が成熟しきっていない未成年なら、なおさらだ。
(やはり餓鬼だな)
心中皐を嘲るエリック。所詮は温室育ち。自分と同じになりはしない。そう思いながら、エリックは自分が考えた作戦について説明した。
街を歩く皐とエリック。その時、
「またお会いしましたね。」
再び黒服の男達が二人を取り囲み、それから厄が姿を現した。
「何の用ですか?私はエリックさんとのデートで忙しいんですけど。」
皐はエリックの腕に抱きつく。
「確かに忙しそうだ。でもね、忙しいのは…」
それを見ていた厄は、不敵な笑みを崩さないまま、右手を上げて、指を鳴らした。
「僕も同じなんですよ!」
すると、黒服達が一斉に襲い掛かってくる。
「失礼。」
「えっ?きゃっ!」
しかしそれより速くエリックが皐を抱き上げ、真上目掛けて放り投げた。
「ふんっ!おおっ!」
皐を空中という安全圏に逃がしたエリックは、右から来た黒服のみぞおちに拳を叩き込み、左から来た黒服の胸板に三連発の拳を喰らわせてから、
「はっ!」
背後の黒服二人をまとめて蹴り飛ばす。その勢いのまま、正面から来た黒服二人も蹴り飛ばして、皐をキャッチした。
「怯むな!行け!」
厄が命令すると新たに三人の黒服が現れ、今倒した連中も体勢を立て直そうとしている。
「下がっていなさい!」
「はいっ!」
エリックは皐を降ろして下がらせた。そこからまた、交戦状態に入る。殺さないよう命令されているせいでうまく加減できないのか、黒服達は倒れこそするものの、戦闘不能にはならない。その時、
「きゃあっ!」
黒服の一人が皐を捕らえ、厄のもとまで連れてきた。
「よし、引き上げるぞ!」
再び命令を下す厄。すると、別の黒服がスモークグレネードを取り出してエリックに投げつけ、厄は皐を連れて黒服達と一緒に引き上げていった。煙が晴れてからエリックはコートを軽く手で払い、それから何かの機械を取り出す。
「…揃いも揃って馬鹿ばかり…」
機械にはレーダーのような映像が映し出されており、一つの発光する点が移動していた。
*
時刻はもう夜。
厄と皐は、喪無家の別荘の一つに来ていた。屋敷は周辺も内部も数十人に及ぶ黒服や兵士達が防備を固めており、人の子一人入れない厳戒体勢だ。
「私をどうするつもり!?」
「知っているでしょう?僕は欲しいものならどんな手を使ってでも手に入れるって。」
厄は部屋の壁の中に隠してあった金庫を開け、金庫にしまってあった何かを取り出す。
「それは…指輪…!?」
皐の目には、それが機械でできた指輪にしか見えなかった。
「これは僕が極秘で作らせておいたマインドコントロール装置。これをつけられた者はつけた者に生涯の愛を誓い、決して逆らうことはない。まぁ、少し早めの婚約指輪といったところですよ。」
厄がスイッチらしき小さなボタンを押す。
「こ、こんなことして無理矢理私を手に入れても、何の意味もないわ!」
ゆっくりと後ろに下がりながら、厄を説得しようとする皐。
「わかってないなぁ。その無理矢理がいいんじゃないか」
しかし、厄は考えを改めることなく、皐の速度に合わせてゆっくりと距離を詰めていく。
「僕は今までいろんなものを僕のものにしてきた。欲しいペットだってね…あの時は本当に面白かったなぁ、必死で嫌がりながらも、結局は僕のものになるしかないんだから。もちろん、人間を僕のものにするのは今回が初めてだ。君のその反応…すごくそそられているよ」
この男、最低である。
「嫌!来ないで!!」
嫌がって首を横に振る皐。
次の瞬間、
「欲しいものは必ず手に入れる。まぁ、当然の話ですね。あなたは少々強引すぎますが」
鍵の掛かったドアを蹴破って、エリックが入ってきた。
「エリックさん!!」
皐は喜んで駆け寄る。一方、厄は驚き焦っていた。
「お前、何でここに!?警備の連中はどうした!?」
「順番に答えましょう。皐さん、あれを。」
「は、はい!」
エリックに促された皐は服のポケットから、小さな丸い機械を取り出してエリックに渡した。
「発信器です。」
見せびらかすようにして言うエリック。
ここで、エリックが皐に説明した作戦について解説する。エリックは厄が皐を諦めず、今日中にまた何らかの干渉をしてくるということがわかっていた。厄の干渉にその都度対応していくという選択肢はもちろんあったが、それだと厄が諦めるまで撃退し続けなければならないので、いつそれが終わるかわからない。そこでエリックはわざと皐を誘拐させ、厄本人を叩くという作戦を考案した。そのため皐に発信器を持たせ、厄が引き連れている黒服達に苦戦しているふりをして、皐を誘拐させる。あとは発信器で厄のアジトを突き止めて殴り込むだけだ。
「それからここを守っていたあなたの部下ですが、全員始末しました。無論彼女の命令通り、殺してはいません。」
「ば、馬鹿な!!九十四人もいたんだぞ!?それに、戦っている音なんて全然聞こえなかった!!たった数人相手にも苦戦していたお前が、しかもこんなに静かに全滅させるなんて…!!」
信じられなかった。エリックはうろたえる厄を見てため息をつき、言う。
「だからあの時は手を抜いていたと言ったではありませんか。私がその気になればこれくらい、簡単なことですよ。」
彼ならビャクオウに変身しなくても、色彩のアーミースキルを使えば、九十人くらい武器なしで気付かれずに全滅させられる。いや、武器を使っていなかったおかげで、余計な死人や怪我人を出さずに済んだというところか。
「わがままもいい加減にしておかないと、痛い目を見ることになりますよ?」
そして、今ようやくホワイトスイーパーを出したエリックは厄に急速接近して指輪を叩き落とし、撃ち抜いて完全に破壊した。
「…まだだ…まだ終わっていない!!」
しかし、力の差を見せつけられても厄が屈することはなく、自分の背後の壁に隠してあったスイッチを押した。すると、厄の目の前の床が左右に開き、何かが上がってくる。出てきたのは、人間サイズのロボットだった。
「この別荘の警備ロボット、喪無スペシャルだ!!お前が戦った兵士の十倍は強いぞ!!」
「何とセンスのないネーミング…」
「うるさい!!やれ、喪無スペシャル!!」
厄に喪無スペシャルと呼ばれたロボットは、エリックに襲い掛かってきた。
「やれやれ…ビャクオウ、始動。」
エリックは慌てることなくビャクオウに変身し、喪無スペシャルの両腕と両足の関節を撃ち抜く。手足の自由を失って膝を付いた喪無スペシャル。
「エンドオブファンタズマ!!」
だが容赦など全くしないビャクオウは、エンドオブファンタズマで喪無スペシャルを脳天から両断して倒した。
「そ、そんな…嘘だ…」
厄はさらなる力の差を見せつけられ、だらしなく座り込む。
「残念ながら事実ですよ。あなたの負けです」
ビャクオウは座り込んだ厄の頭を掴んだ。
「んひっ!!ぎゃあっ!!」
厄は一瞬ビクッと反応し、それっきり動かなくなる。どうやら、気絶したようだ。
「あの…その姿は…?…彼に何をしたんですか…?」
「この姿については企業秘密です。彼には、簡単なおまじないをしました。もう二度と、あなたに迫ることはありません。」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。私は雇い主を裏切りません」
ビャクオウは恐る恐る尋ねてきた皐に淡々と返して、変身を解いた。今エリックは、厄にイリュージョンナイトメアを使った。以前エドガーから聞かされた話なのだが、相手の精神に直接作用するこの能力は一種のマインドコントロールでもあるため、対象の性格や人格を変えることも可能らしい。ただし、効果が持続するのはエリックが能力を使っている間だけ。永続的に持たせるには、相手の精神力が極限まで弱った状態を狙って、深く幻覚を浸透させなければならない。皐を拐おうとしてきた段階で厄を倒さずわざわざアジトまで泳がせたのは、逃げ場を奪うため。さらに厄に気付かれることなく警備を全滅させて突然現れることにより、完全に退路を断つ。ロボットが隠されていたことははっきり言って予想外だったが、結果的に厄の精神を追い詰めるのに貢献してくれた。エリックはイリュージョンナイトメアを使って、厄を善良な性格の持ち主にしたので、もう皐に付きまとうことはないだろう。
「これで仕事は終わりです。依頼金は、私が教えた口座に振り込んでおいてください」
「…はい…」
「家まで送りましょうか?」
「いえ、タクシーにでも乗って帰ります。」
「そうですか。では」
厄が諦めるまでという契約だったので、それが果たされた今、エリックは別れなければならない。スタスタと去っていくエリックを名残惜しそうに見ていた皐は、
「あの…!」
エリックを呼び止めた。
「…何か?」
足を止めて振り返るエリック。皐は彼に聞いた。
「また、会えますか?」
本当に短い間だったが、彼をボディーガードとして雇っている間は、とても楽しかった。だから、また雇いたいと思ったのだ。
「…縁があれば。」
エリックは一言だけそう言って、また歩き出す。
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げる皐。エリックは今度は足を止めず、別荘から出ていった。
*
帰り道。
(君ってさ、ああいう娘がタイプなの?)
突然エリックの頭の中に、ナイアルラトホテップの声が響いた。
(見ていたんですか)
(うん。面白そうだから見てた)
(…まったく…)
(それで、どうなの?)
(…私は異姓というものを意識したことがありません。そういう環境で育ちましたから…)
(…ふーん…)
エリックはナイアルラトホテップとのテレパシーに、まともに取り合わないようにしている。何せ、相手はあのナイアルラトホテップなのだ。人間が破滅していく様を見ることを至上の喜びとする、あの大邪神なのである。隙を見せたら、何をされるかわからない。僅かな会話の内容からでも、弱みを見せるわけにはいかないのである。
(それより、気付いてる?尾けられてるよ)
(わかっています。しばらく黙っていてください)
(…はいはい)
ナイアルラトホテップが沈黙したのを確認し、エリックは立ち止まる。
「出てきたらどうですか?いるのはわかっていますよ。」
すると、
「さすがだなエリック。ハイスクールに通ってるなんて聞いたから、腑抜けになっちまったかと思ったんだが、逆に腕を上げたらしい。」
一人の男が現れた。年齢は、三十代といったところか。
「あなたでしたか、ビリー。」
言いながら、エリックはホワイトスイーパーを出して振り向く。
「おいおい、俺はお前と殺り合いに来たわけじゃねぇんだ。」
「ならどの面を下げて来たんですか?この私の前に。」
「…まだ怒ってんのかよ、あの時のこと。」
ビリー・マクレイテッド。エリックが彼と知り合ったのは三年前。ヘブンズエデンにすら入学していなかった頃だ。ある戦争で、ある王国を守る任務に就いていたエリックは、そこで同じ任務を遂行していたビリーとともに戦った。ビリーは国の王女を逃がす役目を、エリックはしんがりを務め、エリックは二人を逃がすことに成功したのだが、ビリーは王女を逃がすことに失敗し、王女を死なせてしまった。以来エリックは、ビリーのことを激しく憎悪している。
「いい加減仲直りしようぜ。もちろん、タダでとは言わねぇ。仕事の話を持ってきたんだ」
「仕事?」
「ああ。取り分はお前の方が多くて構わねぇ。その代わり、お前の力を貸せ。」
「…」
エリックは答えない。ビリーは続ける。
「お前さえいやぁ、簡単に終わる仕事だ。お前がちょっと手を貸せば、それで大金が手に入る。悪い話じゃねぇはずだ」
エリックは、別に金に困っているわけではない。ヘブンズエデンの任務をこなせば、いくらでももらえる。ついさっきも、一つ任務を達成してきたばかり。ただ、三年前に決別したはずのこの男が、なぜ今になって自分を頼ってきたのかが気になった。
「…聞きましょう。」
エリックの返答を聞いて、ビリーはニヤリと笑う。
「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ。」
そう喜んだビリーを心の中で冷笑しつつ、エリックはビリーの話を聞いた。
これは近いうちにやる長編の伏線です。長編については、また今度。次回は、ギャグ回です。
では、お楽しみに!




