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令和八年

わたしは動画の編集を終え、パソコンの電源を落とした。

窓を少し開けて煙草(たばこ)に火をつける。

向かいのビルの窓には、まだいくつか明かりが残っていた。

小さな映像制作会社を始めて、もう何年になるだろう。

昔はフィルムの缶を開け、ビデオテープを巻き戻していたが、今では動画配信の仕事も請け負っている。


会社を続けることに追われているうちに、気が付けば独り身のままもう六十五になってしまった。

なんとか、会社を任せられる後継も育って、きっとこれがこの会社でのわたしの最後の仕事になるだろう。


こうして、深夜、ひとりデスクに向かっているといつも思い出すことがある。


わたしはデスクの引き出しを開けて、古びた封筒(ふうとう)を取り出した。


四十年前の記憶。


鈴木富子。

―彼女との約束は、まだ果たされていない。




昭和六十二年、東京。


四月に国鉄が民営化されて、地価は高騰(こうとう)、のちにバブルと言われる時代が始まろうとしていた。


あの頃、今考えると恥ずかしさに身もだえしたくなるけれど、わたしは一端(いっぱし)のキャリアウーマンを気取っていた。


朝は少し早めに起きて前髪をブロー、

眉をくっきり描き、頬(ほお)には薄くチークを入れる。

口紅はローズ系。

肩にパッドの入ったジャケットを着て、膝丈(ひざたけ)のタイトスカートを合わせる。

それから金色のイヤリング。

どれも給料に見合わない買い物だったけれど、

当時、東京の映像制作会社に勤務していたわたしは、周囲の男たちに舐められないよう、毎朝そうやって武装していたのかもしれない。


鏡に映る25歳のわたし、田村美幸は、それなりに仕事のできる女に見えたはずだ。

少なくとも、そう思いたかった。



六月のある日曜日、

わたしは大学時代の友人、鈴木富子を喫茶店に呼び出した。

彼女とこうして会うのは別に珍しいことじゃなかった。


日々の仕事は雑用やお茶汲みばかりで、

辛いことや、悔しいことがあった日は、彼女に愚痴(ぐち)を聴いてもらうのがそのころの習慣になっていたから。

…あとは男のこととか。

ただ、その日はちょっと違って、うれしい報告だった。


「聞いて!今度ディレクターのご指名で編集用の資料を作ることになったの。って言っても、 図書館とか大学とか古書店に出向いて、資料を集めたり、海外から届いた映像資料を整理したり、要するに裏方仕事だけどね。でも、ようやく番組に関われる」

「よかったね」

富子は微笑んだ。

彼女は名前の印象そのままに、どこか垢抜けない子だった。

肩まで伸びた黒髪は真っすぐで、化粧もファンデーションに薄い口紅を引く程度。

淡い緑のカーディガンに、飾り気のないワンピース。

低いヒールのパンプス。


共通の講義で知り合ったわたしたちは、入学してすぐ仲良くなった。

けど、今考えてみると、わたしは彼女のことを何も知らなかった。

どこに住んでいて、どの学部に在籍しているのか。

誰のゼミを取ってるのか。

そういう話をした記憶がない。


「美幸、頑張ってたもんね」

富子がコーヒーカップを持ち上げながら、前髪をかき上げたとき、わたしは一瞬、その仕草に目を奪われた。

整った顔立ち。

二十(はたち)の頃から、何も変わってない。

眼鏡と髪型で、ずいぶん損をしている。

本人はファッションにも化粧にも無頓着(むとんちゃく)らしい。


「…面白いもの、見せてあげよっか」

わたしはブランド物の革製バッグから一枚の写真を取り出して振ってみせた。

「なんなの?」

「いまね、うちの会社で新選組のドキュメンタリーを作ってんの」

「それって、あの、幕末の?」

「そう。知ってた?つい最近、足立区にある旧家から新選組関係の古文書が21点も見つかったんだって」

「ふうん」

「ふうん、て。あなた、たしか剣道部でしょ?幕末の剣豪とか、そういうの、そそられない?」

富子は薄く微笑んで答えをはぐらかした。

わたしは気を取り直して先を続けた。

「でも、それだけじゃないの。実はうちだけのスクープがあって」

「スクープ?」

「アメリカの大学に留学したともだちが、向こうの映像アーカイブで研究員になったんだけどさ。彼女が面白いことを教えてくれた」

わたしは身を乗り出した。

「新選組の生き残りが、昭和の初めまで生きてたのね。彼女、その動く映像を見つけたんだって。無声だけどね。それが今回の目玉。見てこれ!」

わたしはバッグからもう一枚、写真を取り出した。

三十五ミリフィルムの缶に貼られていたラベルの写真だった。

そこには、英語でこう記されていた。


 ODAWARA KYUKO RAILWAY — TOKYO

 YOYOGI-HACHIMAN STATION OPENING

 DATE: 1927

 FORMAT: 35mm / B&W / SILENT

 REEL: 2

 U.S. ARCHIVAL COLLECTION


「これって…」

「そう。関東大震災のあと、東京の郊外に人口が流れて、代々木にも小田急電鉄が通った。そのころの代々木周辺を撮影した記録映像が公文書館に残ってたの」


撮影者は、当時日本の鉄道建設に関わっていたアメリカ人技師の一人と推定されている。

彼の没後、個人コレクションを経て、現在の映像アーカイブに収蔵されたらしい。


「代々木八幡の駅?」

「フィルムの分類は大ざっぱで、いろんな場所が一緒に収録されてるみたい。駅の周辺や商店、住宅なんかも映ってる。その中に、地元の名士らしき邸宅の前に立ってる老人が映ってんのね」

わたしは、別の写真を取り出した。

古い人物写真と、フィルムから切り出した一コマを並べる。

「で、こっちが池田七三郎っていう新選組隊士の写真」

富子は頬杖(ほおづえ)をついて、二枚の写真に視線を落とした。

「なるほど、丸い眼鏡は一緒ね。でも、こんな不鮮明な写真じゃ…」

「ほら、この人のこめかみの辺りを見て。右耳から鼻にかけて銃疵(じゅうそう)があるの、分かる?勝沼で官軍にやられた跡よ。で、今度はこっち。ほら、ここに映ってる人、同じ場所に傷があるでしょ?」

富子は写真を手に取り、もう一度しげしげ眺めた。

「…ほんとだ」

「ちゃんと裏も取れてる。昭和四年(1929年)に、ある作家が代々木富ヶ谷でこの人物に取材した記録があんの。だから、まず間違いない」

「すごい!って言うべきなんだろうけど、わたし、あまり興味ないな」

「正直、わたしだってそうだったけど。でも見せたいのはそれじゃなくて…このあと、時間ある?」


その日は土曜日だったけど、彼女には休日を一緒に過ごす相手なんていないと勝手に決めつけていた。


急いでコーヒーを飲み干すと、わたしは雨の中、強引に富子を荻窪のマンションまで連れて帰った。


挿絵(By みてみん)



注釈:

・国鉄:日本国有鉄道の略称。1987年4月1日に分割・民営化され、JR各社となった。

・バブル景気:1980年代後半から1990年代初頭にかけての、地価や株価が急騰した好景気。

・三十五ミリフィルム:映画撮影や上映などに使われた、幅35ミリのフィルム。

・新選組:幕末、京都守護職のもとで京都の治安維持などにあたった武装集団。

・池田七三郎:新選組隊士。稗田利八の名でも知られ、幕末を生き延びた隊士の一人。

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