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仮想空間

「お疲れ~っす」

 ゴガン!

「あぎゃ!?」

「うぉ!?」

 ドアを開けた瞬間、鈍い音と素っ頓狂な声が聞こえてきた。扉も途中までしか開かない。

「お、おごぉ……ゆ、優吾キサマァァァ!!」

「あーや先ぱ……何ですかそれ」

 胸倉をつかんできたあーや先輩は何やら目を覆う箱型のゴーグルのようなゴツい機械を顔にはめていた。正確に俺の下へ走ってきて胸倉をつかんでいるが、前は見えているのだろうか。

「なんだ、VRも知らんのか。遅れているな」

「おー、これが噂の」

 VR、とは仮想現実バーチャル・リアリティのことでありコンピュータで作られた疑似空間を現実として知覚させるように用いた技術のことである。近年ではVR技術を用いたコンテンツが多く出ているが、学生に手が出るような代物ではないので俺も実際に見たのは初めてだった。

「西田教授が研究用機材として持ってきてくれてね。せっかくだからみんなで色々遊んでるんだ」

 横から七瀬先輩が説明してくれる。

「へー」

「へー、じゃない!楽しんでいたところだったのにお前が急にドアを開けるから、ここ!ぶつけたんだぞ!!」

 右手で自分の頭を指差しながら左手で俺をゆすってくる。

「周りには注意してプレイしましょうって注意書きにあるでしょうに……」

「注意はしているが、急にドアが開くとは思わないだろ」

「流石にそれは『誰かが入ってくるかもしれない』の想定してください」

「ああ言えばこう言うだなお前は。いいもん、私は現実に戻る」

 そう言って、ゴロンと床に転がるあーや先輩。彼女にとっての現実はあちら側だそうだ。かりそめの肉体がいつもジャージなのは無課金アバターだからなのかもしれない。

 そんな無課金あーや先輩の姿を観察していると、何やらローアングルから手に持ったコントローラーで虚空をつつきながら「うぇへへへ」とか言ってる。明らかにアレなシロモノであることは確かだが、気になる。

「あのー……聞くのもちょっと憚られるんですが、あーや先輩今何やってるんですか?」

「VR盆栽」

「地味!?」

「盆栽をナメるなぁ!」

 横からコントローラーが顔面に飛んでくる。

「痛っっ!!なんで正確に投げられるんですか!?」

「盆栽を笑う者は盆栽に泣く!盆栽道をバカにする貴様に私からの天誅だ!!」

「趣味盆栽だったんですか先輩。初めて聞きましたね」

「この道一日目の達人だ」

「キングオブにわかじゃねーか!」

「お前も一回やってみろ、そうすれば分かる」

 ガコン、と乱雑にゴーグルを頭へはめられる。

「うわっ、ちょ……う、うおぉ!?」

 ゴーグル越しに見えるのは、とてもリアルな盆栽のモデルだった。まるで本物のようなクオリティに思わず声が漏れてしまう。

「え、これマジですか?マジ盆栽じゃないですか。盆栽すごい!」

 近づいて木目を観たり、上から、横から、下からじっくり盆栽を眺める。コントローラーで手入れを行う。間違いない、俺は今盆栽を触っている。俺も盆栽マスターなのだ!

「うーん、プレイしている姿を見るとメッチャまぬけだなコレ」

「プレイヤー以外も楽しめるとは、なんて素晴らしいんだろうか」

「今撮ってる」

「ナイス沙羅!大学ホームページの研究内容一覧紹介に投稿しよう」

 そんな計画が進んでいることを、盆栽の虜になっている俺はまだ知らない。

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