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108/108

108 吹けよ剣風! 冒険者ギルド勇戦す

 心なしか血のような匂いの風に乗って、かすかに喧騒けんそうが聞こえる。戦場が近い。


 悪い予感はしていた。男爵の領地に入る際、関所が無人だったからだ。

 つまり兵を置く余裕がないか、何らかの理由で放棄されたということ。いずれにせよ好ましい事態ではないだろう。


 軍勢は早足で進む。

 喧騒がいや増す。

 やがて森が切れ視界が開け、男爵の統治する町が見えて、誰とも知れぬ安堵あんどの声が聞こえた。


 よかった。持ちこたえていたか。


 ややいびつな円形の城壁――高さ、厚さとも迷宮都市リンゲックとは比較にならないが――の近くに布陣する一隊が、散発的に弓や魔法で攻撃している。門は破られていない。


 代わりに、包囲を解いてこちらに軍勢を並べ始めていた。

 一部の兵で男爵の軍を城に閉じこめ、残りで野戦を挑むつもりらしい。もう力攻めで城を落とすのは間に合わん。


 ただ、こちらへの応戦を抜きにしても全力の攻めでないことは分かった。地面に落ちている矢などが少なすぎる。


(当然か)

 俺は心の中でひとりごちた。


 内乱はいつまで続くか分からない。損耗したくないのは伯爵も同じだろう。勝ち確の相手なら尚更だ。

 そしてこのいくさは異民族や魔物相手と違って、どちらかが全滅するまで続けるようなものではない。極端な話、新政権での立場を有利にするための点数稼ぎに過ぎないのである。少なくとも一部の野心家にとっては。


 ともあれ、味方を率いるフェルスター辺境伯は戦闘準備の命を下す。高らかにラッパが鳴り響き、林立した旗指物がなびいた。


 ━━━━━


 両軍は互いに横長、三段構えの陣形で向かい合う。


 どちらにも急いで集めた傭兵や、俺たち冒険者を含めた市民兵がおり、しかも急なことゆえ調練も十分でなく、母さんが教えてくれたソーンの兵法、魚鱗ぎょりんだの鶴翼かくよくだの上等なことはさせられない。それでも一応の格好は整っている。


 わが軍の編成は、まず前衛中央に、槍ぶすまと盾の壁で敵を食い止める重歩兵と、据え置き式の盾をもつクロスボウ兵。

 装備は十分でないが、傭兵や戦奴隷いくさどれいもここに配置されていた。逃亡できぬよう囲い込む、あるいは最前線で使い潰すためだった。

 その左右に、機動力に富む軽歩兵と、本人も魔法使いである辺境伯が誇る魔法隊。

 中央が膠着こうちゃくしている間に左右を崩し、包囲の形にもっていくのが彼らの役目だ。セインとリュカはここの担当。


 二段目中央は前衛の交代要員と、ラウルを擁する弓隊、さらにゴーティエを含む治療班。前衛の頭上を越える放物線の軌道で矢の雨を降らせ、負傷者の応急処置や、防御魔法による支援を行う。

 その左右に、攻撃の切り札となる騎兵。ここはゾイスタンと俺が左右の部隊に位置する。馬は領主様から借りた。


 最後の三段目が、総大将直属の精鋭からなる本陣、あとは補給隊や伝令、若干の予備戦力。


 先に述べたように高度な連携は望めない。戦いが始まったらよーいドンで進軍し、ひたすら殴り合う展開になるだろう。あとは個々の強さと士気の勝負だ。


 ━━━━━


 合戦の作法に従い、まずは両軍の大将による名乗り、次いで互いの正当性をアピールする口上。敵将の伯爵が言うには、


「亡きシャルル陛下はルイ王子、いや今や新国王となられしルイ陛下に後事こうじを託された。我々はその遺志に従って、正当な王を奉ずるものである!」


 とのこと。これに対し辺境伯は、


「何をか言わんや。ルイ王子はシャルル陛下を、自らの父を弑逆しいぎゃくせし大罪人なり。我ら正義の名のもとに、不義、不忠、不孝の逆賊をちゅうせん!」


「男爵は破廉恥にも恩を忘れ……」

「敵国に救援を乞うなど亡国の……」


 格式ばった応酬が続く。要は「正しいのは俺らだ、降参してこっちの陣営につけ」ということだが、むろん両方とも「はい分かりました」と言うわけもなく。

 やがて舌戦ぜっせんが終わると、大きく太鼓の音が響いた。そして敵陣から、みごとな馬に乗った騎士が進み出たではないか。


 一騎討ちを挑んできたのだ。


 これまさに合戦の華にして、序盤の勢いを左右する重要な勝負であった。

 勝てば味方は奮い立ち敵は怯える。なぜならいつかの決闘裁判のような、神が正しい方を勝たせるという迷信があるからだ。


「逆賊どもよ、神の裁きを受けるがよい。うぬらの中に、この私と戦う勇士がいるか!?」

 騎士が声高に叫ぶ。


 さてどうしたものか。背中は見せられないが、といって誰それ出てこいと指名されたわけでもない。「誰が行く?」という空気が流れて数秒、反対側の騎兵隊から声が上がった。


「受けて立とう。遍歴へんれきの騎士ゾイスタン、『銀緑ぎんりょく剣風けんぷう』の名にかけてお相手いたす」


 ━━━━━


 両軍とも太鼓や盾を叩いて気勢を上げるなか、ふたりの騎士が向き合った。

 どちらからともなく馬を駆けさせる。

 最初はゆっくり、徐々に速く。激突の瞬間に最高速になるよう、互いに間合いとタイミングを計りながら。


 音が止んだ。敵も味方も、かたずを飲んで竜虎の対決を見守る。そして……


「おーッ」

「はああぁっ!」

 裂帛れっぱくの気合とともに、一閃、槍がくり出された!

 どちらも板金鎧プレートアーマーをまとっており、丸みを帯びた部分への突きは流される。したがって狙いは装甲のない関節部。


 ばきん! と乾いた音が響く。

 必殺の突き、しかしこれは二人とも読んでおり、巧みに盾で受け流した。

 だがその盾はもうボロボロ。双方もはや用をなさなくなった木片を捨て、両手で槍を持ち反対側まで移動。仕切り直しだ。


 そして再度の突進。ふたたび槍が合わさる!


(上手い!)


 槍が交差する瞬間、ゾイスタンは素早く穂先を動かした。相手の槍に絡めるようにだ。

 すると先端の旗、これは騎士の身分を表すとともに、風を受けて穂先をコントロールするものだが、それが相手の槍に巻きつく。

 そのまま結び紐が切れて旗は取れたが、狙いを逸らすことには成功した!


「ぐっ!?」

「でやあぁぁーっ!!」

 相手の騎士の狼狽ろうばい、ゾイスタンの雄叫びは同時だった。肩に直撃を受けた敵の騎士がぎゃあと悲鳴をあげ、鞍から放り出されて地面に落ちる。


 ここでゾイスタンも下馬。俺がギルスタンと決闘したときもそうだったが、片方が落馬したらもう一方も馬を降り、剣で戦うのが作法だ。

 しかしもはや勝負あり。ダメージの差が歴然であることに加え、剣風の異名が示すとおり、ゾイスタンがもっとも得意とする武器は剣なのだから。


 神速の斬撃が空を裂く。正確無比の刺突が流星のごとくきらめく。ほどなく相手は剣を叩き落とされ、力なく両膝をついた。


 歓声と嘆息のなか、傷ついた騎士とその馬が連行される。武具や馬は勝者のものになり、敗者は身代金のため捕虜にされるのだ。

 両軍の士気に大きな差が出た。この機を逃すフェルスター辺境伯ではもちろんない。


「見よ、神の審判が下されたぞ! 戦士たちよ、今こそ忠義と誇りを示したまえ! 全軍、前進!」


 ━━━━━


 最前列の歩兵がぶつかる前に、まずは矢合わせ、つまり弓や魔法による遠距離攻撃。


 雨のように矢が降りそそぎ、無数の魔法が乱れ飛ぶ。対抗して双方とも盾をかざし、シールドの魔法も展開。術者によって強度はピンキリだが、あの強力な障壁はゴーティエかな。


 脱落者を出しながらも戦列は近づいてゆく。

 ふと、敵の一部が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。見れば、そこの地面に魔方陣が展開されている。


(やるなセイン。落雷の魔法か)

 そう思った刹那、轟音とともに稲妻が落ちた。すぐさまリュカら軽歩兵が斬り込み、混乱した敵を打ち倒してゆく。

 落雷そのものは発動から着弾までにタイムラグがあるため、直接の撃破数はそこまででもない。が、隊列の乱れは戦闘力に直結する。みごとな連携だ。


 さらに。勝ち運というやつか、なおも味方を勢いづかせる事態が起きた。敵の歩兵隊長が流れ矢を受けて倒れたのだ。頼みの綱が切れ、向こうはますます浮き足立つ。

 勝機は今こそ。

 切り札を使う時がきた。満を持して俺たちに突撃命令が下る。やっと出番だ!


「真打ち登場、ってね!」

 俺は先陣を切って馬を飛ばす。

 敵も対抗して騎兵をぶつけてきた。


(あっちも精鋭ぞろいだろう。侮るのは危険だ、手加減はしない。個人的には何の恨みもないが悪く思うな、これも乱世のならい、もののふの宿命だ)

 俺は馬を駆けさせつつ槍を構える。


「勇者ジュリアがそく桜樹おうじゅの剣士ヒデト推参すいさん! ゆえあってフェルスター辺境伯に合力ごうりきいたす! 命が惜しくば去れ、そうでないならかかってこい!」


 言い終わると同時に、両騎馬隊が激突した! そこかしこで槍や剣が打ちあい、隣の声も聞こえぬ金属音の中で火花が散る。


「向かってくるなら容赦はせん! この槍のさびになりたい奴はどいつだっ!」


 俺は単騎で敵のど真ん中に突っ込み、向かってきた命知らずどもを片っ端からなぎ倒した。ドワーフ秘伝の業物わざもの、オルフラムの十文字槍がうなるたびに、ある者は逃げ、またある者はあけに染まってゆく。

 意識して覚えてないから、誰をどうやってやっつけたか全然分からん。数? んなもん最初から数えてねえよ!


「た、隊長がやられた!」

「敵には化け物がいるぞ!」

 相手の兵が口々に叫ぶ。隊長? 誰だそいつは? いま落馬した青い盾の騎士か?


 隊長とやらが誰か知らんが、とにかく敵の騎馬隊は総崩れとなった。他の戦線も味方が押しているようだ。

 そしてここで、勝負を決定づける一手が打たれる。籠城していた男爵が打って出たのだ!


「援軍だけに戦わせては武門の名折れ! 今こそ当家の意地を見せる時ぞ、続けぇーい!」


(おいおい、あまり無茶してくれるなよ)

 直接戦った俺は知ってるが、あの男爵はそこまで強くない。せっかく助けに来たのに、勝手に玉砕されたら洒落にならんぞ。


 正直、内心ひやっとしたが……

 いけいけムードが上回ったか、敵は総崩れとなり敗走を始める。決着はついた。


「わが軍の勝利だ!」

勝鬨かちどきをあげろ!」


 炎のごとく鮮血のごとく、あるいは一敗地にまみれた伯爵の家運を暗示するかのごとく……沈みゆく夕陽のくれないに照らされ、いまだ余塵よじんくすぶる戦場に、「わが喜び」を意味する「モンジョワ!」の勝鬨が響き渡る。


 追撃命令は出ない。味方も疲弊しているし日も暮れる。深追いは危険との判断だろう。


 ━━━━━


 戦いの高揚感が、命を拾った安堵が、喜びを一層大きなものとしていた。


「お久しぶりでございます、男爵閣下」

「おお、ヒデト殿! また助けられましたなあ。いやはや、先のランテルナをはじめ、新たな武勇伝はこちらにも聞こえておりますぞ」


 俺と男爵は握手、そしてがっしと抱擁を交わす。つき合いは短いし歳も離れているが、直に剣を交え共に戦場を駆けた絆に、そんなもの何の関わりがあろうか。

 思えば、会うのは砂漠からの帰り以来だ。助けが間に合ったことと味方の快勝、まことに快き再会である。


 その後は辺境伯やゾイスタンとも言葉を交わす男爵。今後の方針を確認すると同時に、負傷者の治療や捕虜の対処も抜かりない。


 そして夜。勝利の宴は盛大なものとなった。同時に論功行賞ろんこうこうしょうも行われ戦利品が分配される。

 一番手柄は、一騎討ちで敵将を捕らえたゾイスタン。俺は二番手。

 驚いたことに、歩兵隊の将を射たのはラウルであった。彼なら、あるいは狙ってやったのかもしれない。セインとリュカも戦功華々しく、ゴーティエは多くの味方を救い、わがギルドの名は天下に示されたろう。結構なことよ。


 翌朝、今後の方針が発表された。ひとまず軍備再編のため町に留まり、それが済み次第、伯爵領に侵攻するそうだ。


 ━━━━━


 数日後、進軍が開始された。


 ここからは特筆することはない。いわば消化試合だからだ。兵力で大きく劣る男爵の城を落とせず、かつ武将を複数失った伯爵軍に、もはや頭数はともかく戦意は乏しい。


 味方は城を囲み、安全圏から投石機で土のうを撃ち込んでほりを埋めてゆく。城攻めの下準備というより、プレッシャーをかける心理攻撃だ。

 同時に投降も呼びかける。効果はてきめん、壕が役に立たなくなるにつれ脱走兵が出始め、籠城軍の士気はさらに落ちていった。


 敵は最後のあがきと打って出てきたが、これも俺が先陣になって撃退。ここでは俺が一騎討ちを行い、伯爵と血縁のある騎士を捕虜にした。遅まきながらゾイスタンに並ぶ手柄である。


 翌日。

 万策尽きた伯爵は和議を乞うてきた。最初からそれが目的だったので、辺境伯はこれを受諾する。もちろん伯爵がフィリップ王子の傘下に入ることや、賠償金その他もろもろの有利な条件で……


 かくして、王位継承戦争の第一ラウンドは終わった。まだまだ先は長かろうが、幸先のよい勝利であった。

いや増す

ますます増していく、の意。


弑逆

目上の人を殺すこと。


合力

協力。助太刀。


オルフラム

本作の造語。詳細は28話参照。

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