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アイドルみやびはギャンブルがお好き  作者: 西織
第二章 バーチャルアイドルはポーカーフェイス
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カジノ禁止令発令



 笑顔はアイドルの売り物だ。


 本人がプライベートでどんな感情を抱こうと、仕事となれば笑顔を振りまく。

 スマイルはゼロ円ではなく現金だ。

 ファンを喜ばせるためにはまず自分が笑う。辛くても、腹立たしくても、悲しくても、苦しくても、悔しくても、泣きたくても、叫びたくても、嫌々でも、笑うべき時には笑顔を浮かべる。私達はそれで給料をもらっている。


 求められるなら何だってやる。


 笑うし、泣くし、喜ぶし、怒るし、楽しむし、悔しがるし、嬉しがるし、悲しむし、慶ぶし、苦しむし―腹の底を見せるのは計算した上でやるべきで、感情を出すことすらも打算的にする。それが偶像(アイドル)として私達に期待される仕事だ。


 言わばアイドルというのは、ポーカーフェイスが最も重要な職業だ。


 別に交渉事をするわけでもないのに仮面を被る必要があるというのも不思議な話だが、ファンが求めるものは偶像としての私達であり、等身大の生肉ではない。

 生身を晒す上でも加工するのが一種のマナーで、綺麗にラッピングされた精肉をナマモノとして売っているのがアイドル業だ。


 腹の中を探られたのならば、求められているものをお見せし、お客が幻想を常に見せ続ける。


 それはまるで―ポーカーのブラフのように。


 さて、今回はポーカーのお話。

 常にブラフを張り続けているような、仮想空間(バーチャル)のアイドルのお話だ。


 華やかに舞台で踊りながら、実像を掴ませずひらりと躱す。

 あとに残るのはブラフによって隠された凶悪な深い意図だけ。


 美しい一輪の花は、ぱくりと一口人食い花。


 食われないようにするためには、こちらもブラフを張るしか無い。

 だからこれは、キツネとタヌキよりも泥臭い、画面越しの偶像たちの化かし合いである。



 森須プロダクションは小さい芸能事務所だ。

 元は役者の派遣業が主な業務形態で、私達のユニットであるライアーコインがヒットするまでは、規模の大きい仕事はあまりなかった弱小事務所だった。渋谷のビル街にひっそりある事務所は、むしろ味わい深さすら感じる。


 その森須プロダクションを一人で立ち上げたのが、他でもない我らが森須(もりす)有紗(ありさ)社長である。


 森須社長はやり手の女実業家と言った感じで、所属アイドルよりもパワフルな女性だ。もう四十すぎだと言う話なのに毎日精力的に動き回っていて、歳を感じさせないエネルギッシュな感じが、人間としても尊敬できる相手である。


 さてさて。

 十二月に入ったばかりの年の瀬。

今日も今日とて労働に勤しんできた私は、帰社した直後に、我社のボスから呼び出しを受けた。


「一ノ瀬。お前、しばらくカジノ遊び禁止な」


 開口一番だった。

 ここ一週間は本当に忙しく、ライブの準備やらあいさつ回りで休み無しだったので、打ち上げがてら今日はパァッと歌舞伎町にでも遊びに行くか! などと思っていた矢先に、私の悪癖であるカジノ遊びを知る森須社長から直々に、禁止令が交付されてしまった。

 もちろん抗議した。


「どうしてですか、社長! カジノは私の心の栄養なんですよ! いえ、それどころか水も同然です。ご飯を食べなくても七日は生きられますけど、水は三日飲まないと死ぬんですよ。それを奪うなんて、私に餓死しろって言うんですか。なんて薄情な!」

「…………」


 何を言ってるんだこいつは、という顔をされた。

 まあ、私も自分で言いながら、こいつは何を言ってるんだろうとは思うよ。

 社長は頭痛をこらえるように頭を抱えながら、苦々しそうに口を開いた。


「一ノ瀬、お前……本当に分からないのか?」

「とりあえず流れが悪いのは分かります」

「そうか、それは良い。ならついでに、なぜ流れが悪いのかまで考えを巡らせてくれれば、私としては重畳なのだがな」


 え? なにかやらかしたかな、私。

 本気でわからずに首を傾げていると、森須社長は深く深くため息を付いた。


「……一週間前、赤坂のマンションで、違法カジノが摘発されたな」

「ああ、あれですね。怖いですよねー」

「お前、あの日あの店に居ただろ」


 バレてらー。


「や、やだなー。何の証拠があってそんなこと言うんですか? 私が捕まるようなヘマを犯すわけがないじゃないですかー」

「東王テレビの八嶋プロデューサーが、捕まった時にゲロったらしいぞ」

「あのクソオヤジ!」


 私は思わず叫んでしまった。

 なんてことしやがるんだあのハゲ。賭博は現行犯じゃないと逮捕出来ないんだから、直前に去った私は本来なら無関係なのに、余計なことしやがって! 逃げ遅れたのは自分の責任なんだから、人を巻き込まずに一人で沈んで欲しい。


 息巻く私に、社長は呆れたように言う。


「それで、警察が念の為、アリバイの確認を取ってきたんだ。とりあえず『一ノ瀬はその日、レッスン室を二十三時まで使ってました』と言ったら、あっさり引いてくれたよ。本腰入れた様子は無かったから、あくまで確認だったんだろうな」

「社長! 愛してます!」

「やかましいわ」


 私が本心から感謝を口にすると、雑に扱われた。

 ひどい、ぐすん。


「顧客名簿が回収されているそうだが『一ノ瀬みやび』の名前が無い限りは大丈夫のはずだ。ただ、本名の方はマークされた可能性があるだろうな」

「あー、だから、カジノ禁止……」

「現行犯は、まずいって話だ」


 社長は神妙に言う。

 こればかりは納得せざるを得ない。一ノ瀬みやびと一色雅。使い分けているとは言え、並べたらすぐに分かってしまうような違いでしかない。


 所詮は軽犯罪なので本名としてはちょっと前科がつく程度だけれど、ライアーコインが売れた今、一ノ瀬みやびという名前で賭博容疑がかかると大事になりかねない。


「名簿で名前が割れている以上、捕まったら常習性を指摘されるかもしれんしな。賭博は現行犯で罰則自体は軽微だが、常習性があると一気に罪が重くなるらしいじゃないか」

「社長、随分詳しいんですね」

「誰のせいだと思ってる」


 ジロリと睨まれる。どうやら、身内が博奕狂いだから対策のために調べたようだった。

 いやあ、ご迷惑をおかけしますね。


「ひとまずは一ヶ月だな」


 明確に期限を区切って、森須社長は言った。


「せめて年明けまでは違法な場には行くな。悪いことをするなという、小学生でも守れる約束だ」

「でも小学生って、結構大人の目を盗んで悪いことしちゃいますけどね」

「お前は小学生レベルなのか?」


 ブンブンと首を振る。

 よろしい、と森須社長は頷いた。


「どうしても遊びたかったら、パチンコだの競馬だの公営賭博に行くんだな。合法な部分まではガミガミとは言わん。大人の責任の範囲で遊べばいい」

「ちなみに、合法で言えば、海外のカジノに行くのはありですか?」

「今のお前にそんな休みがあるとでも?」


 ねーです。

 二月には冬のアイドルフェスというイベントがあるおかげで、レッスンを含めて私達のスケジュールは充実しているのだ。


 お仕事があるのは大変ありがたいのだけれど、まるで回し車で馬車馬のごとく走るハムスターの気分になるのはなぜだろうか?


 そんなわけで、私の趣味は危機を迎えていた。




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