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10.シュゼットとエリクのハーブ料理〈ブールドネージュとラベンダーケーキと羊肉のスープ〉

 シュゼットとエリクはエプロンを付けてキッチンに立った。ブロンはふたりの真ん中に得意げに胸を張って立つ。その顔付きは、まるでふたりの助手のように威厳に満ちている。

「エリクは何を作るの?」

「ブールドネージュとケーキ。ケーキはラベンダーシュガーを使うんだけど、良いか?」

「もっちろん! いくらでも使って。他の材料も遠慮なくね」

「ありがとな。シュゼットは何を作るんだ?」

「わたしは羊肉のスープ。羊肉は体が弱ってる人がスープにして飲むと元気が出るからね」

「良いアイディアだな。それじゃあ、お互いがんばろうっ」

 ふたりは握手を交わすと、それぞれ持ち場に散らばった。


 エリクは先にブールドネージュにとりかかった。

 まずは全粒小麦粉と水、バターなど基本の材料を使って生地のベースを作る。ベースができたら、その中にハーブの粉を入れて行く。これはシュゼットが作ったハーブ粉だ。

「ナツメグにシナモン、それからクローブだな」

「へえ、おいしそうな組み合わせ。エリクはハーブの知識があったんだ」

 シュゼットはニンジンの皮をむきながら、エリクの手元をのぞきこんだ。

「いや? 昔住んでた街では、礼拝が終わると、お菓子が振舞われたんだ。すごくうまかったから作り方を聞いたんだよ。それを覚えてるだけ」

「すごい記憶力! それに、その教会の話、素敵だね」

「そこにいる人はみんな優しかったよ。お菓子もうまいし。引っ越したのは、あれだけは惜しかったな」

 エリクは歯を見せて子供っぽく笑った。

 ハーブ粉を入れたら、後はよく混ぜ合わせ、約三十分冷暗所で生地を寝かせる必要がある。しかしこの家に魔法動力の食料保管庫はないため、地下室に置いておくことになった。シュゼットも生地を寝かせる時はいつも地下室を使っている。

「よしっ。それじゃあ今度は、ケーキだな」

 小麦粉やふくらし粉など基本の材料と、ラベンダーの生の花とラベンダーシュガーで生地を作る。それだけでも十分おいしそうに見え、エリクは自分の腹までなりそうだ、と苦笑いしながらお腹をさすった。材料がすべて混ぜ合わさると、型に入れた状態で、温めていたオーブンに入れ、三十分焼く。

 焼けるのを待つ間はブロンと遊んでも良いが、その間に、クッキーの生地を取りに行き、麺棒で薄く延ばし、型を取ってオーブンで焼くだけの状態にした。

「あとはどっちも焼き上がりを待つだけだな」


 一方、シュゼットは、ニンジンやキャベツでスープのベースとなる野菜ブイヨンを作り終えたところだった。ここから、ニンジンとフェンネルを切り、白いんげん豆を茹でるのだが、一晩寝かせていないせいで、白いんげん豆はいつまで経っても固い。

「仕方ない。豆は諦めるか」

 シュゼットは豆を放置して、作業の続きにとりかかった。

 一口大に切った羊肉を良く焼き、その中に野菜ブイヨンを加える。さらに、セイボリーやタイムのハーブ粉、生のタイムを入れて煮込む。

「あとはニンジンとフェンネルを途中で投入して、さらに煮込めば完成!」

 シュゼットが手を洗いながら部屋の中を見回すと、エリクとブロンの姿がなかった。

「サンルームに戻ったのかな?」

 エプロンで手を拭きながらサンルームへ向かうと、予想通り、エリクとブロンはフェリアスの傍に座っていた。アンリエッタは椅子に座って船を漕いでいる。朝からショッキングなものを見て疲れてしまったのだろう。

 フェリアスはお腹が減って力が出ないと言って、また眠りについている。ただそれだけだとわかっていても、ぐったりと眠るフェリアスの体が心配になる気持ちは、エリクとブロンもシュゼットと同じようだ。

 シュゼットは優しい目でフェリアスを見守るエリクとブロンを愛しく思った。

「どう、フェリアスの調子は?」

 シュゼットが傍に座りながらささやくと、エリクもささやき返してきた。

「ぐっすりだ。苦しそうな様子もないし、傷がすでに良くなったのかもな、シュゼットのおかげで」

「それはどうだろう。でも、少しでも早く良くなってくれたら良いよね」

 カレンデュラの軟膏は、一日に何度か塗りなおす必要がある。たった一度では効果は薄いだろう。

「……うーん。おいしそうな、におい」

 フェリアスのつぶらな瞳がうっすらと開くと、ブロンが嬉しそうにシッポを振った。

「あ、ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん。いいにおいだから、起きちゃった。タイムと、ラベンダーと、フェンネルと、それから……」

「すごい! 全部当たってる!」

「本当にハーブが好きなんだな」

「ふふふ、まあねえ」

 フェリアスはまどろみながら得意げに笑った。


 それから料理ができると、フェリアスはまた首だけを起こして、器用にぺろりと平らげた。本当にお腹が空いていたらしい。エリクは「嬉しい食いっぷりだな」と満足げに言った。

「お腹がこなれたら、傷口を見ても良い? 軟膏を塗りなおしたくて」

「カレンデュラの良い香りがするやつ?」

「そう。傷を治すために必要なんだ」

「わかった。痛そうだけど、がんばるよ」

 シュゼットは「偉いっ」と言いながら、フェリアスの角を優しくなでた。



 この日、夜が来る前にひどい雨が降り出した。シュゼットは、ニノンを呼んでよかった、と心から思った。夕食の後、シュゼットはサンルームに横たわるフェリアスの傍に改まった態度で座った。すると、フェリアスの目がうっすらと開いた。

「あの、フェリアス。ちょっと話があるんだけど」

「ラーロだよ」

「ラーロって言うんだね。あのね、ラーロ。さっき、ラーロの傷を見て、まだ治るのに時間がかかりそうだと思ったんだ。だから、ラーロさえ良かったら、しばらくうちにいない? 心配なんだ、そんな怪我で、またひどい目にあったりしたらと思うと」

 エリクとブロンとアンリエッタは、サンルームに入らずに聞き耳を立てた。

 ラーロはすぐには答えなかったが、やがて明るい声で「うん」と言った。

「ぼくもそうできたらいいなって思ってた。むしろいても良い?」

「もちろんだよ、ラーロ。最後まで看させてほしい」

「それじゃあよろしくねえ」

 ラーロは若草色の目を三日月型にして笑った。

 こうしてシュゼットに家に、今度は魔獣・フェリアスのラーロが加わった。


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