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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
王子が倉庫で腐っちゃう……

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22/64


 私はすぐに王宮と連絡を取った。


 筆頭文官を交渉相手に指名した。

 そして、話は驚くほどスムーズに進んだ。

 私が提示した資産譲渡の計画書を、文官は数時間で完璧に理解した。

 王家の利点を最大化するための修正案まで提示してくる。


「これなら安心してお任せできるわ」


「もったいないお言葉。リリス様の構想の壮大さに、我々も身が引き締まる思いです」


 ようやく、まともな人間と会話ができた。

 私は胸をなでおろす。

 王子と令嬢のことは記憶の片隅に追いやることにする。

 彼らには優秀な文官をつけてもらって、極力放置する方針を固めた。

 これで、面倒ごとはすべて回避できるはずだった。


 そんな折、文官との最終打ち合わせの席で、思いがけない話を聞かされた。


「実は、アレクシス殿下が、リリス様との婚約発表を祝う、盛大な夜会を企画しておられまして……」


「……夜会?」


「はい。殿下自ら、招待客のリストアップから会場の装飾まで、精力的にご準備を……」



 なぜ?



 私の思考が、またしても疑問符に支配される。

 政治にも経済にも一切興味を示さなかったあの王子。

 なぜ、ただの形式的な婚約発表に、そこまで情熱を傾けるのか。

 

 理解不能だったが、止める理由もない。

 主導権をこちらが奪い取り、すべてを仕切り直すのは簡単だ。

 しかし、それでは彼の小さな自尊心を傷つけるかもしれない。


(……まあ、いいわ。せっかくのやる気を削いではかわいそうだし)


 私はそう思い直し、文官に王子のサポートを指示するに留めた。

 その裏で、私は着々と利権と資金の移譲に向けた、最終準備を進める。


◇◇◇◇



 そして、パーティー当日。

 王宮のホールは王子の指示だという煌びやかな装飾で彩られる。

 そして、多くの貴族たちで賑わっていた。


 序盤は、驚くほど和やかに進行する。

 アレクシス王子は、その完璧な美貌を武器に、主役として堂々と振る舞う。

 私は安堵の息を漏らした。



 ――しかし、その安堵は、一瞬で霧散した。

 王子が、おもむろにステラ嬢の手を取り、自分の隣へと侍らせ始めたのだ。

 パーティーの趣旨を知っている参加者たちが、ざわめき始める。

 皆が「ん?」という顔で、二人を、そして私を交互に見ている。


 嫌な予感が、冷たい手で私の心臓を掴んだ。


(……まさか、この場でステラ嬢を第二妃にでも指名するつもり? そのために、このパーティーを精力的に企画していた、というわけ?)


 そう考えると、彼の行動にも一応の筋は通る。

 だとしたら、世間知らずで、私を軽んじたやり方だが。


(まあ、そうだとしても、もう仕方ないわね。私も放置していたし、深く関わる気もないし……)


 私は半ば諦めて、グラスに口をつけた。

 その瞬間、アレクシス王子が、ホールの中央で高らかに声を張り上げた。


「リリス・ヴォルテクス! お前との婚約は、今夜限りで破棄させてもらう!」


 シン、とホールが静まり返る。

 私の手の中で、グラスがピシリと音を立てたようだった。


(え……? 婚約の発表もまだ正式にしていないのに、破棄された!?)


 意味が分からず混乱する私を置き去りにして、王子はさらに続けた。


「そして!」


 彼はステラ嬢の肩を抱き寄せ、勝利の宣言のように叫ぶ。


「ステラ・ロワーヌと正式に婚約を結ぶことをここに誓う! ステラのような高潔で美しい令嬢こそ、このアレクシス・ドラクールにふさわしいのだ!」


 この宣言に、ステラは恥じらうように頬を染め、うつむいた。

 しかし、その頬の紅潮とは裏腹に。

 夜会の参加者たちは、まるで死刑宣告でも受けたかのように青ざめるばかりだった。


 私は、ようやく状況を飲み込み、目の前の美しい男に問いかけた。

 その声は、自分でも驚くほど冷静だった。


「え、それ本気で言っているの? ……っていうか、大丈夫なの? ちゃんと、周囲の人間に相談した?」


 例えば、あなたの父君である国王陛下とか。

 私の資産譲渡計画を把握している筆頭文官とかに。


 しかし、王子は私の問いを、愚かな質問だとでも言うように鼻で笑った。


「なにを言う! お前が『悪役令嬢』などと呼ばれているのは周知の事実! そんな女と婚約を続けられるわけがないだろう!」


 ああ、そうか。

 そういうことだったのか。

 私は理解した。理解して、そして猛烈に呆れていた。


(何この状況。ていうか、準備してた権利の移譲は?? ……もう無理かしら)


 半ば諦めの境地で、私は小さく息を吐いた。


「そ、そう…… あなたの耳に『悪役』という噂が入っているなら、それは否定しないわ。……無能だと思って放置していたけれど、まさかここまで考えなしだとはね。起こってしまったことは仕方ない……わかったわ」


 私がそう言うと、ホールにいた誰もが息を呑んだ。

 私は背を向けて、踵を返す。

 会場の隅々まで冷気が漂っているのがわかるほど、凍りついた静寂。

 そんな中、ハイヒールの音だけが、やけに高らかに響き渡っていた。



◇◇◇◇



 疲労困憊、という言葉がこれほどしっくりくる夜はなかった。

 屋敷の重厚な扉をくぐると、待機していた部下が驚いたように駆け寄ってくる。


「リリス様、お早いお帰りで。夜会はまだ続いているのでは……?」


「ええ、もう終わったのよ。私の中では、ね」


 私は近くのソファにぐったりと身を沈めた。


 部下は心配そうに私の顔を覗き込む。

 その目に、私は先ほどの顛末を、言葉少なに語って聞かせた。


 話を聞き終えた部下の顔から、みるみるうちに表情が抜け落ちていく。

 そして、困惑と、それを塗りつぶすほどの静かな怒りがその瞳に宿った。


「……それは、あんまりな仕打ちではございませんか」


 その声は、絞り出すように低かった。

 彼は一歩前に進み出て、拳を握りしめながら提案してくる。


「こちらの好意で権力と資金の移譲を申し出ているというのに、このような愚行……。このままでは、リリス様が周囲の貴族や対立組織に舐められてしまいます。ここは、王家に対して、それ相応の報復措置を取るべきかと存じます」


 報復。

 その言葉を聞いても、私の心は動かなかった。

 ただ、疲れていた。

 考えるのも、もう面倒だ。


「……そうね。それは、そう。それじゃあ、やり方は任せるわ。私はもう今日は休むわね」


 私がそう言うと、部下は深く、恭しく頭を垂れた。


「御意に」


 ――その声に歓喜の色が混じっていたことに、その時の私は気づかない。


◇◇◇◇


 翌朝、私はすっきりとした頭で目を覚ました。

 昨夜の出来事が嘘のように、心は晴れやかだ。

 やはり、睡眠は最高の回復薬。


 などと考えていると、昨夜の部下が晴れやかな表情で入ってきた。


「リリス様、ご報告いたします。報復措置、昨夜のうちにすべて完了いたしました」


「あら、仕事が早いのね。それで、具体的には何をしたの?」


私の問いに、部下は胸を張り、嬉々として語り始めた。


「まず、王都に通じるすべての物流を、完全に停止させました。食料も物資も、今朝からは一切入っておりません」


「……え?」


「次に、我々の組織の『用心棒』たちが、王都の全住民に対し、『治安維持のため』として外出の自粛を丁寧に呼びかけました。現在、街路に人影はございません」


「……」


「そして、『魔導エンジン』や『魔導調速機』を使用するすべての工場、商店の関係者には、設備の緊急メンテナンスを名目に、一時休業をお願いいたしました」


 私の事業と無関係な人間など、この王都には存在しないと言っていい。

 部下は、満面の笑みで締めくくった。


「結果、王都は昨夜一晩にして、完全なゴーストタウンと化しております。対外的にも、リリス様の影響力と、その恐ろしさを改めて思い知らせる、見事な示威行動となりました」


 部下は、心からご満悦の様子だった。

 私は、その報告を聞きながら、ゆっくりと天を仰いだ。


(いや、やりすぎでしょう……)


 事業の影響力を思うと、やりすぎではないのかもしれないが……

 もう少し、上手いやり方があったのでは?

 首都機能の完全停止など、そんなことになるとは思わなかった。


 ゴーストタウンと化した王都を、正常な状態に戻すための調整。

 山のような指示書。

 各方面との意見の擦り合わせ。


 そのすべてを思った瞬間、回復したはずの精神に鉛のような疲労がのしかかってきた。



(疲れていても、適当な指示を部下に出すべきではなかったわね……)



 私は、心の奥底で、そんな痛恨の教訓を噛みしめるのだった。

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― 新着の感想 ―
無能どころか、ポンコツ愚か者の足引っ張り王子!そして、有能過ぎる部下wでも、後処理で大変な事にw?駄目駄目王子は、薬か毒をもって、動けず喋れずにしとくべきでしたね、王様。 リリスさんが大好きな部下の、…
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