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 バカラは先述したとおり、バンカーとプレイヤーの仮想勝負に賭けるものなので、厳密には客対客の勝負にはならない。


 好きに賭けて最終的な勝ち金の多寡を競うというのもいいが、それではあまり勝負という感じでは無い。

 それに、「教えてもらう」という体をとっている以上、もう少し互いに関係し合う方が良い。

 そこで、こんな提案をしてみた。


「バンカーとプレイヤー、先に賭ける権利を持ち回りにしませんか? 相手は必ず、反対の方に賭けるってことで。これなら勝ち負けが明確で、勝負している気分になります」


「良いね。なら、賭け金も揃えようか。先攻が賭けたチップと同額を賭ける。それでいいかな?」

「構いません」


 ここであえて、私も八嶋も、最終的な決着の話をしなかった。

 いくら勝ったら勝ちとか、賭けられなくなったら負けとか、そういう話をしなかったのだ。

 ある意味で青天井。

 どちらかが参ったと言うまでゲームは続くということだ。


 私が今日持ってきている現金は、最初にチップに替えた二十万と、カバンの中にある十万円。八嶋に話しかけられるまでの間で、プラマイゼロくらいを推移してきているので、ほぼ満額ある。

 逆に言うと、八嶋の方にいくらの資金があるのかまでははっきりと聞いていない。


 ちらりと、私は彼の手元のチップトレイを見る。十万円チップが一枚に、一万円と千円チップが無造作に何枚もある。見た感じ、だいたい四十万くらいだろうか。この卓のレートなら、冒険をしなければ十分に遊べる金額だ。


 ミニマムベットでちまちまと賭けていけばいつまでも勝負は終わらないが、マキシマムベットを連続すれば運が悪ければ数回で終わる。


 ギャンブルは確率的な事象である以上、運否天賦で決まる。だから世の中で言われている大抵の技術的な話はオカルトみたいなものだけど、唯一確かな技術があるとすると、それはバンクロール管理だ。


 要するに、資産をどう運用するかという話だが、これを誤ると一瞬でチップをスることになる。

 さて、八嶋はどんな風に先手を打つのだろうか。


「みやびちゃんは、バカラの基礎は知っているって言ってたよね。じゃあ賭け方の話だけれど、必勝法なんてものはもちろん無い。あるのは確率だけ。そういう意味で、プレイヤーよりもバンカー側の方が、ちょっとだけ勝率が良いんだ」


 言いつつ、八嶋はバンカー側にチップを置いた。

 強気に、一万円チップを五枚。

 あわせるように、私も五万円分のチップをプレイヤー側に置く。


 そして、勝負が開始した。


 バンカー  ナチュラル8

 プレイヤー 4

 バンカーの勝ち。


「こんな風に、バンカーが勝ちやすいから、素人はバンカーだけに賭けてれば良いんじゃない? って思ったりする。でも、そんな単純じゃないんだ。その確率の差を埋めるために、カジノ側はバンカーが勝った時にコミッションを取るからね」


 八嶋の手元に、賭けたチップとは別に、四万七千五百円分の勝ち分が送られる。

 コミッション―いわゆるテラ銭やハウスエッジのことで、要するにゲームの手数料だ。


 カジノでは、ゲームの場を提供する代わりにコミッションを取って利益を上げる。

 バカラのコミッションは配当の5%が平均だ。なので、バンカーに賭けて勝った場合は単純に倍になるわけではない。


 それじゃあプレイヤーに賭けた方が得じゃん、と思うかもしれないけれど、そう簡単な話ではない。さっき八嶋が言ったとおり、バンカーの方が勝率はかすかに上なので、試行回数を重ねれば重ねるほど確率は収束していく。そのバンカーの勝ち分を、コミッションとして回収することで、確率の不平等を解決しているのだ。


「バンカーで勝ったらコミッションを取られるから損だと思うだろう? でも、だからといってプレイヤーに賭け続けたからと言って、得って言うわけじゃなくてね――」


 同じことを、八嶋は滔々と語ってくれている。


 うんうん、そうだね、おっちゃん物知りだね、とウンウンうなずくだけの時間だ。マンスプレイニングの受け流し方は芸能界で散々慣れたものなので、もはや反射的に頷くことが出来る。


 ちなみに――八嶋は勝率について詳しい数字をぼかしたけど、厳密にはバンカーが45.86%、プレイヤーが44.62%なので、バンカーとプレイヤーの間の勝率の差は1.24%となる。1%を超える確率の差は、試行回数を重ねれば重ねるほどえげつない結果を見せる。


 さらに余談として、引き分け(タイ)の確率は9.52%だ。およそ一割弱の確率で引き分けが出るため、案外馬鹿にできなかったりする。


 八嶋のおっさんの話を話半分に聞きながら、私は罫線を確認する。

 しばらくプレイヤーが続いた後に、今回はバンカーが勝利。流れが途切れたようだ。


 次は私が賭ける番。

 八嶋に合わせて賭けた五万円を負けたことはこの際忘れて、自分のペースを作らないといけない。流れがつかめないまま負け続けるのはごめんだ。


「そうそう、バカラはブラックジャックとルールが似ているけど、でもブラックジャックで必勝法って言われているカウンティングは、バカラではあまり意味がなくて――」


 八嶋のウンチクを聞き流しながら、私はちらりと他の客の様子を確認する。


 今、このバカラテーブルでゲームに興じているのは、私達を除くと四人。中年のサラリーマンと、そのアフターらしき夜職風の女、そしてオタクっぽい太った男。そして、さっきも負けていたテニスプレイヤーの浦目である。

 リーマンは羽振りが良さそうだが、他はそうでもない。浦目は先程の負けを引きずっているのか慎重で、太った男の方は落ち目のようだった。


 そこを起点にするか、あるいは罫線を頼るか。

 顔に手を当て、こめかみを指で叩きながら考える。


(どうせ次のターンは八嶋に合わせることになるし、だったら、自分のターンだけで選べる基準に合わせた方が良いかもね)


 そう考えて、私は人読みを頼ることにした。

 落ち目の太った男がバンカーに賭けたので、私はプレイヤー側にチップを五千円分置く。まずはこれで様子見だ。


 結果は――またしてもバンカーだった。

 バンカー  3

 プレイヤー 1


 二枚目まではプレイヤーが6だったのだが、三枚目で5を引いて一気に転落した。


「あーあ、残念だったね、みやびちゃん」

「さっきバンカーだったから、次はプレイヤーかなと思ったんですけどね」

「むしろ、プレイヤーの流れが切れていたから、バンカーが優勢だったんだよ。ふふ、まだまだ君は流れの機微が掴めていないようだね」


 偉そうに言いながら、八嶋はニヤニヤと気色の悪い笑顔を浮かべている。まあ、気を良くしてくれる分には良い。これは接待みたいなものだから、機嫌を悪くされると損だ。


 それにしても――と、私はディーラーを見る。


 素知らぬ顔をした、二十代くらいの若い男だ。カジノディーラーの中には、ゲーム進行の一環として大仰に喋って場を盛り上げるタイプも居るが、彼は機械的な進行をするタイプのようで、余計なことを口にしていない。淡々とゲームを進行させる姿は、与えられた役目に忠実に従っている様子だ。


 彼を観察しながら、私は数ゲームをこなした。一回は勝てたが、総合的には負けの方が多い。目の前のチップはいつの間にか半分を切っていた。


 賭けたゲームの半分は八嶋の選択に左右されたとしても、もう半分は私自身の選択だ。ほぼ二分の一の勝負でここまで負けが続くのは、ドツボにはまっているとしか言いようがない。


 流れが悪い―あるいは。


「…………」


 ()()()()()()()()()()()


(無い話、ではないかな)


 この場合のイカサマとは、カジノ側が客に対して仕掛けるものだ。


 当たり前だが、カードに触れる機会のないミニバカラにおいて、客がすり替えなどを行うことは不可能だ。だからイカサマがあるとしたら、ディーラーが勝負の結果を操作するために、配るカードをすり替えるたぐいのものだろう。


 バカラやブラックジャックのように大量のカードを使うゲームでは、カードシューというカードを収納する箱から、カードを一枚ずつ抜いて配っていく。基本的には六デックをまとめて混ぜるため、その中身を完全に把握することはディーラーでも不可能なのだが、そこはプロ、一枚目を抜く代わりに二枚目を抜いたり、特定のカードを予め仕込んでおいたりと、イカサマの手段は多岐にわたる。


 海外の合法カジノならともかく、違法カジノではイカサマは当たり前のものと思うべきだ。法に守られていない場所で、ルールが守られるなんて夢見るほど馬鹿らしいことはない。なぜ摘発の危険がありながら闇カジノが開帳されるかと言うと、それは儲かるからに他ならない。


 客を負かせて、有り金を巻き上げる。

 だから私は、闇カジノで勝とうなんて思わない。あくまでギャンブルは娯楽だ。遊ぶのが目的であって、勝つのが目的ではない。それを履き違えた時、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。


 とはいえ、カジノ側も全てのゲームでイカサマをするわけではないはずだ。


 そもそもの話、カジノゲームには大数の法則があるので、何もしなくても利益は十分に上がるのだ。それに、イカサマばかりをするカジノは客を集めることが出来ない。あくまで客が居ての営業なのだから、平で賭けさせることの方が多いだろう。


 では、どういう時にイカサマをするかと言うと、特定の相手を狙い撃ちにする場合だ。


 金を持っているやつ。

 勝ちすぎているやつ。

 あるいは、借金してでも勝負するやつ。

 要するに、とにかく金を吐き出す事のできるカモが狙われるはずだ。


(でも、私が狙われる理由が分からないよね)


 そういう意味では、私はイカサマの標的として不適格なはずだった。今日来たばかりの一見客で、なおかつ賭け金もそれほど大きいわけじゃない。私がターゲットにされる理由があまり思い浮かばないけれど、しかし現に、私は不自然なくらい負けている。この理由はなんだろうか?


 負けが混んでいるとは言え、私が負けた額はまだ十万程度だ。このくらいの額を回収した所で、カジノ側に得はない。だって、逆に八嶋は勝っているわけだから、その分の支出も考えると、カジノ側の純利益は大した額にはならないはずだ。


(――いや、待てよ)


 そこでふと、私は一つの可能性に行き着いた。

 なるほど。それなら納得だ。


 私は自分の考えに確信を持ちつつ、八嶋に向けて弱音を漏らす。


「中々勝てません。バカラって難しいんですね」


 私から話しかけられて気を良くしたのか、八嶋は声を弾ませながらさり気なく手を伸ばしてきた。


「はは、まあ初めてなら仕方ないさ。けれど、一回の勝負が早いからこそ、テンポ良く遊べるのがバカラの魅力だよ」

「好きだとは言ってましたけど、その様子だと八嶋さん、随分やり込んでいるんですね」


 ボディタッチしてきた八嶋の手をやんわり押し返しつつ、私は一つ確認する。


「このお店にも慣れているみたいですけど、もしかして常連なんですか?」

「常連ってほどでもないかな。そもそもこのお店、一ヶ月前にできたばかりって話だしね。僕が初めて来たのは一週間前だよ。付き合いで誘われたんだけど、肌感覚が合うから一人でも来るようになってね。ここ数日は毎日来ちゃっているよ」


 肌感覚――ね。

 それはもしかすると、勝ちやすいっていう感覚なのかもしれない。

 闇カジノで特に理由もなく勝ちやすいという話ほど胡乱なものはないけれど、八嶋は大して疑っても居ないようだ。


 話を進めながらも、勝負は続く。

 バンカーウィン。私の負け。五千。

 プレイヤーウィン。私の勝ち。一万。

 プレイヤーウィン。私の負け。五千。

 バンカーウィン。私の負け。一万。

 …………


 十ゲームくらいかけて、私はディーラーのことを観察した。

 若いディーラーだが腕は確かなようで、イカサマらしい仕草は見せない。しかしたまに、最後のカードを配る前に、八嶋の賭けたチップを確認しているようだった。そして、八嶋が勝つ時は最後の一枚で逆転勝ち、というのが多々あった。


 おそらく、八嶋が負けすぎないように調整しているのだろう――負けすぎないようにして、継続的に来店させるために。


 実際、八嶋はここ数日、毎日のように来店していると言っていた。完全にハマってしまっている。こうなると、後の流れは大体想像がつく。今はまだ勝ちのパターンを反復しているところだが、レートが上がった所で負けがこむようになるはずだ。そして取り返そうとしてまた大金を賭け、そのレートを基本としてゲームが進行するようになる。


 言わば、今は八嶋を誘いにかけている状態なのだろう。八嶋が何かしら資産を持っているのか、あるいは彼ならば借金をしてでもギャンブルをすると思われているのか。――彼を誘ったという知人がなんと言ってこのカジノに連れて来たのか定かではないが、その目的はほぼ間違いなく、彼をハメるために誘ったのだろう。最終目標は八嶋に大きく賭けさせて有り金を巻き上げることだ。


 こういう風に、特定の相手を罠にはめて稼ぐことを『ポンコツを入れる』と表現したりする。

 問題は、ハウス側が今、何を考えているかだ。


 今の八嶋の最大賭け金は、五、六万くらい。まだ理性を保っている感じがする。それでも十分に勝てていて、総チップは五十万くらいにはなっているはずだから、一番調子づいているタイミングだ。後は何かのきっかけで、彼自身が大きく賭けるようになれば、流れは一気に変わるだろう。


 ブクブクに太った家畜を収穫するタイミング。

 もしそれに便乗することができれば、私も漁夫の利で勝てるかもしれない―けれど、そのタイミングはおそらく今じゃないだろう。


「……あるとしたらビッグバカラの時かもね。じゃあ今日じゃないのかな」

「ん? なにか言った?」

「少し負けが混んできたなぁと、思いまして」


 クールな面持ちを崩さずに、私は困ったように小首をかしげながらぼやく。


 いつの間にか、私のチップは五万円を切っていた。すでに鞄の中の十万円はチップに替えた後なので、私は実に二十五万円分負けたことになる。あれだけ連続で負けていれば、資金を吐き出す一方なので無理もない。一回の賭け金が五千円とか一万円と少額なので危機感は薄いが、三十万なんてあっという間に無くなるのがバカラ賭博という遊びである。


 ああ残酷かな博奕劇。


 まあ、遊ぶつもりで持ってきたお金なので、特に惜しくはない。これを惜しいと思うようなやつは博奕なんて打つべきじゃない。けれど―惜しくはないけど、負けっぱなしは癪だ。


 というか、何を良いようにやられているんだ、私は。良いように他人のダシに使われて、悔しいに決まっているだろうが。


 ここがステージの上だとすると、私はバックダンサーで、中央で踊っているのは八嶋だ。それが道化役だとしても、主役が八嶋であるのは間違いない。おかげで私は二十五万スッたってのに、随分と良いご身分である。


 このまま終わるのじゃあ、話としてつまらない。

 ならば、戦略が必要だ。


 大勝せずとも、一矢報いるにはどうすればいいのか。ここが闇カジノであることを考えると、勝ち越すことまでは望むべきではない。ただこの溜飲を下げることだけを考えよう。


 脇役ならば脇役らしく、役柄を全うしつつ自身の目的を果たす。なに、言うは難いがやるは易い。だって―私の本業はアイドルだ。

 期待に答えるのは得意なんだよ。


「こんなに負けるとは思ってなかったです。もう少したくさん持ってくればよかったかな」

「はっはっは。まあ、これも勉強だよ。どれ、それじゃあ、この勝負は僕の勝ちかな?」

「やだなぁ。私はまだ降参じゃないですよ」


 そこでちょうど、カットカードが出てシューの中のカードを入れ替えるタイミングがやってきた。

 六デック分の一定枚数を使い切ったので、補充をするのだ。ディーラーが新しくカードデックを開けて、テーブルの上でバラバラに混ぜていくのを見る。

 いいタイミングだ。私は一度席を立つ。


「チップを補充してきます」

「おいおい、本当にお金は大丈夫かい?」

「ご心配無用ですよ。ちゃんと弁えていますから。それに、まだまだ遊び足りないでしょう?」


 そこで微かに表情を緩めて笑ってみせる。ずっと愛想の無かった女が、ふと緩みを見せたものだから、八嶋は油断しきって「仕方ないなぁ」と愉快そうにぼやいている。


 本当に、幸せな人だ。

 自分がカジノ側からカモにされかけているなんて、彼は微塵も思っていないだろう。そんな彼を尻目に、私は受付に向かう。


 頼むことは決まっている。


「貸付をお願いします」

「…………」


 マジかこいつ、って顔をされた。


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