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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
恋はマグロと共に海へ沈む……

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27/63


 応接室を後すると、私は付き従う護衛の一人に静かに声をかけた。


「……あの狸領主から、全てを巻き上げなさい」


 私の言葉に、部下は表情一つ変えず頷く。


「全て準備済みです。リリス様、どうかご安心を」


 その一言を合図に、水面下で巨大な歯車が静かに回り始める。


(哀れな領主。背後にいる貴族連合に唆されているのでしょうけれど……彼らがどれだけ小賢しい嫌がらせを仕掛けようと、私のバカンスには何の影響もないわ)


 私が生きる世界は、常に裏切りと謀略に満ちている。

 そんな中で、敵を叩き潰し、富を収奪し、今の地位を築き上げてきた。

 世間が私を『悪役令嬢』と揶揄するのも、無理からぬこと。


「確かに、我ながら『悪役』であることを否定できないわね……」


 口の端から、自嘲めいた笑みが自然とこぼれ落ちた。

 そう、私は悪役。

 ならば悪役らしく、この茶番に幕を下ろしてあげるのが筋というものだ。


◇◇◇◇


 その日の夕刻、静まり返っていた港に、突如として巨大な影が現れた。


 我がヴォルテクス家の紋章を掲げた大型商船。

 その威容に、港にいた数少ない漁師や住民たちはただ呆然と立ち尽くす。


 船倉から降ろされたのは海外のワイナリーから直接買い付けた最高級のワイン。

 様々な国から取り寄せた色とりどりの果実や上質な穀物。

 そして王都の貴族でさえめったに口にできない高級な嗜好品の数々。


 これらは全て「輸入品」だ。

 王都の正規の関税は通過している。

 しかし、この領地が独自に設定した法外な消費税は一切適用されない。


「ば、馬鹿な……ここまでやるとは……」


 港に顔を出した領主が、信じられないものを見る目で目を丸くしている。

 私は船から降りる。

 部下に開けさせたワインのボトルを片手に、彼に向かって優雅に微笑んでみせた。


「ごきげんよう、子爵。安物のワインはどうにも口に合わなくて。せっかくのバカンスですもの、好きな物を好きなだけ飲ませてもらうわ」


 私の言葉に、領主は顔を真っ赤にして何かを言い返そうとする。

 が、彼には私を止める権利も力もない。


「今夜は良いお酒を飲んで、ゆっくり眠れそうだわ」


 もちろん、地産の食材には高額な消費税がかけられている。

 しかし、それも国内で流通させる場合の話。

 私の商船を使って海外の港へ「輸出」するという名目で購入すれば、国内消費税はかからない。

 ――そんな単純な法の抜け道に、この無能な領主は気づきもしないだろう。


◇◇◇◇


 バカンス二日目。

 私はパラソルの下に用意したテーブルで、氷でキンキンに冷やしたワインを飲む。

 ささやかな海風と、グラスの中で揺れる液体の涼しさが心地よい。


「やっぱり休暇って大事よね。仕事のことはしばし忘れられる」


 そんな独り言をつぶやきながら、寄せては返す波をぼんやりと見つめていた。


 その時だった。

 少し離れた場所で、野太い怒声が響いた。

 視線を向けると、浅黒く日に焼けた、筋肉質な体躯の若い漁師だった。


 周囲の仲間に向けて荒い口調で何やら怒鳴っている。


「チクショウ! 遠洋まで船を出して、命懸けでこいつを獲ってきたってのによ! 帰ってきてみりゃ、意味もわかんねぇほど税金は上がってるし、観光客もいやしねぇ! これじゃあ、この極上のカニも宝の持ち腐れだろうが!」


 その手には、見事な大振りのカニが掲げられている。

 しかし、その顔は悔しさに歪んでいた。

 私はそっとグラスを置くと、砂浜を歩いて彼らに近づいた。


「あなたが抱えているそのカニ、全部まとめて私が買うわ」


 突然の声に、男は驚いたように振り返った。


「なんだ、どこのお嬢様だ? ありがてぇ話だが、今のこの領地じゃ、消費税がとんでもねぇことになってんだぞ。普通の客が手ぇ出せる金額じゃねぇ」


 彼は私を値踏みするように、訝しげに眉をひそめる。

 私は軽く笑いながら、事もなげに返した。


「問題ないわ。買い取ったカニは、私の商船を使って隣国の港へ『輸出』する手筈になっているの。だから、この国の消費税はかからない。私はその前に、ほんの少しだけ『試食』をさせてもらうだけよ」


 男――ディノと名乗ったその漁師は、私の説明に一瞬呆気にとられた。

 しかし、やがて腹を抱えて笑い出した。


「面白ぇ! そんなイカサマみてぇなこと、考えたこともなかったぜ! あんた、ただのお嬢様じゃねぇな!」


 私は護衛に指示し、彼のカニを適正価格の倍で全て買い取るよう手続きする。


「せっかくの新鮮なカニですもの。船に積んでしまう前に、少し楽しませてもらうわ。今夜、この浜辺で皆でバーベキューでもしない? あなたも一緒にどうかしら」


 私の誘いに、ディノは一瞬考え込むそぶりを見せたが、すぐにニカッと歯を見せて笑った。


「そいつは面白そうだ!じゃあ、遠慮なく参加させてもらうぜ!」


 こうして、その日の夜は、急遽、浜辺での大バーベキュー大会となった。


 ディノをはじめとする地元の若い漁師たちが大勢集まる。

 そして、買い取ったばかりの新鮮な魚介を豪快に網で焼いていく。

 私が持ち込んだ高級ワインや異国の果物も、惜しみなく振る舞った。


「うめぇ! こんな上等な酒、生まれて初めて飲んだぜ!」


「あんたみたいな貴族もいるんだな! いけ好かねぇ連中ばかりだと思ってたが、意外と話が通じるじゃねぇか!」


 漁師たちは陽気に騒ぎ、酒を酌み交わす。

 私も悪い気はしなかった。


 普段は裏社会の殺伐とした空気に揉まれている身だ。

 こういう、何の計算もない宴は不思議と心が軽くなる。


 結局、このどんちゃん騒ぎは三日三晩続いた。


◇◇◇◇


 私が漁師たちと酒を酌み交わしている、まさにその裏で。

 私の部下たちは、この領地のもう一つの主要産業である真珠市場への工作を、冷徹に進めていた。


 まず、海外から安価な養殖真珠を、私の流通網を使って大量に持ち込む。

 市場を飽和させ、価格競争を引き起こした。

 さらに、裏の情報網を通じて、悪質な噂を流布させる。


「あの領地の真珠は、海の呪いを受けている」

「身に着けていると、原因不明の病にかかる。体に毒素を蓄積させるのだ」


 根も葉もない噂は、しかし、巧妙に広められ、人々の不安を煽った。

 あっという間にこの領地の真珠の価値は急落した。

 領主が抱えていたはずの真珠資産は、大半がただの白い石ころ同然になる。


 追い打ちをかけるように、私の系列の物流拠点を一時的に閉鎖。

 この領地への生活必需品の供給を絞る。

 領主が設定した高騰する消費税と相まって、領民の生活は困窮を極める。

 その不満は日に日に募っていった。


◇◇◇◇


 バカンス五日目の朝。

 私は海辺に設えたテーブルで、昇り始めた朝日を眺めながら、冷えた果実酒を楽しんでいた。

 すると突然、領主が転がるように現れて私の足元へ土下座しだした。


「リ、リリス様……! この度の無礼、決して本意では……! 背後の者たちに唆されたのです! ど、どうか、お許しを……!」


 顔を上げた彼の表情は、わずか数日前とは別人のように、絶望に染まりきっていた。


 それもそのはずだ。

 私は王家から正式にこの領地の債券を買い上げた。

 彼の元には昨日、即日償還を求める通知が届いている。


 彼の資産である真珠は暴落し、返済能力などあるはずもない。

 すでに私の組織の人間が、彼の館の差し押さえに入っている頃だろう。

 そして、領民たちは暴動寸前。


 ――何もかもが、詰んでいる状態だ。


「私の持つものは全て差し上げます! ですから、どうか、この通り……!」


 惨めに泣きじゃくり、砂に額をこすりつける姿に、私は静かに言葉を返した。

 その声は、自分でも驚くほど甘く響いた。


「そんなに怯えなくてもいいのに…… でも確かに、私は巷では『王子でさえ逆らえば生きた人形にされる』なんて言われてるんだったわね」


 その言葉を聞いた瞬間、領主の体から力が抜ける。

 彼は土下座をしたまま、みっともなく失禁した。


「お、おたすけえええええええええッ!」


 情けない絶叫が、朝の穏やかな浜辺に虚しく響き渡る。


(……まったく、せっかくの酒がまずくなるわ。肴にもならない)


 私は護衛に目配せし、もはや抜け殻のようになった領主を連行するよう指示した。

 部下に両脇を抱えられ、悲鳴を上げながら引きずられていく領主。


 その無様な後ろ姿を見送っていると、不意に背後から、楽しげな男の声が聞こえてきた。


「へへっ、やることが過激だな、あんた。だが、気に入ったぜ。いい女だ!」


 振り返ると、そこには腕を組み、ニヤニヤと笑いながら立つディノがいた。


「権力者を、ああもあっさりと跪かせるなんて、見ていて痛快だったぜ。……なあ、あんた。俺の嫁さんになってくれねぇか?」


 あまりに突拍子もない言葉に、私は一瞬、思考が停止した。


「……嫁さん、ですって? 私は『悪役令嬢』なんて呼ばれている女なのよ。それでもいいというの?」


「俺は気にしねぇよ。あんたが『悪役』だろうが、誰も逆らえねぇ大人物だろうが、そんなこたぁどうでもいい。ただ、強い女はカッコいい。それだけだ!」


 そう言って笑うディノの、あまりに真っ直ぐな瞳。

 私は思わず、小さく笑みをこぼしてしまった。


(まったく……こういう、馬鹿みたいにストレートな性格の持ち主は嫌いではないけれど)


 だが、漁師である彼と、裏社会に生きる私。

 その立場を考えれば、結婚などあまりにも非現実的だ。


 私は彼の申し出を丁重に断ろうと、そっと口を開いた。

 しかし、ちょうどその時、連行を終えた護衛たちが私の元へ戻ってきた。


 ――そのため、その言葉は波の音にかき消されることになったのだった。


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― 新着の感想 ―
相変わらず痛快です!バカンスが楽しめて良かった!その裏でとんでもないことしてるけど!w
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