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アイドルみやびはギャンブルがお好き  作者: 西織
第三章 歌舞伎町雀伝記
18/23

雀荘は大人の遊び場



 私は伯父からギャンブルのいろはを教えてもらうとともに、数多くの教訓を伝授されたけれども、その中でも最も心に響いたのはこの一言だった。


「いいか、みーちゃん。ギャンブルは面白いか面白くないかの前に、まず格好いいんだ」


 何を言っているんだこの碌でなしは、と成長した今なら思わず口にしそうになるけど、当時九歳のいたいけな少女だった私は、この言葉にそりゃあもう感銘を受けたものだ。


 面白いか面白くないかの前に、格好がいい。

 何だそれ、めちゃくちゃかっこいいじゃん。


 そして見せられたのが、かの名作である麻雀放浪記だ。

 博奕の世界でしか生きられず、鉄火場で身を焼きながら、燃え尽きるまで博奕をやめられない碌でなしたちの物語。

 あの残酷なまでの博奕物語は、当時の私を魅了してやまなかった。


 ロマンというものを、学んでしまったのだ。

 おかげで私は、見事に道を踏み外した。


 同年代の女の子たちが、おしゃれや恋に花を咲かせている裏で、私は伯父に様々なギャンブルを習った。特に麻雀なんかは、伯父の交友関係にあるおっちゃん共が、それはもう喜んで教え込んでくれたものだ。オタサーの姫ならぬ雀荘の姫状態。娘か孫くらいの少女が興味を持って教えを請うてくるもんだから、おっちゃんたちは嬉しかったようだ。


 九歳の姪っ子を引き取って男手一つで育ててくれた伯父には、うんと感謝している。碌でなしだのと揶揄しては居るけど、血のつながった両親に比べると聖人みたいな人だ。みやびはここまで大きくなりました、大好きだよ伯父さん。と高校の卒業式で言ったら号泣されたのも良い思い出だ。


 でも、である。

 それでも、私にギャンブルを教えた罪は中々に重い。


 高校の頃にネット麻雀にどっぷりハマった私に対して、伯父は「少しは女の子らしい趣味を持って欲しい」とか言ってきたけど、こんな私にしたのはあなたである。文句があるなら九歳の少女に積み込み芸なんて教えるんじゃない。手積み卓なんて現代のどこにあるんだよ。おかげで、自発的に闇カジノに通うような不良娘になってしまったじゃないか。


 こほん。


 伯父の期待に応えられたかは分からないけど、アイドルとして軌道に乗った時には、我がことのように喜んでもらえたので、これで少しは育ての親に親孝行できたんじゃないかなって思う。


 それに、アイドルになったおかげで、裏業界ともつながりが持てたしね。

 役得、役得。


 まあ、それは冗談半分にしておくとして――話を少し戻そう。こんなギャンブル好きの碌でなしである私が、曲がりなりにもアイドル業なんてものを続けていられるのは、ひとえにこの仕事にロマンがあるからである。


 面白いか面白くないかではなく、まず格好いい。

 そう、アイドルというのは格好いいのだ。


 可愛いならともかく、格好いいとはどういうこと? と疑問を覚える人は、アイドルというコンテンツに興味がない人だろう。一度推しを見つけてしまえば、そんな考えは一瞬にして消え去るはずだ。一人の人間が懸命にパフォーマンスを見せる姿は目を惹いてしまうものだ。


 あまりにも突き抜けたカリスマは、人の目を惹きつけて離さない。


 そこで思い出すのは、麻雀放浪記に出てくるとある登場人物の話だ。


 財産を手放し、身ぐるみを剥がされ、恋人を質に入れてでも博奕を打つような碌でなしが、私にはなぜか輝いて見えた。男尊女卑も甚だしい、乱暴で粗忽な男だったが、博奕に全てを賭けるあの男気は、一つの偶像として私の目に焼き付いた。


 アイドルと博奕打ち。

 両者に共通するのは、人を魅了する輝きだ。


 だから私にとってのアイドルの原点とは、博奕を打つ碌でなしの姿なのだった。



 さて、

 前フリに相応しいかはともかくとして、今回の話は、人々を魅了した二人の博奕打ちのお話だ。


 地上に輝く七星と、それを塗りつぶした一色。


 敵のように出会い、師弟のように利用しあい、敵のように対立し、執着とともに一騎打ちをした二人の男のお話。


 いつの時代も、因縁の対決というのは偶像以上に人を魅了する。





「英知くん、フリー雀荘行こうよ!」

「嫌です」


 そんな風に快諾してくれた英知くんを連れて、私はその日の夕方、歌舞伎町一丁目に立ち並ぶ雑居ビルの一つ、その三階に入っている雀荘『紅一点』の前に立っていた。


 まだお外は明るい午後四時。今日の私の予定はレッスンのみだったので、少しだけ早めの仕事終わりである。通行人も仕事中の人が多く、帰宅ラッシュにはまだ早いこの時間に、自由気ままに歩けるのは得した気分である。


 最も、お目付け役としてついてきている英知くんは、げんなりした顔をしているが。


「いやぁ、早上がりで明るいうちに遊びに行けるって素敵だね、英知くん!」

「そりゃあみやびちゃんは良いでしょうよ……。僕はどちらかと言えば残業ですからね。うう、まだ仕事終わってないのに」

「そんなに言うなら帰っていいけど?」

「みやびちゃんが雀荘に行かないなら帰りますが」

「そりゃ無理だ」

「なら無理です」


 そんなわけで、互いの利害は一致していた。


 私のカジノ禁止令が出てはや一ヶ月半。

 鉄火場に顔を出せない寂しい年末年始を過ごし、お正月ムードも終わりを見せ始めた頃であるが、ひとまず来週には大きな仕事が一つ終わることもあり、社長からはそろそろ禁止令を解いてやるというありがたい言葉を賜った。


 そんなわけで、カジノに行ける日を心待ちにしている今日この頃だが、禁止令が解かれるまでの間、私がギャンブルを我慢できるかと言うとそんなわけが無いのである。


 あれだけオンラインカジノで遊んでおいて何を言っているんだと思われるかもしれないけど、やっぱりデジタルとリアルでは楽しみ方も違うので、リアルで遊びたいのだ。

 社長から許可されている遊びは、合法の公営ギャンブルの類である。それを監視するのがマネージャーである英知くんの役割であり、私が違法な賭場に出入りしないかを見張っているのだった。


 そんな英知くんが、『紅一点』の看板の前でボソリと言った。


「というか、ですよ。みやびちゃん」

「なあに?」

「雀荘って、アウトじゃないですか?」

「…………」


 英知くんの言葉に私は沈黙で返す。

 これはあくまで一般的な話だが――日本において麻雀は、賭博的な要素を持つゲームであると認知されている。それもあって雀荘では、まあ、なんだ。それを前提としたルールを雀荘側が用意しているのが、一般的だ。


 看板を掲げて『レートはいくらです!』なんて言ったら一発で摘発されるので、基本的には隠語を使われている。点五とか点ピンとか、風速いくらとか、ワンスリーだのご祝儀だのと言った用語がそれだ。まあその上でハッキリ言うけど、雀荘はグレーと言うより普通に黒だ。刑法に則ればどんな少額でも賭博は賭博、普通にしょっぴかれる。いちいち摘発していたらきりがないから、悪質でない限り見逃されているだけというのが実情だ。

 ちなみに、最近は健康マージャンという看板を掲げる、ノーレートの健全な雀荘も増えてきているのだけど、残念ながらまだ一般的ではない。


 個人的にはノーレートでも十分面白いんだけどね、麻雀。基本ルールがゼロサムゲームだから、対人の間での賭けの計算がしやすいってのがギャンブルとして相性が良すぎるんだけど、私は普通にゲーム性自体が面白いから好きなんだけどな。


 このまま沈黙を続けていると英知くんに疑われてしまうので、私はこの雀荘を選んだ理由を説明することにした。


「英知くん、私がこのお店を選んだ理由は、私の知り合いのお店であるのが理由の一つだけど、何よりここが、お金を賭けたりしないからだよ」

「言われてみると、看板にはレートが書いてませんけど、ノーレートってことですか?」

「そうとも言う」

「そうとも言う?」

「まあまあ、ほら、とりあえず入ろう」


 こんなもんは既成事実を作っちゃえば良いのである。そんなわけで、私は無理やり英知くんを店の中に押し込んだ。


 雀荘『紅一点』は、雑居ビルの手狭なワンフロアをパーティションで区切り、中に四台の麻雀卓を並べたこぢんまりとした店である。

 入ってすぐのカウンターには、いかつい顔をした角刈りの店長が電子タバコを吹かしながら競馬新聞を読んでいた。


「いらっしゃい――」


 店長はちらりと私達の方に視線を向けると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「綺麗な娘さんが二人も来るとは、この店の健全さにも箔が付いてきたようだ。これなら二度と鉄火場なんて呼ばせないですむ。いっそ若い女向けに改装でもしようかね」

「周りが風俗店だらけのこの立地じゃ無理でしょ。来ても夜職の女なんだから、レート上げた方がウケは良いと思うけどね」

「ふん、違いない」


 指に挟んだ電子タバコを一息吸い込んでから、店長はにやりと意地悪く笑った。


「それで。今日は何をしに来た? 残念ながら今のこの店は、現金を賭けない至って健全なもんだが、冷やかしならお断りだぜ、みーちゃん」

「みーちゃん?」


 店長の言葉に、英知くんが私を見てくる。


「冷やかしなんてとんでもない。たまには純粋に麻雀で遊ぶのも悪くないかなぁって思って、友だちを連れてきたんだよ。伯父さん」

「伯父さん!?」


 私の言葉に、英知くんはぎょっとしながら店長の方を見やった。

 面白いくらい分かりやすい反応してくれるから、隠し事のしがいがあるというもんだ。


「だから言ったじゃない、知り合いの店だって。ここ、私の伯父がやってるお店」


 そう言いながら、私は目の前の男性を紹介した。

 雀荘の店長改め、私の伯父であり、そして育ての親でもあるこの男。


 一色(いっしき)勘九朗(かんくろう)


 いかつい顔立ちとバッチリ決まった角刈りも相まって、その筋の人間に見えなくもない柄の悪さだ。チェックのシャツの前を開けて街を練り歩く様子は、なまじガタイも良いもんだから、どこに出しても恥ずかしくないヤクザものである。

 これで今年四十八になるというのだから、姪っ子としては苦笑いするしか無い。


「みやびちゃんが伯父さんに育てられたって話は何度か聞いたことありましたけど、まさかこんなところでお会いするなんて思わなかったんで……あ、初めまして。僕、みやびさんのマネージャーをしています、(あかつき)英知(えいち)です。こんな形でご挨拶になってしまい、申し訳ありません」

「マネージャーさんか。これはご丁寧に。いつもこの馬鹿な姪っ子がお世話になって……」


 かしこまって頭を下げる英知くんに釣られて、伯父は律儀に立ち上がって頭を下げる。この人、強面だけどこういう所は結構マメなのだ。


 と、そこで、伯父は「ん?」と眉をしかめる。


「あんた今、『僕』っつったか? それに、英知くんって呼ばれてなかったか……?」


 伯父は怪訝そうにしながら、英知くんの姿を上から下まで舐めるように見る。

 今日の英知くんのコーディネートは、トップスはブラウンのVネックカーディガンで、ボトムスは淡いライトグリーンのプリーツスカート。パーマのかかったセミロングの黒髪は艶やかで、薄く塗られたファンデーションがナチュラルな肌色を演出している。薄桃色のアイラインが血色をよく見せ、ラメ入りの赤いリップが控えめな色っぽさを表現する。どこからどう見ても清楚な女性がそこに立っている。


 だが男だ。


「伯父さん。この人、男」


 私が端的に事実を口にすると、伯父はフリーズしたように固まった。

 まあ無理もない。私も最初はそうだったし、彼と初対面の人はだいたい同じ反応をするので見慣れたものだ。


 なお、当の英知くんはと言うと、困惑したようにオロオロと視線を泳がせている。いや、困惑したいのは相手の方であって、あなたは好きな格好しているんだから堂々としてろよ、と思う。


 伯父はしばらく頭痛をこらえるような顔をしながら頭を押さえていたが、やがて「まあ、趣味嗜好は自由だな。今流行りの多様性だ。文化的じゃねぇか」と無理やり納得したようだった。頭が硬そうに見えて柔軟な人なのだ。見習いたいものだ。


 そうこうしていると、店の奥からガラの悪い声が聞こえてきた。


「おぅい勘ちゃん。若い姉ちゃんだからって鼻の下伸ばしてねぇよ。こちとら昼間っから席温めてやってんだ。とっとと案内しやがれってんだ」


 窓際の雀卓に座った、恰幅のいいおっちゃんだった。

 顔もでかけりゃ腹もでかい。彼はキャンディーを舐めながら、白髪交じりのボサボサ髪を乱暴に掻いていた。


「いい加減、ここの薄いコーヒーも飽きちまったよ。ちったぁ、客にサービスしてもいいんじゃねぇか?」

「やかましいぞ、トラ! 何時間もコーヒーだけで粘りやがって。てめぇが居るから客が寄り付かないんだろうが。とっとと失せろ」


 小汚いおっちゃんに対して、伯父はドスの利いた声で吐き捨てるように言った。


 口喧嘩――というより、気心の知れた軽口の類だけれども、その勢いは知らない人からするとびっくりするくらい乱暴だ。私は慣れてるけど、英知くんはビックリしていた。

 それに対して、おっちゃんの方は大して気にした風もなく、下卑た笑い顔で私達を見る。


「そう言うなや、せっかく客が来たのに、俺っちが帰っちゃ、姉ちゃんたちにお茶を引かせちまうだろうが。へへへ――って、なんだなんだ、誰かと思ったらみーちゃんじゃねぇか」

「やっと気づいたね。久しぶり、トラおじちゃん」


 この小汚いおっちゃんの名は、早見(はやみ)寅男(とらお)

 通称トラおじちゃん。


 伯父の昔なじみであり、そして、私に麻雀を教えてくれた碌でなしの一人だ。

 その昔、伯父が裏稼業に片足を突っ込んでいた時に、一番深い付き合いをしていたのがこのトラおじちゃんだと聞いている。私が伯父に引き取られた時に、よく面倒を見てくれた大人の一人だ。そういう意味では、親戚の人くらいの距離感なのだけど――身内だからといって人格者かと言えばそんなわけもなく、まあ普通に小汚い太ったおっさんである。


 彼は嬉しそうに下卑た笑みを浮かべて言う。


「おうおう、久しぶりだなぁ、みーちゃん。いやいや、しっかしおっきくなったなぁ。ちょっと前までこんなにちっちゃかったのに。やっぱりアレか? アイドルっつーのはお盛んだから育つのか? 背も胸も尻も立派に育っちまって――いや、胸はそうでもねぇな」

「セクハラでぶっ飛ばすぞクソオヤジ」


 というか、そんなに何年ぶりでもない。せいぜい半年ぶりだろうが。


 この年齢のオヤジは、すぐ人を子供扱いするから困ったものだ。そのくせすぐにセクハラを飛ばしてくる。それがコミュニケーションだと勘違いしている悲しい生き物なのだ。絶滅すればいいのに。

 私にひとしきりセクハラをかました後、トラおじちゃんは英知くんの姿を発見したらしく、流れるようにセクハラを口にしようとする。


「おいおいみーちゃん。こんなゴミみてぇな場所に友達連れてきたのか? がはは。不良娘め、誰に似たんだか、育ての親の顔が見てみてぇや。しっかし、後ろの娘さんも偉いべっぴんさんで―」

「その人、男だから」

「は?」

「私のマネージャー。英知くん。男」

「…………は?」


 突きつけられた情報を処理できなかったのか、トラおじちゃんは処理落ちしてフリーズした。見るからに燃費悪そうだし、これは粗大ごみかな。


 そんなわけで。


 二人続けて英知くんの女装の洗礼を受けた所で、ようやく私達は店内に入ることが出来た。



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