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――五人の男たちがひざまずいていた。
その瞳は狂信的と言える熱を帯びて、ひたすら私へと注がれている。
彼らは私が直々に選び抜いた、我が組織の未来を担うべき精鋭たちだ。
「リリス様!先日ご教示いただいた金融市場における信用創造理論を我が情報部門に応用したところ、わずか一週間で敵対組織の資金源を凍結させることに成功しました!」
情報部門を統括する若きリーダーが興奮気味に報告する。
その横顔は神の託宣を聞いた預言者のように恍惚としていた。
「輸送部門でもリリス様が考案された最適な物流マネジメントを導入した結果、物流コストを大幅に削減できました!これもすべてリリス様の深遠なるご慧眼の賜物!」
輸送部門の長も負けじと声を張り上げる。
その手にはびっしりと成果が書き込まれた報告書があった。
彼らの言葉に他の三人も大きく、そして何度も頷いている。
――その瞳に宿るのは異性への思慕などではない。
絶対的な支配者へ捧げる揺るぎない崇拝の光だ。
……違う。
そうじゃないのよ。
私は内心で深々とため息をついた。
これは、私が望んだ結果では、断じてない。
◇◇◇◇
全ては先日の私の思いつきから始まった。
もはや外部にまともな伴侶候補を求めるのは不可能だと結論付けた私は方針を転換した。
――市場にないなら自分で作り出す。
すなわち『理想のパートナー育成計画』。
有能な部下を選抜し、帝王学、経営術、私の価値観の全てを叩き込む。
あらゆる修羅場を共に潜り抜けさせ、精神を鍛え上げる。
そうして最終的に私の隣に立つにふさわしいパートナーを育成するのだ。これほど合理的で効率的な計画はないはずだった。
メンバーとして選んだのは各部門で抜きん出た才覚を示す若手のエース四人。
そしてなぜか「俺もぜひ!」と割り込んできたハロルド・エイムズを加えた五人。
育成計画は驚くほど順調に進んだ。
私の講義を彼らは乾いた砂が水を吸うように吸収し、私が提示した課題に予想の遥か上を行く成果で返してくる。その成長は目覚ましく、組織をさらに盤石にすることは疑いようもなかった。
ただ、一つ。
たった一つだけ、致命的な計算違いがあった。
彼らは、私の後継者やパートナーとして育つのではなく。
――私の『敬虔な信者』へと日々変貌を遂げていくだけだったのだ。
「リリス様!この教えをどうか我々だけでなく、組織の隅々にまで!リリス様の思想こそが我らを導く唯一の光なのです!」
「そうです!我々はリリス様のためならばこの身が砕け散ろうとも構いません!」
講義を終えるたびに彼らは目を潤ませ、そう言って平伏する。恋愛感情が芽生える兆候など微塵も見られない。
私が彼らに近づくほど彼らの中で私を『女』として見る意識は消え失せる。
『崇拝すべき神』としての認識が強化されていく。
そしてこの計画における最大の問題児がハロルドだった。彼は他の四人とはまったく違う意味で私の期待を裏切り続けていた。
「なるほど、つまりこの高度な資産管理術を家計に応用すれば無駄な出費を徹底的に洗い出し、食卓の品数を一品増やすことが可能になる、ということですね!」
私が金融論を説いても彼はそれを主婦の知恵袋レベルに変換し、一人で感心する。
その瞳は他の四人と同じように輝いているが、宿る光の種類が根本的に違う。
それはただひたすらに『主夫道』を極めんとする、純粋な探求者の光だった。
――もう、だめだわ……この計画は失敗よ。
私は信者と化した部下たちと、どこまでもブレない主夫志望の男を前に何度目になるか分からない諦観のため息をつくしかなかった。
◇◇◇◇
もはやこの王国に私の伴侶となり得る人間は存在しないのかもしれない。
巨大になりすぎた組織と私という存在を、ありのままに受け止められる男など。
そんな絶望にも似た諦めが私の心を支配しかけていた、ある日の午後。
執事が一枚の釣書を携えて恭しく私の前に現れた。
「リリス様。隣国より一件の縁談のお話が舞い込んでおります」
「……隣国?」
私の眉が思わず動く。
執事は静かに言葉を続ける。
「はい。お相手はウィリアム・マセリン侯爵。マセリン家は古くから我が国と隣国を股にかけ、貿易商として財を成してきた名家でございます」
「マセリン。あの『魔導エンジン』の輸出でいち早く利益を上げたという……」
その名には聞き覚えがあった。
変化の波を的確に読み、時流に乗る術を心得ている抜け目のない商人貴族。
私の改革にもいち早く順応し、莫大な利益を上げているはずだ。
「ウィリアム様ご自身も若くして家督を継ぎ、その商才でマセリン家の資産を倍以上に増やしたと評判です。……ただ数年前にお子をなす前に奥方に先立たれて以降は独り身でいらっしゃるとか。近頃になって新たなパートナーを探しておられる、と」
隣国の貴族。
それは商売上の駆け引きはもちろん、国防という観点からもリスクを伴う。
迂闊に手を出せば国際問題に発展しかねない。
しかし。
しかし、と私は思う。
――もはや国外にしか可能性は残されていないのかもしれないわね。
この国では私の存在はあまりにも大きくなりすぎた。
私の裏の顔も事業の規模も知らずに近づいてくる愚か者か。
全てを知った上で私を崇拝の対象としか見なせない信者か。
あるいはどこまでも話の噛み合わない主夫志望か。
選択肢があまりにも極端すぎる。
その点、ウィリアム・マセリンは対等なビジネスパートナーとして私の事業を正しく評価しているかもしれない。
国が違えば私の『悪役令嬢』としての悪評も噂話として処理できるかもしれない。
そして彼は一度結婚を経験している。
子供っぽい恋愛ごっこに現を抜かすような男ではなさそうだ。
……試してみる価値は、あるかもしれない。
どん底まで落ち込んでいた私の心にわずかな光が差し込んだ気がした。
「分かったわ。ウィリアム侯爵は商談でこの王都を訪れるのでしょう?」
「はい。来月から数ヶ月ほど滞在されるご予定です」
「なら、一度会ってみるわ。日程を調整してちょうだい」
今度こそ、と私は願う。
――今度こそ常識と理性が通じるまともな大人の男でありますように。
その願いが新たな混沌の序曲に過ぎないことなど、この時の私は知る由もなかった。




