8.シュゼットに相談会
「こんにちは、マリエル」
「いらっしゃい、シュゼット、それにブロンも。どうぞ入って」
夜中からの雨が降り続く翌日、シュゼットは一か月ぶりにマリエルの家を訪ねていた。雨に濡れるのが嫌いなブロンは、シュゼットの腕の中で満足気だ。
食堂に入ると、アナイスやカミーユたちおなじみの顔ぶれの他に、初めて見る女性が一人すでにお茶を始めていた。
「お先にごめんね、シュゼット」とアナイス。
「ううん。わたしこそ遅くなってごめん」
「大丈夫よ。シュゼットは家が遠いんだから」
マリエルは「座って座って」と言って、シュゼットの背中を優しく押した。シュゼットは椅子に座る前に、ブロンを床に下した。するとブロンはエメたち子どもが座っている方に一目散にかけていった。
「さあ、これでみんなそろったわね」
マリエルはシュゼットの分のお茶を注いだ。
「それじゃあ、『シュゼットに相談会』を始めましょうか」
「シュゼットに相談会」とは、夏のハーブランチの日からできた定例会のことだ。マリエルたち新米母さんたちが体の悩みをシュゼットに相談するというもので、これまでに四回開催されている。
「今日は新しい人も来てるの。ベアトリスよ」
ベアトリスは少し緊張した顔で、会釈をした。シュゼットも笑顔で会釈をする。
「わたしで良ければ力になるので、なんでも相談してくださいね」
ベアトリスは肩を強張らせ、緊張した表情で「ありがとう」と答えた。
はじめはマリエルの親しい友人だったこの会は、回を追うごとに少しずつ人数が増えている。今日はシュゼットとマリエルの他に十人もいる大所帯だ。その中には、エクトルとコラリーの母親であるオロールや、ロラの母親であるフランセットもいる。
「さてと。何か相談したいことがある人は?」
司会のマリエルが挙手を求めると、カミーユがサッと手を挙げた。
「今回は何といっても冬風邪じゃない?」
「そうね。毎年のこととはいえ、怖いわあ」
「子どもがいるとなおさらよね。子どもの体調はもちろん、自分が倒れるわけにはいかないし」
マリエルは、ブロンとクッションを引っ張り合って遊んでいるエメの方を見た。
「確かにね。学校がないって言っても、子どもたちは外で遊びたがるし。どうやってわからせれば良いのか」
少々やんちゃなエクトルに手を焼いているオロールは、ため息交じりに言った。
――やっぱりみんなの心配は冬風邪なんだな。毎年少なからず亡くなる人がいるから、不安に決まってるよね。
「それなら、力になれるかもしれません」
シュゼットはカゴの中からハーブチンキを取り出した。
「これ、風邪予防に効くハーブで作ったチンキなんです。これを数滴垂らした水で定期的にうがいをして、手洗いも定期的にすると、予防になりますよ」
「予防って、冬風邪にならないってこと?」とベアトリス。
「絶対に罹らないってわけではないですけど、確率を下げることはできます」
「へえ、良いじゃない! わたし、一つ買うわ。藁にも縋りたい気持ちなの」
アナイスはすぐに銅貨を取り出して、ハーブチンキと交換した。
「水に数的落とせば良いのよね」
「はい。ちなみに使えるのは十六歳以上の大人だけです。アルコール度数が高いお酒で作ってるから、大人の中でも妊娠中・授乳中の人、高血圧の人、それからてんかんの人には与えないこと。それから子どもにも絶対に与えないでください」
シュゼットは「代わりに……」と言いながら、カバンの中から別の瓶を取り出した。
「子どもたちはハーブティーを使えば風邪予防になります! ローズヒップとエルダーフラワーのハーブティーを飲んでも良いし、うがいに使っても良いと思います」
「さすが! 抜かりないわね、シュゼット」
フランセットはパチパチと手をたたいた。
「えへへ。でも、すごいのは植物ですよ。ちょっと待ってくださいね。全員分あるかな……」
シュゼットが瓶を軽く振りながら首をひねると、マリエルが「ねえ」と声を上げた。
「シュゼットがそんなにいろいろな風邪予防を知ってるなら、たくさんの人が実践するべきじゃない?」
シュゼットは顔をあげながら「えっ?」と言った。全員がシュゼットに注目している。
「確かにみんなが気を付ければ、そもそも風邪が流行らないものね」とアナイス。
「それならわたしたちが評判を広げましょうよ。シュゼットのおかげでいつも助かってるって」とカミーユ。
「良いかも! まだシュゼットのことを知らない人もいるかもしれないしね」
「どうする、この町だけ冬風邪が流行らなかったら」
どんどん盛り上がる婦人たちに、シュゼットは急いで声を上げた。
「ま、待ってください! わたしのはあくまで民間療法だから、病気になったらちゃんと病院にはかかった方が良いものだし。さっきも言った通り、罹る確率を下げるだけで、絶対にならないわけじゃないから、そんなに過信されると……」
マリエルは慌てるシュゼットの手をそっと握ってきた。
「あなたの民間療法を過信してるわけじゃないわ。あくまで民間療法だものね」
「うん。自分の知識と……」
シュゼットは「神様のお告げ」という言葉を飲み込んでから、口を開いた。
「勘と、経験だけが根拠だから」
「わかってるわ。でもね、わたしたちは『シュゼットのこと』は信頼してる。わたしたちのことを本気で考えて、心配して、知恵を分けてくれてる、最高に素敵な子だって。だから、シュゼットに頼ってみたいのよ。あなたに頼れば絶対に悪いことにはならない。そう確信できるの」
マリエルは優しく微笑んだ。
「まあ、シュゼットが嫌なら、無理には広めるのはやめましょうよ。わたしたちと、わたしたちの仲間だけでも良いじゃない」
アナイスの言葉に、すぐにフランセットも同意した。
「シュゼットが忙しくなって、体調を崩したりしたら大変だもの」
「確かにそうね。ごめんね、シュゼット。困らせちゃって」
「ううん! 困ってはないよ! むしろ、うれしかった。みんながそんなにわたしを信頼してくれてるって知れて……」
口にするのが照れ臭い言葉に、シュゼットの声はしりすぼみになっていった。
マリエルたちはそんなシュゼットを優しいまなざしで見守った。




