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ギルド一つを物理的に消し去ったところで、何一つ解決にはなっていない。
ウィリアムの思想という名の毒は、すでにこの国の暗部に、私が思っている以上に深く、広く、そして静かに染み渡っている。
王都の夜がもたらす物理的な『闇』。
それこそが、犯罪の温床となり、ウィリアムのような男がつけ入る隙を生む。
ならば、私がすべきことはただ一つ。
(……この王都から、夜を消し去る)
問題を特定し、解決策を導き出す。
それは、いつもの事業計画と何ら変わりはない。
私はすぐに、ジェームズ・ニット伯爵を執務室に呼び出した。
「ジェームズ。あなたに、急ぎで開発してもらいたいものがあるわ」
私のその言葉に、彼は目を輝かせた。
技術の話となれば、この男はいつでも純粋な少年のように好奇心を滾らせる。
「何でしょう、リリス様。次はいかなる革新を?」
「光よ」
私は壁に掲げられた王都の地図を指し示した。
「王都の全ての区画、全ての路地裏に至るまで、隅々を照らし尽くす、永続的な光。あなたの技術を応用すれば可能なはずよ。高効率でメンテナンスも容易な、全く新しい街灯を開発しなさい」
その構想の壮大さに、ジェームズは息を呑んだ。
王都から夜という闇そのものを払拭する。
それは、単なる治安対策ではない。
都市のあり方そのものを根底から覆す、革命的な計画だった。
「素晴らしい……! まさに『不夜城計画』! ええ、お任せください、リリス様! 私の技術の全てを懸けて、必ずや期待に応えてみせます!」
彼の瞳に、再び開発者としての炎が燃え上がる。
私はその様子に満足げに頷くと、次にハロルドを呼びつけた。
プロトタイプの『魔導ガス灯』が完成し、量産体制へと移行する頃。
私はハロルドの会社『ハロルドクリーンカンパニー』に、この国家事業とも言える計画の設置・メンテナンス業務を、独占的に委託することを告げた。
「これは、あなたの会社がさらに飛躍するための、またとない好機よ。清掃事業だけでなく、今後は都市インフラの維持管理という、新たな柱を築きなさい」
私のその言葉に、ハロルドはいつものように、少しズレた視点で目を輝かせた。
「なるほど! 街が明るくなれば、夜間の清掃作業も安全かつ効率的に進みますね! 素晴らしい! これで、王都の隅々まで、昼夜を問わずピカピカに磨き上げてみせます!」
彼の脳内では、この壮大な都市計画が、壮大な清掃計画へと綺麗に変換されたらしい。
まあ、結果として彼がやる気になっているのなら、それでいい。
ハロルドクリーンカンパニーは大規模な人員募集を開始した。
それは王都に新たな雇用を生み出し、好景気に沸く経済をさらに下支えすることになった。
◇ ◇ ◇ ◇
数ヶ月後、王都の姿は一変した。
夜の帳が下りると、無数の魔導ガス灯が、まるで星屑を地上に撒いたかのように、一斉に柔らかな光を放ち始める。
かつては犯罪の温床となっていた薄暗い路地裏も、今や昼間のような明るさに照らし出されていた。
『不夜城計画』は、完璧な成功を収めた。
辻斬りや夜盗は激減し、王都の治安は劇的に改善された。
人々は夜でも安心して外出できるようになり、酒場や劇場はこれまで以上の活気に満ち溢れる。
経済はさらに活性化し、王都は未曾有の繁栄を謳歌していた。
「闇は光に打ち勝てぬ!」
「我らが王国と、魔導技術の偉大なる勝利だ!」
街を行き交う人々は、口々に王国と、そしてこの技術の勝利を讃えた。
ガス灯の光は彼らにとって、繁栄と安全の象徴そのものだった。
その光景を、私は屋敷のバルコニーからただ静かに見下ろしていた。
眼下に広がるのは、光り輝く宝石箱のような、美しい王都の夜景。
誰もがこの光の勝利に沸き立っている。
しかし、私の心はその光とは裏腹に、晴れることのない深い影に覆われていた。
(……まだ、打ち勝ってなどいない)
物理的な闇は、確かに払拭できたかもしれない。
だが、ウィリアムが象徴する、人の心に巣食う『本当の闇』は、この光が強くなればなるほど、より濃い影となって潜んでいるに違いない。
彼の思想、そして、それがもたらす混沌。
その根源を断ち切らない限り、この戦いは終わらない。
(私が一生をかけたとしても、果たして、闇に打ち勝つことができるのかしら……)
それは、誰にも答えられない問い。
私と、あの男だけの、終わりのない闘争。
私は、その途方もない事実に、軽いめまいさえ覚えた。
その、孤独な思索に耽っていた時だった。
背後から、遠慮がちな声がかけられる。
「リリス様。今宵は月も、そしてこの街の光も、ことのほか美しい。よろしければ、私とディナーをご一緒していただけませんか」
振り返ると、そこにはタキシードに身を包んだハロルドが、少し照れくさそうに立っていた。
彼の背後には、彼が予約したであろう高級レストランの、きらびやかな灯りが見える。
断る理由もなかった。
私は、彼のその珍しく殊勝な誘いを、静かに受け入れることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
レストランのテラス席は、魔導ガス灯の柔らかな光に優しく包まれていた。
眼下に広がる王都の夜景は、確かにロマンチックと呼ぶにふさわしい。
運ばれてくる料理は、どれも絶品だった。
ハロルドは、私が手を付ける前に、全ての皿を毒見する徹底ぶり。
その、どこか滑稽で、しかし真剣な様に、私は思わず笑みをこぼしてしまった。
「ありがとう、ハロルド。でも、あなた、少しやりすぎよ」
「いえ、あなた様のお食事の安全を確保するのも、私の重要な任務ですから」
彼はそう言って、満足げに胸を張る。
そして、目の前の夜景を見やりながら、心から嬉しそうに言った。
「しかし、この魔導ガス灯は本当に素晴らしい! これで夜でも新鮮な食材を安全に市場から仕入れることができます! あなた様のために、いつでも最高の料理をご提供できますとも!」
その、どこまでもブレない主夫目線。
私は、呆れるのを通り越して、もはや感心すらしてしまう。
「それに、夜道が安全になったおかげで、我が社の夜間清掃業務も捗ります! まさしく一石二鳥! つきましては……」
――来た。
いつもの、あの言葉が来る。
私は、彼がその言葉を言い切る前に、先手を打つことにした。
「ええ、そうね。これも全て、貴方の会社がこの事業を成し遂げてくれたおかげよ」
私は、最高の笑みを浮かべて、彼の言葉を遮った。
「清掃事業という既存の枠組みに囚われず、都市インフラの整備という新たな分野に果敢に挑戦する。その柔軟な経営手腕、本当に素敵だわ。ハロルドカンパニーの代表はやはりあなた以外に考えられない。これからも、頼りにしているわね」
私のその言葉に、ハロルドの動きが、ぴたりと止まった。
彼の顔から、いつもの能天気な笑みが、すっと消える。
そして、その瞳に、これまで見たことのない複雑な色が浮かんでいた。
事業で成果を上げ、私に認められれば認められるほど、『有能なビジネスパートナー』として確立されていく。
だがそれは同時に、自分が心の底から夢見る私の『主夫』という理想から、確実に遠ざかっていくことを意味する。
私の隣に立つためには、事業を成功させなければならない。
しかし、事業を成功させればさせるほど、婚期からは遠ざかる。
――それは、私が長年抱えてきたジレンマに似ていた。
ハロルドは、その残酷な矛盾に、今、ようやく気がついた。
目の前に広がるロマンチックな夜景が、急に色褪せて見えた。
彼は、ただ黙って、目の前のワイングラスを見つめることしかできない。
その様子を、私は気づかないふりをしながら、静かに夜景へと視線を戻した。
どうやら、私の抱える厄介なジレンマに、新たな仲間が一人、加わってしまったらしい。
そのことに、私はほんの少しだけ、愉快な気分になるのだった。
機械の灯は真の闇を照らせるか 完
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