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ギャンブル放蕩癖


 ここで私のスタンスについて改めて明言しておこう。


 私にとってギャンブルは娯楽であって、それ以上でもそれ以下でもない。博奕でお金を増やそうと思うほどお金には困っていないし、そもそもお金が必要なら本業を頑張ればいいだけの話だ。


 ではなぜ、バレたら本業も危うくなるような闇カジノに通っているのかと言えば、そんなもの、娯楽に理由なんて求める方がどうかしていると言うしか無い。


 遊びに理由がいるだろうか?

 楽しいことに言い訳がいるだろうか?

 快楽を求めることに根拠がいるだろうか? 


 鯨波は勝つのが好きだと言ったけれど、それを言うなら私は勝負するのが好きなのだ。

 つまりは依存症なのだ。


 アルコール、ドラッグと並ぶ三大依存症の一つ、ギャンブル依存症。

 私は酒を飲まないしドラッグもやらない。

 私がやるのはギャンブルだけだ。

 博奕に酔って、浸りたい。


 とどのつまり、私にとっての博打とは晩酌のようなもので、何なら一人で興じるものである。

 麻雀とかポーカーのように対戦相手が必要なものは別として、ディーラー相手の勝負については、競うと言うよりも放蕩するというのが近い。


 酩酊したいのだ。

 どうせなら気分良く、遊び呆けたい。

 さて――そんな風にいじけて言うのは、楽しいギャンブルの時間が終わりを告げたからだった。


 一人楽しい晩酌は、唐突に終了した。


「君、森須プロの一ノ瀬みやびちゃんだよね?」


 アングラな場所で相手の素性を詮索する時点で厄介ポイント1。

 続けて、ちゃん付けで名前を呼んでくるのが厄介ポイント2。

 さらに、女の一人客と見るやいなや声をかけてくる所が厄介ポイント3。

 ついでに、禿げているのが厄介ポイント4。

 気持ちとしては数え役満だ。


 困ったことに、その数え役満厄介男は、微妙に面識のある人物だった。

 何のことはない、テレビ局のプロデューサーだ。確か名前は八嶋プロデューサーだったか。ちょっと前に出演した音楽番組の制作プロデューサーで、それなりに実績のあるおっさんだと聞いている。なにせゴールデンタイムの音楽番組だ。おえらいさんに決まっている。


「……人違い、じゃないですか?」


 とぼけてみた。


「しらばっくれても無駄だよ。悪いけど、僕は人の顔を一度見たら忘れないんだ」


 ダメだった。

 大層素晴らしい記憶力をお持ちのようだけれど、どうやら気遣いの心とか常識的な感性なんかはお持ちで無いようだった。そりゃあ、こんな裏の場所で声かけてくるんだから、配慮なんてもんを持っているわけもないか。


 一応変装してるんだけどなぁ。

 察してくれないものだろうか。


「……何の用ですか、八嶋プロデューサーさん」

「ちゃんと覚えていたんだね。いい心がけだよ」


 何様でしょうか。

 プロデューサー様でしたね。


 ピンクのワイシャツに、チェックの上着を肩にかけて前で結んでいる。細身だけどお腹だけは中年太りしていて、全体的に清潔感の無い、いかにも業界人というスタイルが、まごうことなきおっさんだ。


「それにしても、ライアーコインのみやびちゃんがカジノに来てるなんてねぇ」


 おっさんはあえて視線を外してゲームに参加しながら、しみじみとした様子で言う。


「ダメだよ、君みたいなアイドルが一人でこんなところに来ちゃ。確かにカジノは刺激的な場所だけど、同じくらい危険な場所でもあるからね。いやあ、僕と出会えてよかったね。これで君は安全だ」

「………………」


 闇カジノ業界は広いようで狭い世界なので、たまに知り合いに出くわすことがある。

 特に芸能界なんてものは清濁併せ持つ泥水みたいな場所だ。表向きは外面という浄水器を通しているので綺麗に見えるだろうが、フィルターがなければ飲めたものじゃない。ドラッグ、裏金、不貞とどんとこい。当たり前のようにギャンブル狂いだって居る。ソースは私。


 というわけで、業界人とニアミスすること自体は、これが初めてではないし、何だったら私のカジノ遊びは、一部ではそれなりに有名な話だ。ただ、互いに違法賭博という傷を持つ者同士、表沙汰になるとやばいという認識は共有しているので、普通なら無視する。あらあら他人の空似かしら、生き別れの双子かもしれませんわね、おほほほ、と見なかったふりをするのがマナーだ。互いに即死級の核兵器を向けあっているようなものなので、素知らぬ顔で照準をそらすのが大人の社交というものだろう。


 というか、ここに居る時点で同じ穴のムジナなんだから、少しは察しろこのハゲというのが本音だ。


「カジノ――八嶋さんはよく来られるんですか?」

「え、僕? そうだね、たまに遊びに来るよ」


 見ると、八嶋は一人のようだった。

 闇カジノに来る客はざっくり二種類居て、とにかくギャンブルが好きで仕方ないから一人でも通ってしまうタイプか、もしくは接待かアフターで誰かを引き連れてきているタイプだ。


 前者はギャンブル依存症、後者は裏社会に関わる俺かっけーな人。


 見た所、八嶋は誰も連れていない、一人のようだった。この分類だと、このおっさんは前者の方になってしまうけれど……。


「それにしても」


 と、私が黙っていると、八嶋Pは爬虫類のように目を細めて言った。


「みやびちゃんが闇カジノに出入りしていたなんて知られたら、大変なことになるよね。きっと、今ノリの乗ってるライアーコインも痛手を負うと思うんだ。そんなの僕も望んじゃあいない。だって、君たちには今後も番組に出て欲しいからね」

「…………」


 これ、もしかしなくても脅迫されてるよね?


 闇カジノに来ているのはお前も同じだろうがとは思うが、しかし社会的ダメージという意味でいえば、アイドルとプロデューサーでは前者の方が大きいことは否めない。仮にも人気商売。倫理的にアウトなことは、そのまま人気の失墜につながる。これで八嶋がメディアに露出するタイプのプロデューサーだったなら話は別だが、あいにく彼は裏方専門だ。私と彼ではリスクが等価ではない。


 つまり、うーん。

 面倒だなぁ。


「どうしたら黙っていてくれますか?」

「え! そんな、もしかしてみやびちゃん、僕が言いふらすとでも思ってる? それは心外だなぁ。そんな馬鹿なことしないよ。僕だってギャンブルが好きだからね。摘発なんてされたら嫌だよ」


 ちっとも心外と思っていない、愉快そうな様子で八嶋は言う。この余裕を見せつけるような態度が余計に神経を逆なでする。


 先程の鯨波が見せていた余裕は自信からくるものだったが、八嶋のそれは、自分は寛容だとアピールするためのものだ。虚勢もここまで来ると滑稽だし、何より生理的に嫌悪感を覚える。

 私が考え込んで黙っているのを良いことに、八嶋は調子よく続ける。


「そうじゃなくてね。君が一人で来ているのが、僕は危ないって思ったんだ。ほら、お金が絡む場所だからね。やっぱり男性がついていた方が安全だと思うんだよね。それに、せっかくお互いにギャンブルが好きなんだ。どうせなら、一緒に楽しむのも良いんじゃないかな?」


 話を要約すると、一緒に遊ぼうということだろうか? まあ、私も純真無垢な生娘ってわけではないから(経験については黙秘)、言葉の裏くらい読み取れる。どうせ目的は私自身だろう。


 本当にこの手の誘いは面倒だ。特に下心を隠さない態度が面倒くさい。彼としては、私に良い所を見せつつ恩を売る心づもりなのだろうけれど、まずその姑息さが気に食わない。まだしも直接誘われた方が気分いい。最も、誘いに乗るかは別の話だ。このおっさんはさすがに好みじゃない。

 さて、どうするか。


「それでねえ、これは提案なんだけど―」

「バカラ、お好きなんですか?」


 八嶋の言葉にかぶせるように、私は言った。


「カジノはよく来るって言われてましたよね。バカラは、得意なんですか?」

「うん、そうだね。カジノって言ったら、やっぱりバカラだって思うかな。得意ってほどじゃないけど、セオリーとかはそれなりに知ってるよ」


 急に私から話を振られて戸惑ったようだが、八嶋はすぐに嬉しそうに答えた。

 自分の好きな話を振られて嫌がる男は居ない。ましてやそれが、詳しい事柄ならなおさらだ。案の定、八嶋は話に乗ってきた。


 それなら、遊んでみるのも一興だ。


「実は私、バカラはルールくらいしか知らないんです。だから、よかったら教えてくれませんか?」

「仕方ないね。そういうことなら、教えてあげる」


 恩着せがましい気持ち悪い。

 けど、やっぱり誘いに乗ってきた。


 狙っている女が頼ってきたんだ。男としたら気分がいいだろう。優位に立てるという優越感。それを与えてやれば、強引さは多少減る。


 あとは――もうひと押し。


「ギャンブルなので、せっかくなので勝負しながら教えて下さい」


 退屈でつまらない時間も、これで少しは楽しくなるといいな。



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